
【タカマ二次小説】廻り舞台と紡ぎ歌#93 彼方からのコーラスと弓張り月
「来る……」
圭麻たちが柊の部屋に着いて
まだ間もない時のこと。
柚希と柊が同時に口を開く。
「え……?」
何のことかと問い返した矢先、
襖が勢いよく開かれる。
「寄こせっ……!早く欠片を、寄こせっ!!」
乱入してきた橋姫に
圭麻ら一行は驚いて後ずさる。
颯太のなりをしたこの鬼女は、
どこか足元がおぼつかず、
息もだいぶ乱れていた。
そして、いったいどこで手に入れたのか、
懐から鋭いナイフを取り出す。
「早くせねば、宿主(ドナ)の命が
この場で尽きることになるぞっ……」
きらりと光るその刃を、
宿主(ドナ)である颯太の首元に当てる。
「颯太を殺して、どうするんですか……?
また、別の誰かに取り憑くつもりですかっ……?」
震える声で問えば、
おまえたちに取り憑くのもおもしろいかもしれぬと、笑い声が返る。
「冗談じゃねぇっ!!
ふざけんのもいい加減にしろっ!!」
喚く泰造を睨みつけ、再び橋姫が迫る。
「さあ、早く欠片を寄こせっ!!
さもなくばっ……!!」
颯太の首筋に当てられた冷たい切っ先が、
その喉元に向かって突き立てられる。
その時だった。那智が不意に呟く。
「聴こえる……」
「え……?」
「歌が、聴こえる……」
間の抜けたようなその声に、
圭麻は思わず叫ぶ。
「こんな時に、何を言っているんですかっ!?」
けれど、彼女は圭麻の言葉を全く意に介さずに、
辺りを見回す。
「聴こえる……。“アイツ”が、歌ってる……」
そう呟くなり、
呆気にとられる圭麻たちを気にも留めずに、
彼女は歌を紡ぐ。
その声にいざなわれるかのように、
圭麻の耳にもどこからともなく、
不思議な声が響いた。
それは、幾重にも重なり、
やがてアンサンブルとなって、
さらには大迫力のコーラスとなって、
部屋中を包み込む。
「大巫女様……。これは、いったい……」
柚希も驚愕した様子で柊を見つめる。
「――胡琴を、これへ」
「は?」
「はよう、持て」
「はっ!」
柊に言われて、
柚希は慌てて部屋の隅から胡琴を取り出し、
柊に渡す。
柊はそれを受け取ると、
すかさず弓を弦に当てて、
コーラスに合わせるように音を紡ぐ。
その音色は、
橋姫の奏でる繊細な音色とはまた違う、
凛とした艶のある響きだった――。