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【タカマ二次小説】取り残された世界で君と見たものは#5 激白
「あの後……、
皆さんが門(ゲート)を開けてくださった後、
私と結姫さんは、天珠宮の敷地内に入りました。
そこには、巨大な樹が一本、
天珠宮を支えるように立っていました。
『太陽をつなぎとめる樹(アクテイ・グローブ)』と
呼ばれるその樹こそが、高天原の結姫さんでした……」
伽耶はとつとつと語っていく。
実体の鳴女と出会い、
彼女に「太陽をつなぎとめる樹(アクテイ・グローブ)」の前まで
案内されたこと。
その樹こそが高天原の結姫であり、
中ツ国の結姫がその樹と同化することによって、
真の「伝説の少女」となったこと。
そうこうしているうちに、
ついに完全に化物と化したスサノヲが姿を現したこと。
天照を食らおうと牙をむくスサノヲの前に、
伝説の少女となった結姫が飛び出して行ったこと――。
「ちょっと、待てよ……。
今、なんて言った……?」
那智は思わず、
伽耶の言葉をさえぎる。
今、妙な言葉を聞いた気がした。
空耳だよな、と思いつつも、
聞き流すこともできなくて、聞き返す。
伽耶の表情は硬く、
とても冗談を言うような雰囲気には見えない。
けれど、聞こえてきた言葉は、
冗談じゃないかと
疑いたくなるようなものだった。
「天照様を食らおうと、
大きく口を開けたスサノヲの前に、
結姫さんが飛び出していきました……。
天照様の代わりに、自分を食べるようにと、
そう言って……」
伽耶の声は、
かすかに震えている。
だからこそ、
聞き間違えたのだと思った。
だから聞き直したのに。
全く同じ言葉が聞こえてきて、
那智は言葉を失う。
その場にいた誰もが二の句が継げず、
重たい沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、泰造だった。
「いや、おかしいだろ……。
結姫は、新しい太陽になる人間なんだろ……?
なのに、なんで結姫が食われなきゃいけねぇんだよ……!?
なあっ……!?」
しどろもどろに反論を試みる泰造の声が、
やけに頼りなく思えて、
那智は足元を掬われるような感覚に陥る。
「自分は、新しい天照になる人間だから、
食べるなら自分をと、
結姫さんはそう言ってました……。
たぶん、最初からそのつもりで……」
「んなわけねぇだろっ……!?」
那智は思わず、声を張り上げる。
那智はからからに乾いた喉で、
がなり続ける。
「だってアイツ、言ったんだ!!
必ず帰ってくるって!また会おうねって!
なのに、なんでだよっ!?
なんでアイツが自分から食われに行かなきゃいけないんだよっ!!
アイツが嘘ついてたって言うのかよっ!?」
テーブルにバンと手をついて、
勢いよく伽耶に迫る。
伽耶は一瞬びくっとなったものの、
毅然と顔を上げ、
那智を見つめ返す。
涙を湛えたその瞳が、
あまりにもまっすぐで。
嘘をついているようには、
見えなかった。
「本当のところは、結姫さんにしかわかりません……。
でも、私には、彼女が最初からそのつもりで、
飛び込んで行ったように見えました……。
そうじゃないと、あんなことはできないと思うの……」
語尾に涙が混じるその言葉に、
那智はきゅっと拳を握る。
「そんなっ……、そんなのってっ……」
(そんなのって、ありかよ……)
やり場のない苛立ちにも似た感情が
那智の胸に渦巻く。
結姫のあの言葉は、
必ず帰ってくるというあの言葉は、
自分たちを心配させないための嘘だったと言うのか。
この眩しいほどに世界を照らす陽の光は、
穏やかなこの空は、
結姫の命と引き換えにもたらされたとでも言うのだろうか。
「それで……、結姫は……?
本当に、食べられてしまったんですか……?」
圭麻が恐る恐る尋ねる。
その問いに、
伽耶は静かに首を振った。
「結姫さんは、最後の力を振り絞って、
スサノヲの……、サンちゃんの意識を取り戻しました……。
意識を取り戻したあの人は、
結姫さんを食べることは、選ばなかった……」
「じゃあっ……!」
期待に目を輝かせ、身を乗り出した那智に、
残酷な刃が振り下ろされる。
「……代わりに、
自らが太陽に身を投じることを選びました……。
天照様の光が発する熱で、
焼かれることを選んだ……。
あの人が太陽に身を投じた途端、
ひしめき合っていた闇が、
一瞬にして消え去りました……」
(え……?)
それこそ、
何を言っているのかがわからなかった。
伽耶が発した言葉が、
記号か何かに聞こえて、
意味を掴めなかった。
話を理解できずにいる那智の横で、
颯太が呆然と呟く。
「それって……、つまり……」
颯太の言葉を引き継ぐように、
誰かが「焼身自殺」と呟いた。
それが誰だったのか、
那智にはわからない。
わかっているのは、
急に目の前が真っ暗になって、
途端に足に力が入らなくなって、
バランスを崩したことだけだった。
直前に身を乗り出していたせいで、
椅子から浮いた状態になっていた体が、
崩れ落ちるように地面へとへたり込む。
背後でガタン、という音がして、
椅子が倒れたのを知った。
(隆臣が……、死んだ……?
太陽に、身を焼かれて……?)
そんな、馬鹿な。ありえない。
あんなに強いヤツが。
あれだけまっすぐに、
生きていけるヤツが。
死んだなんて、あり得ない。
そのおかげで、世界が救われたなんて。
ここ数日の青空が、
驚くほど青いあの空が、
まぶしいほどの太陽が、
爽やかな風が、
全て、彼の犠牲によってもたらされていたなんて、
そんなの。
(そんなの、あんまりだ……)
那智は呆然と、宙を見つめる。
不思議と、涙は出なかった――。