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【タカマ二次小説】廻り舞台と紡ぎ歌#87 才のつぼみ

それからというもの、
美舟は来る日も来る日も仕事を抜け出しては、
座敷の際(きわ)へと足を運ぶ。

そして、朱鷺江や柊、その他、
御影家の者が奏でる胡琴の音に
耳をそばだてる。

今の音は、どうやって奏でたのだろう。
弦のどこを抑え、
どのように弓を動かしたのだろう。

どのくらいの力加減で弦を擦れば、
そのような響きになるのだろう。

幼心にも、そんなことが気になって気になって、
ひとつひとつの音に聴き入る。

「そなた、そんなに胡琴が好きか……?」

ふいに声をかけられて、美舟は飛び上がる。

「――ごめんなさいっ!」

とっさに部屋を離れようとする美舟を、
当代の漆黒の奏者(ハル・シテナ)、
朱鷺江が呼び止める。

「待ちなされ。そなたを咎めるつもりはない。
むしろ、私はそなたに興味があるのじゃ。
そなたがこの音に興味を持ったように……」

そう言って、手にしていた胡琴の弓を弦にあてがい、
美しい音色を奏でる。

それは、美舟の足を留めるのに十分だった。

夢中になって聞き惚れる美舟に、
彼女は微笑む。

「そなたも触れてみぬか……?」

「え……?」

思わぬ誘いに、美舟は目を見開く。

「近こう寄れ。ほら、早よう」

朱鷺江の言葉に引き寄せられるように、
美舟は部屋の中に足を踏み入れる。

そして、差し出された胡琴に手を伸ばす。

「本当に、良いのですか……?」

恐る恐る尋ねる美舟に、
朱鷺江は笑う。

「さあ、思ったように弾いてみるが良い」

手渡された胴は艶やかで、
ピンと張られた弦は
差し込む陽の光を浴びてきらめいている。

弓は思いのほか長く、扱いが難しかったが、
見様見真似で弓を弦にあてがい、
手首を捻りながら、思い切り弦を擦ると、
思いのほか明瞭な音が響いた。

右に向かって引いた弓を今度は左に向かって押し戻し、
再度右に向かって引っ張る。

ただそれだけの動作が、
ものすごく楽しくて、
美舟は目を輝かせながら、弓を動かす。

その様子を見て、朱鷺江が目を細める。

「やはり、筋が良いの……。
そなた、これからもここへ通って、
思う存分胡琴を奏でるが良い」

「え……?でも……」

美舟は驚いて、自分が着ている継ぎはぎだらけの
着物を見つめる。

この部屋は本来、
こんな自分が入っていい部屋ではない。

近づいてもいけないと、
母、環からもきつく言われている。

「かまわぬ。そなたの母や屋敷の者には、
私が話をつけておく」

そう言うと、朱鷺江は美舟から胡琴を受け取り、
そして立ち上がる。

「今日はもう戻られよ。
明日また、来るがいい」

「はいっ!!」

美舟は目を輝かせて頷く。

「ありがとうございますっ!!」

そしてぴょこんと頭を下げて
座敷を後にすると、
軽やかな足取りで離れへと向かった――。



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