【タカマ二次小説】廻り舞台と紡ぎ歌#30 月の記憶と揚羽蝶
(苦しい……)
ひどく、気持ちが悪い。
灼熱地獄にでもいるかのように、
体が熱く、
磔にでもあったかのように、
体が重い。
少しでも楽になりたくて、
喘げば喘ぐほど、
焼けつくような痛みが喉を襲い、
思うように息ができない。
(誰か……)
颯太は朦朧としたまま、
薄目を開けて助けを求める。
焦点の定まらない瞳に
映ったものは、
金色にきらめく月の光。
夜の帳の向こうから、
差し込んでくるそれは、
逢いたい人の面影に、
ひどく似ている。
(那智……)
触れたくて、
思わず手を伸ばす。
途端に力尽き、
落ちようとするその手を
誰かが掬い上げた。
「……大丈夫。大丈夫だから……」
そう語りかける声が、
本当は誰のものだったのか、
颯太にはわからない。
けれど、まるで
那智がそばにいるかのような気がして、
颯太は再び意識を手放す。
いつの間にか、
息苦しさも熱も、
眠りを妨げるほどの激しさを
失っていた。
しばらくまどろみの世界を
旅していた颯太だったが、
やがてまた、
ひりひりとした痛みが喉を襲い、
耐えきれずに目を開ける。
先ほどよりも
幾分はっきりした意識の中で、
目に飛び込んできたのは、
日本家屋のような建物の、
板張りの天井だった。
少し視線を動かすと、
薄暗い室内に灯された燭台や、
枕元に座る、
黒髪の少女が目に入る。
彼女は颯太の視線に気づくと、
颯太の体を気遣いながらも、
体を起こすのを手伝ってくれた。
そして手際よく、
湯呑みにすりおろした生姜を入れて、
急須のお湯を注ぎ、
蜂蜜を垂らしてかき混ぜる。
「さあ、喉が渇いたでしょう?
生姜湯をどうぞ」
颯太は彼女から湯呑みを受け取ると、
ほどよい温かさのとろりとした液体を、
一気に喉に流し込む。
痛みが少し落ち着いたのを
見計らって、
颯太が口を開く。
「ここ、どこですか……?
オレは、どうしてここに……」
「ここは、アジルの村にある、御影家の屋敷。
あなた、魂羅川のほとりに倒れていたの。
私と妹の時雨で、ここに運んだのよ。
何も、覚えてない……?」
心配そうに覗き込む彼女の声が、
先ほどの声と重なった。
颯太は頷くと、
申し訳なさそうに答える。
「あそこで倒れたとこまでは、
なんとなく覚えてるんですが、
それ以降のことは、何も……」
正確に言うと、
欠片の力を使って
川岸から入江へと移動し、
そこで橋姫に襲われたことまでは
覚えているが、
その後どうやって
あの川岸に戻ってきたのかはわからない。
橋姫のテリトリーがもともと、
あの川だったから、
そこに戻されたのかもしれないと、
そんなことを思う。
「あなたがずっと、オレの看病を……?」
頷く彼女に礼を述べる颯太だったが、
本音を言うと、
そばにいたのが那智ではなかったことに
寂しさを覚えていた。
(馬鹿だな……。
都(リューシャー)で待ってるはずのアイツが、
こんなとこにいるわけなんかないのに……)
わかっているはずなのに、
心はひどく那智を求めている。
逢いたくて逢いたくてたまらない。
「私は揚羽です。あなたのお名前は……?」
目の前に座る少女が
颯太に問いかける。
彼女は背中まであるまっすぐな黒髪を
後ろできちんと束ねており、
いかにも巫女といった風貌をしている。
一見すると那智とは
真逆のタイプに見えるが、
漆黒の瞳に宿るあどけなさが、
那智の無邪気さを彷彿とさせて、
妙に懐かしさを覚える。
「オレは、颯太です……」
「颯太さん……。素敵な名前ね……」
彼女が柔らかく笑む。
他人が言えば
社交辞令のようなセリフも、
彼女が口にすると、
なぜか本音のような気がして、
颯太は照れ臭くなり、
思わず目をそらす。
「あの……、おかわりをいただいてもいいですか?」
颯太の言葉に、
揚羽は穏やかに笑って頷き、
あっという間に2杯目をこしらえて
颯太に手渡す。
彼女のつくる生姜湯は、
痛みを抱えた体と心に、
ゆっくりと染み渡っていった。