
【タカマ二次小説】陽炎~玉響の記憶~#12 Chorus Club
その翌日の放課後。
那智は鞄片手に、
校舎の階段を昇る。
3階建て校舎の最上階。
廊下の突き当たりに並ぶ、
ふたつの音楽室。
手前にある第一音楽室は、
吹奏楽部の根城だ。
那智の目的地は
その隣なのだが、
聞こえてくる管楽器や
打楽器の迫力に、
思わず二の足を踏んでしまう。
(うわ~、超うるさいじゃん……)
目的地である第2音楽室は、
合唱部の領域。
しかし、3階すべて、否、
校舎すべてが自分たちのものだと
言わんばかりに、
吹奏楽の音色が吹き荒れている。
(こんな環境で歌うのかよ……)
那智が扉を開けるのを
躊躇していると、
背後から、合唱部の顧問、
三河千夏が現れる。
「やっと来てくれたのね。
ほら、そんなとこに突っ立ってないで、
入った、入った」
彼女の声に背中を押され、
那智が第2音楽室の扉を開けると、
そこでは、30人ほどの部員が
譜面を広げ、
3つのパートに分かれて
練習をしていた。
過半数が女子部員だが、
3分の1ほど、
男子も混じっている。
那智が入ってきたことに気づいた
女子部員美作(みまさか)百合が
声を上げる。
「和泉くん、来てくれたんだっ!!」
そして、慌てたように
パイプ椅子を取りに走ると、
譜面と椅子を抱えて
那智のもとへと駆け寄る。
「さあ、座って。これ、
今練習してる曲の譜面。
これから、3つのパートを合わせて歌うから、
ゆっくり見学して行ってねっ!」
勢いよくそれだけ言うと、
他の部員とともに、
ピアノの前に整列する。
向かって左から、ソプラノ、
アルト、テノールの順だ。
那智はパイプ椅子に腰かけて、
準備が整うのを待つ。
(まさか、こんな日が来るとはな……)
那智は思わず苦笑を浮かべる。
声変わりを終えた自分が、
合唱部の見学に訪れるなんて、
昨日までの自分には、
考えられなかったことだ。
伴奏者のスタンバイを待って、
顧問が静かに指揮棒を振ると、
滑らかに前奏が流れ始める。
曲目は、「手紙~拝啓、十五の君へ~」。
数年前に発売されて以来、
合唱曲としてもおなじみの曲で、
未だにテレビなどで
耳にすることもあるが、
目の前で聴くと、
さすがに迫力が違う。
美しく伸びやかなソプラノ、
柔らかく響くアルト、
胸の奥を揺さぶるような、
深みのあるテノール。
それらが合わさり、
大きなハーモニーとなって、
那智の体を包み込む。
さっきまでひどく気になっていた
吹奏楽の音色が、
ちっとも耳に入らなくなる。
等身大の歌詞が、
これでもかというほど、
直球で迫ってきて、
寒くもないのに鳥肌が立った。
那智は思わず立ち上がり、
手のひらが痛くなるのも気にせず、
盛大な拍手を送る。
「すげぇっ!!すげぇじゃんっ、
うちの合唱部っ!!
めちゃくちゃ感動したっ!!」
那智の言葉を聞いて、
部員たちの顔に笑みがこぼれる。
安定した声でテノールを響かせていた
那智のクラスメイト、
山城隆志が列から出てきて、
那智の前に歩み寄る。
「おまえも、合唱部に来いよ。
おまえなら、うちの屋台骨になれるよ」
彼の言葉に、他の部員も頷く。
「そうだよ。もしテニス部やめたくないなら、
掛け持ちでもいいし」
「和泉くんの声、すごく綺麗だもん。
それに何より、歌うとき、
すっごくいきいきしてるし」
「歌うために生まれてきたようなもんだろ、おまえ」
皆の賛辞が那智の胸をくすぐる。
おだて上手だと笑いながらも、
那智は照れ臭そうに頷く。
「わかったよ。入ってやるよ」
その途端、
部員たちからわあっと歓声が上がる。
「じゃあさっそく、音を覚えてもらおうかな。
石見(いわみ)さん、テノールの音、取ってあげて」
顧問は伴奏者に、
テノールパートを弾くように指示する。
那智が音を覚えている間、
顧問は手際よく、
各パートに改善点を指示していく。
放課後の第2音楽室では、
遅くまで、生徒たちの歌声が響いていた。