見出し画像

【タカマ二次小説】取り残された世界で君と見たものは#18 心変わりと鋭利なナイフ

その2日後。

那智はようやく、
伽耶から天珠宮を案内するという約束を取り付けた。

一刻も早く颯太らに伝えるべく、
那智は圭麻の家に急ぐ。

家の前に着くと、勢いよく扉を叩く。

「おいっ!早く開けろよっ!!
いいニュースを持ってきたんだっ!!」

「そんなに叩かなくても聞こえますよ。
扉を壊さないでくださいね」

圭麻が呆れ顔で笑い、
那智を中へ通す。

相変わらずガラクタで溢れかえった
居間のテーブルには、

颯太ともうひとり、
懐かしい人物が座っていた。

「おっ、泰造っ!!久しぶりじゃねぇかっ!
元気にしてたか!?」

那智の明るく大きな声に、
泰造が軽く顔をしかめる。

まるでうるさいとでも言いたげなその顔に
ムッとしながらも、

那智は努めて気に留めぬようにして、
テーブルの空いている席に腰かける。

そんな那智に、
泰造がおもむろに口を開く。

「……颯太から聞いたよ。
結姫に会いに行くんだってな」

その言葉に頷いて、
那智は伽耶からの返答を告げる。

「ほんとは、もう勾玉を持ってないオレたちが
天界に行くのは難しいらしいんだけど、
伽耶さんが特別に取り計らってくれてさ。
無事、行けることになったんだっ!!」

その言葉を聞いて、
颯太と圭麻が安堵の表情を浮かべる。

しかし、泰造だけは、
どことなく硬い表情をしていた。

颯太もそれに気づいたのか、
静かに彼に問いかける。

「泰造。おまえはどうする?
別に、無理はしなくていい……。
本音を聞かせてくれないか……?」

その言葉に、
泰造が重たい口を開く。

「オレは……、おまえらと違って、
そんなにすぐに前を向くことなんてできねぇ……」

オレたちだって、と即座に反論しようとした那智を、
颯太が優しくたしなめる。

「今は、泰造の気持ちを聞く方が先だから」

穏やかで、それでいて芯のあるその声に、
那智はおとなしく頷く。

確かにその通りだ。

先日、気持ちを確認し合った自分たちとは違い、
今初めて泰造の気持ちを聞くのだ。

第一声だけを聞いて早計に反論するのは違うのだろう。

しかし、おとなしく引き下がった那智を見て、
泰造が鼻で笑った。

「那智。おまえはいいよな。
隆臣がいなくなっても、颯太がいるもんな」

「え……?」

いつの間にか、
颯太の存在が心の支えになっている。

そんな那智の気持ちを見抜かれた気がして、
言葉に詰まる。

「……図星かよ。
前はあんだけ隆臣、隆臣って騒いでいたのにさ。
嘘みてぇに鳴りを潜めやがって」

「だって、それはっ……」

隆臣の心が、
自分にはないことを知ったから。

どんなに頑張っても、
振り向いてはもらえないことを悟ったから。

そして、今はもう、どんなに捜しても、
彼はこの世にいないから――。

「それは、何だよ。
どーせ、隆臣のことなんてもう、
どうでもよくなったんだろ?」

おめでたいヤツだよな、と嘲る泰造に那智は無言で近づき、
その頬を思いっきり引っぱたく。

「ってーなっ!!何すんだよ?」

睨みつける泰造に向かって、
那智も負けじと睨み返す。

隆臣のことがどうでもよくなっただなんて、
どうしてそんなことが言えるのだろう。

隆臣という存在に、
これほどまでに胸を躍らせ、ときめかせ、
引き裂かれ、潰されて、
息をすることさえ、うまくできなくなって、

それでもようやく、
こうして前を向こうとしているというのに。

ようやく、
前に向かって歩こうとしているというのに。

「黙って聞いてれば勝手なことばっか言いやがってっ!!
オレの気持ちを何にも知らないくせにっ!!」

怒りのままに叫んだ言葉に、
すぐさま怒声が返る。

「ああ、知らねぇよっ!知りたくもねぇよっ!!
簡単に心変わりできるようなヤツの気持ちなんてよっ!!」

「なんだとっ!?」

那智は泰造の胸倉を掴む。

しかし、
泰造の腕力の方がはるかに上だった。

彼はいとも簡単に那智の手を振り払い、
大声で叫ぶ。

「オレはっ!!絶対に鳴女さんを忘れたりしないっ!!
一生あの人しか愛さないっ!
オレには、あの人しかいないんだっ!!!」

そう言って、勢いよく部屋を出て行こうとする。

「おい、泰造っ!」

待てよ、と叫ぶ颯太には目もくれず、
どかどかと歩いて玄関のドアに手を伸ばす。

そして勢いよく開けたドアを勢いよく閉めて、
泰造は圭麻の家を出て行った。

「何なんだよっ、アイツっ!!」

那智がドカッと椅子に座りこむ。

その横で圭麻がおもむろに立ち上がり、
お茶を入れて戻ってきた。

そして、憤慨している那智に
湯呑みを差し出す。

「泰造はまだ、オレたちよりもずっと、
気持ちの整理がついてないんですよ、きっと」

なだめるような圭麻の言葉を聞きながら、

那智は差し出された湯呑みを
両手でぎゅっと握る。

「そりゃ、そうだろうけどっ!!でもっ!!」

いくらなんでも、
言っていいことと悪いことがある。

那智だってまだ、
心の安定が図られているわけではないのだ。

常に不安定で、それでもなんとか、
バランスを取って生きているのだ。

それを、
自分一人がアンバランスだと思い込んで、

まるで悲劇のヒロイン気取りで
殻に閉じこもり、

果ては、
那智にナイフのように鋭利な言葉を投げつけて
去って行った泰造を、

那智は簡単には許すことができなかった。

「ごめん……。オレが、結姫に会いに行きたいなんて言ったから……」

申し訳なさそうに颯太の声がこぼれる。

(なんでそうなるんだよ……)

那智が唇を噛んだ時、
圭麻がそれは違うと否定する。

「泰造にも声を掛けた方がいいと言ったのはオレです。
それにこれは、オレたち全員の問題なんです。
天ツ神と呼ばれ、世界の命運を背負ったつもりでいたオレたちの……、
けれど結局、何もできずにこの世界に残された、
非力なオレたち全員の問題なんですっ……」

絞り出すような圭麻の言葉が胸に響く。

しばらくの沈黙の後、
那智が掠れた声で呟く。

「伽耶さん……、今は仕事が立て込んでるから、
すぐに案内するのは無理だって……。
でも、ちょうど一週間後の今日だったら、
天珠宮に連れて行けるって、そう言ってた……」

那智の言葉に、
颯太と圭麻が顔を上げる。

「一週間後……」

「それまでにもう一度、
泰造も含めて話し合いましょう。
行きたい人だけで行くにしても、
今のままじゃ、亀裂が深まるだけです」

最終的に、
行くか行かないかは各自の意思に委ねるにしても、

このままでは、
互いに不幸になってしまうだけだと語る圭麻の言葉に頷いて、

那智は湯呑みに注がれたお茶を飲み干す。

温くなった液体が渇いた喉を潤したかと思うと、
あっという間に消えていった――。


いいなと思ったら応援しよう!