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うるしで繕う生活道具/塗り物の補修

漆器が壊れたらどうする?

私自身、以前は漆器というと、お味噌汁椀は毎日使っていたものの、日常的な陶磁器に比べて「ハレの日」のイメージが強く、高価で手入れも大変そうだし、丁寧に扱えないからと、当時はあまり進んで手に取ることはありませんでした。
しかし、金継ぎができるようになり、修繕材料として漆を使うことが増えてから、漆や漆器がとても身近な存在になりました。講座では、ビギナークラスの段階から、生漆の使い道としてピクニックスプーンを拭き漆で仕立てたり、表面の傷んだ漆器の修繕方法をお伝えしています。漆で繕う金継ぎは、そもそも漆芸の技術を転用しているため、漆器の修繕は漆本来の使い道とも言えます。
ただし、本格的な漆器の修復は、やはり専門の方でないと難しいです。現在作られている漆器であれば、取扱店で対応してくださることが多いので、塗りが剥がれたり割れてしまった場合は、購入したお店や作家さんに相談するのが良いでしょう。

古い漆器は「修復の手前」で手入れをしてみる

そうした手配が難しい場合、例えば家にあった昔の漆器や、人から譲り受けたもの、骨董市で買い求めた古い漆器など、今の状況によっては、思いがけないご縁で輪島塗りが手元に来ることもあるかもしれません。
古い漆器は経年で縁の塗りがポロポロと剥がれたり、長年しまい込んでいたために汚れやカビで曇ってしまい、食卓で使うにはためらってしまうけれど、その味わい深さから捨てられない、という方も多いのではないでしょうか。
専門の方に伺ったところ、古い漆器は木地の収縮によって形が歪んでいることが多く、修理が難しい場合もあるそうです。
そのような漆器が手元に来た時、完全な修復が難しくても、その手前の段階で補強や補修を施せば、日常使いができることもあります。これは普段私が実践していることですが、お手入れの一環として繕っているので、いくつかご紹介したいと思います。

その① 汚れを落とす

しまい込んでいる間に落とせなかった汚れが酸化したり、ポツポツと白い点(ほとんどがカビ)がついていたりするので、まずはそれを洗い落とすところから始めます。
柔らかいスポンジであまり強く擦らずに洗うのが漆器の基本的な手入れ方法です。しかし、久しぶりに取り出してよく見ると、落ちきらない汚れや残った水滴が乾いて跡になってしまっていることがありました。

洗っても取れにくい曇り
専用のクロスで拭き取った後

使用したのは「漆器みがき」という専用の布で、表面に傷をつけずに汚れを取り除くことができます。他にもいくつか試してみましたが、これが一番汚れがよく落ちました。使い方も簡単で、洗剤は不要です。洗濯しても性能が変わらないので、一枚あれば十分です。 一例としてリンクを添付しましたが、漆器専門店などでも取り扱いがあると思います。 

その② 浮いている塗りは剥がす

塗りが浮いていた箇所の一部

表題の画像にも写っている黒い漆器は、随分前に骨董品として手に入れた輪島塗りです。明治時代から冠婚葬祭で使用されていた何十枚かのうちの一部だそうです。縁の塗りがところどころ剥がれてしまっていたため、薄いカッターの刃先などで丁寧に剥がし、木地が見えた部分には生漆を染み込ませました。そうすることで、剥がれかけている部分が再び木地に接着され、段差は残るものの、それ以上の剥がれは防ぐことができます。
同じ漆器皿でも、割れた木地を接着して元通りにするのは難しく、木端の処理方法には悩むところです。

位置は合ってるのですが。。

木の割れは元に戻すのが難しく、どうしても割れた跡が残ります。これは、紙を破いて位置を戻しても元通りにならないのと同じで、木の繊維が噛み合ってしまうためです。木工作家さんの中には、このような修理が来た際に、割れた部分の周囲を小さく削ることで対処する方もいらっしゃると伺いました。金継ぎ同様、マスキングをしっかり施してから、欠損部分の造作にも挑戦してみるのも良いかもしれません。自分が心地よく使うための状態を試行錯誤しながら考えるのも、楽しみのひとつです。

その③ より耐久性のある漆を塗る

少しずつ買い集めた古い塗り物

骨董市に行くと、丁寧に使い込まれ、艶やかな塗り物に出会うことも多いのですが、それなりに予算が必要です。ただ、状態が少し良くないものであれば、手が届くこともあります。繕いを始めた頃は、塗りの練習のために、古い塗り物を求めて朽ちた部分に錆を埋め直したり、塗り直しをしてみたりしましたが、素朴なものはあまり手をかけない方が良いと考え直しました。それ以来、直しすぎないよう心がけています。右下の笹のような絵柄は古民芸たつのさんから。朽木盆の流れを汲むものだと伺っています。

雑器らしい風合い

生漆を塗っても良いのですが、下地が見えそうな箇所や脆くなっている部分があるため、補修では柄を活かすために、縁の立ち上がり部分だけに中塗り用の漆を上から塗る予定です。

下地に届く傷みも漆で止めれば埋めなくても良き

左下のものは数年前に目白コレクションで、古童さんのブースで求めたものです。
絵柄は人参とのことで、傷んでいるけれど見捨てられない愛らしさがあり、まさにその言葉通りでした。求めた当時は、古い漆器の適度な補修方法がある程度分かっていたので、迷わず連れ帰り、傷んだ部分を剥がして、黒漆や弁柄漆を何度か塗り重ねました。
奥のものは京都の大吉さんにて購入したもので、こちらも同様に周囲に漆を塗り重ねて剥がれを止めています。どれも気負わず、ざっくりとした塗り方です。

漆器を使うことで次に繋がること

先日、輪島や珠洲で、震災により地域で代々使われて保管されてきた漆器をやむを得ず手放し、復興の資金に充てるというニュースを見て、本当に胸が痛みました。偶然にも、そのような経緯の古い輪島の漆器を持ってこられた生徒さんから、塗りの本職の方に修理を依頼する以外に、金継ぎで習ったことを活かして補修できないかと相談を受け、以上のような自分の使い勝手で行なっていることをお伝えしました。
お膳や重箱、厨子など特別な場面で使う高価な漆器も、ちょっとした小物や食卓周りの身近な漆製品も、それぞれに良さがあります。本来の漆であれば、たとえ拙い修理でも経年美化が伴います。
日々の生活で繕いながら使うことで、ますます漆が身近になり、先々へ繋がることになればと強く思います。

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