【タカマ二次小説】取り残された世界で君と見たものは#10 太陽に憧れる花
それから2か月が経った。
空は今日も青く、
太陽は眩しいほどに輝いている。
この2か月間で、
廃墟のように静まり返っていた神王宮が、
にわかに活気を取り戻し始めた。
天珠宮から戻ってきた伽耶が、
城を立て直そうと奮闘しているのである。
那智も女官の仕事を再開し、
神王宮に住み込みで働き始めた。
広い王宮の床を磨き、
柱を磨き、調度品を磨き、
皿洗いや庭掃除、
お茶くみや買い出しなど、
忙しく動き回っている。
(こんなに働いたら、お肌が荒れちゃうぜ……)
そうは思うものの、
体を動かしている方が楽だった。
何も考えず、頭を真っ白にして働き、
夜は泥のように眠る。
そんな日々を繰り返すことで、
癒えぬ傷を癒そうとしていた。
特に最初の2週間ほどは、
ろくに休憩も取らず、
とにかくがむしゃらに働き続けた。
しかし、さすがにそれでは身が持たず、
今では時折仕事を抜け出しては、
差し入れを携えて、
地下層区にある圭麻の家を訪れている。
家主である圭麻に会うのはもちろんのこと、
そこで居候を決め込んでいる颯太や泰造の顔も見たくて、
いつしか足繁く通うようになったのだ。
どこをほっつき歩いているのやら、
泰造にはめったに会うことはできないのだが、
奥の部屋でひたすら
難しい本を読みふけっている颯太には、
必ず会うことができた。
家主である圭麻と挨拶を交わした後、
奥の部屋に突撃し、
颯太に茶々を入れるのが、
那智の日課になっていた。
今日も家主への挨拶として、
安売りされていた揚げたてのコロッケを圭麻に渡す。
「いつもすみませんね。
那智のおかげで美味しいものが食べられます」
「おうよ!これに感謝して、
もう二度とオレを突き飛ばしたりしないことだな」
穏やかな笑顔で迎え入れる圭麻に対し、
にっこりと笑って盛大な皮肉を返す。
この終始穏やかな青年が
自分を突き飛ばしたときには、
本当にびっくりした。
そして、めちゃくちゃ痛かった。
あの痛さは今でも忘れない。
「すみません、あの時は、つい……」
思わず感情的になってしまったのだと、
そう言って肩をすくめる圭麻に、
那智はもしやと言葉を紡ぐ。
「おまえさ、もしかして、
伽耶さんのことが好きだったりして……」
「ななっ、なんでそうなるんですかっ……?
それよりも那智っ。颯太なら奥ですよ!
早く行ってあげたらどうですか?」
慌てて話題を変えた圭麻を、
那智はじと~っとした目で見つめる。
こりゃ間違いない。
普段は憎たらしいほど
落ち着き払っている圭麻が、
伽耶が絡んだ途端に動揺するなんて、
何もないと言う方がおかしい。
(ふーん。あのお姫様のどこがいいのかねぇ……)
圭麻を横目で見やりながら、
那智は奥の部屋に足を運ぶ。
そこには相変わらず、
何やら難しい本を読みふけっている颯太がいた。
その背後から、
抜き足差し足で近づいて、
彼の背中にドンっと体当たりを食らわせる。
「わっ!!!」
那智の大声と背中の衝撃を受けて、
颯太が振り返り、苦笑いを浮かべる。
「おまえ、ほんっと飽きないよな。
そうやって毎回、毎回……」
似たような手口で
自分の邪魔をするとでも言いたげな颯太に、
那智も負けじと言い返す。
「おまえこそ、よく飽きないよな。
そんな分厚い本、オレなんか表紙開いただけで目が回りそうだぜ」
都で一番の踊り子(ドール)になるため、
学校には行かず、
単身で都(リューシャー)にやってきて、
神王宮の女官として働いている那智には、
文字は単なる記号でしかない。
意味の分からない記号がたくさん連なっている書物は、
見る気も起きないし、
見たところで、目が回るだけだった。
「おまえも文字を覚えれば、意味がわかるよ。
そしたら、おもしろい本やためになる本もたくさん読めるし……」
「んなもん、覚えたくもねーよ。
……それよりさ、ほら、おすそ分け」
那智は抱えていた袋から
焼きたてのフルーツタルトを取り出すと、
ひとつを颯太に渡し、
もうひとつは自分で食らいつく。
このフルーツタルトは
那智のお気に入りなのだが、
けっこうな値段がするから、
ふたつしか買えなかった。
したがって、
自分を突き飛ばした前科を持つ圭麻や、
いるかどうかもわからない泰造の分はない。
「そんなに本が好きならさぁ……。
神王宮に来ればいいじゃん。
歴史の編纂に携わる『史官』って役職があってさ、
今回新たに、『史官補佐』ってのを募集するらしいよ。
おまえ、志願してみたら?」
そこでいったん言葉を切ると、
冷蔵庫からちゃっかり奪ってきた
ミルクの小瓶を開けて、喉を潤す。
「住み込みの部屋も与えられるし、
神王宮の書庫にも出入り自由だってさ」
職場で仕入れてきた最新情報を
明るく告げる那智の言葉に、
颯太が曖昧に笑った。
その目が笑っていないことに気づいて、
那智はとっさに目をそらす。
「別に、無理にとは言わないけどさ。考えてみれば?
ほら、募集広告、ここに置いとくからさ。
……オレには読めないけどなっ!じゃあなっ!!」
そう言って、そそくさと退散し、
別れの挨拶もそこそこに、
圭麻の家を後にする。
今の那智には、
颯太のあの目を見つめ返す勇気がない。
深い悲しみを称えたあの目。
自分は無力なのだと、
そう言いたげな瞳。
紛れもなく、
那智自身も無力だから。
空元気を振り回してみても、
誰を笑顔にすることもできない。
誰も、
心の底から笑うことなんてできない。
あの日以来、誰も。
思わず反射的に
圭麻の家を飛び出してきた那智は、
圭麻の家が見えないところまで来ると、
足を止めて、
ゆっくりと塀に背中を預ける。
見上げた空は、
今日も雲ひとつない青空で、
頭上に輝くまばゆい光に、
目が眩む。
ふいに、
那智は自分の体を支えるのが辛くなって、
そのまま、
その場にしゃがみ込んだ――。