小説創作|とうきょうながれもの 其の二:お富降臨
お富降臨
『午後5時になりました…、こども達は…、地域のみなさまも…』というとぎれとぎれで聴き取りにくい女性によるアナウンスが、どこからか流れていた。
冬の陽は暮れかかり、もう黄昏時となる頃合いだった。海の彼方の空には、薄いオレンジ色が広がりはじめて、辺りはもうすぐ夕焼けに染まるばかりだ。
海沿いの公園に人の気配はなく、わずかに聴こえる波の音と、風に揺らぐ樹々の葉の音がしていた。それは情緒があるともいえたが…。
しかしながら、近くをひきりなしに通るクルマの音と、所々に点在する安普請の建物が、そんな風情を台無しにしていた。
松林のある公園の端っこに、なんだか人のいる気配がした。ぼんやりとそちらを見つめてみると、どうやら女のようだった。しかも、着物姿の女である。
後ろ姿の着物姿の女は、松林の中から海の方を見ているようだった。そのとき、女が振り向いた。どうやら向こうも人の気配を感じたようだった。
振り向いた着物姿の女は、こちらを見つめている。
なんだか、そのとき魂が揺さぶられたように感じた。オレンジ色の夕陽が着物姿の女のうしろから差し込んで、女の姿を包み込んでいた。それはまるで、後光が差しているようだった。いまにも空に浮かび上がりそうだった。
おれは、見つめたままその場に動けずにいた。着物姿の女は後光のなから抜け出すように、その場からゆっくり動くと、まちなかの方へと歩き始めていた。
遠ざかるその姿を、見えなくなるまでしばらく眺めていた。
そして、『おー、いい女だなー』とつぶやいていた。
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写真:masahiko murata
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