【格差・貧困についての論文を読む#3】

前回は、都道府県別の”子どもの貧困率”について、国勢調査や社会生活統計指標、就業構造基本調査などのデータの何が影響しているのかについて、論文を読みました。

その中で上がった1つの課題が、「推定方法によって貧困率が結構異なってくる」ということ。

そもそも、「貧困である」というのは、どういうことなのでしょうか。

多く使われている指標(先の論文でも)に、「相対的貧困率」というものがあります。

こちらのサイトによると、次のような定義だそうです。

相対的貧困とは、その国の文化水準、生活水準と比較して困窮した状態を指します。具体的には、世帯の所得が、その国の等価可処分所得の中央値の半分に満たない状態のことです。OECDの基準によると、相対的貧困の等価可処分所得は122万円以下、4人世帯で約250万円以下(2015年時点)です。

確かに、平均所得の中央値(平均値だと、所得が極端に高い世帯に引っ張られるため)の、更に半分以下というのは、生活するのが大変そうだということが想定されます。

しかし、本当にそれだけで分かるのでしょうか。
極論ですが、貯金が10億円あって、全く働かなくていい貴族のような生活をしている人が、現代にいたとすると、その世帯の収入はゼロ円なので、”相対的貧困”となってしまうのではないでしょうか。

特に、子どもの場合は、単純な親の収入だけで貧困か否かを図るのは、更に乱暴になってしまうのではないでしょうか。

そんな疑問に対して、1つの論点を示してくれたのが、次の論文です。

日本版子どもの剥奪指標の開発(阿部 彩)

阿部先生は、多くの格差・貧困についての研究を行われている方です。
講演でお話されている動画は、Youtube等で何回か拝見したこともあります。

この論文では、格差・貧困の指標として、”相対的貧困率”ではなく、”剥奪指標(deprivation scale)”を提言しています。

剥奪指標とは

剥奪指標の定義は次のとおりです。

剥奪指標は、「1日3回の食事を食べることができるか」、「自転車を持っているか」など、その人が享受している生活の質を直接訪ね、充足されていない項目数を足し上げる方法であり、所得データの短所を補完する指標として有効な測定方法である。イギリスのピーター・タウンゼンドが開発し(Townsend 1979)、相対的剥奪指標(relative deprivation scale)、物質的剥奪指標(material deprivation scale)などの名前でも知られている。ヨーロッパ諸国を中心とした先進諸国においては、所得データによる相対的貧困率と並び、貧困指標として普及しており、EU、OECD などの国際機関に加え、EU 加盟国の大多数が公的貧困指標として採用している

「その人が享受している生活の質」というのが、指標になるというのは、非常に具体的な判断が可能になりそうです。

しかし、一方で「何を持っていないと貧困なのか」は、人によって大きく異なりますよね。

例えば、「洗濯機を持っていない」という質問だと、確かに”持っていない家庭”は”貧困”であると言えそうですが、かなりその対象は少ないのではないでしょうか。

一方で、「ゲーム機を持っていない」という質問だと、”持っている家庭”と”持っていない家庭”がしっかりと分かれそうです。しかし、それでは”持っていない家庭”が、単純に”貧困だから”持っていないのかは、判断しづらいことでしょう。

剥奪指標を用いた貧困の定義

本論文では次の3つの指標のうち、1・2を”持っている・持っていない”の、結果で分析しています。
1.子どもの所属する世帯の家計の状況
2.子どもの生活
3.低所得 ※これは、前回も見た”相対的貧困率”

実際に東京都の4自治体、約2万人に対してアンケートを実施しています。

その結果として、例えば”2.子どもの生活”に係わる項目では、次のような分析がなされています。

小学 5 年生では、「自分だけの本」「携帯電話・スマートフォン」「2足以上のサイズのあった靴」、中学2年生については、「子供部屋」「インターネットにつながるパソコン」「自宅で宿題をすることができる場所」「おやつやちょっとしたおもちゃを買うおこづかい」「2足以上のサイズのあった靴」「携帯電話・スマートフォン」、16-17 歳では「インターネットにつ
ながるパソコン」「自分の部屋」「友人と遊びに出かけるお金」「自分に投資するお金(自己啓発本、職業訓練コースなど)」は統計的に有意な差がある

年齢・学年に応じた差が、明確に出ているのが非常に興味深いです。

そして、剥奪指標2指標と相対的貧困率の3つの軸、これらを組み合わせた結果として、次のような新たな定義を示しています。

3軸すべてに該当する子どもは、どの年齢層であっても、約 1~2%とわず
かである。しかし、2 軸該当する子どもは、約 6~7%存在し、一番大きいのが、家計の逼迫と子どもの生活・体験の剥奪の軸の重なりである。1軸のみに該当する子どもは、14~17%存在し、「子どもの生活・体験の欠如のみ」と「低所得のみ」が多くなっている。
そこで、この3つの軸を組み合わせ、2軸以上該当する層を「困窮層」、1軸のみが該当する層を「周辺層」、どれにも該当しない層を「一般層」と名付け、これを「生活困難度」と定義した。

まとめ

定性アンケートによる剥奪指標と、定量データによる相対的貧困率の両方を組み合わせることで、単純に”所得が低い”だけでない、”貧困”を見つけ出していく。
そんな素晴らしい研究です。ぜひ、多くの自治体で取り入れて言って、具体的な支援につながっていって欲しいと思います。

しかし、一方で”剥奪指標”を取得するためのアンケートが、非常に難しいのではないかとも感じました。

親にとっても子どもにとっても、中々「うちには、〇〇が無いです」というのは、回答しづらいのではないでしょうか。
更に、「あなたは"困窮層"だから、生活支援金を〇〇円出します」というのも難しいでしょう。

これは、推測というよりは、「生活保護の捕捉率が低い」という既存の課題がある中で、それと同じく「うちは貧困だから、助けて」という声が上がりづらいのではないかと考えるからです。
また、逆にこういった方式での支援とすると、それを逆手に取って悪用する人が出てきてしまうかもしれません。

本当に、”貧困”で困っている子どもたちに対して、どの様にアプローチしていくべきなのか、今後はアプローチ視点でももっと論文を読んでいきたいと思います。

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