【タカマ二次小説】廻り舞台と紡ぎ歌#16 引力
「ほら、兄ちゃん。下を見てごらん。
この川は見物だよ」
運転手の言葉に誘われて、
颯太は空遊機(エア・オート)の後部座席から、
眼下を覗き込む。
そこには、ところどころで渦を巻き、
荒れ狂うように流れる大河が横たわっていた。
「すごいですね、この川……」
思わず漏れた言葉に、運転手が頷く。
「だろう?……この川はいつ見ても飽きないんだ」
颯太は頷いて、食い入るように川を見つめる。
そのときだった。
視界の端で、淡い碧い光が揺れる。
(あれは……)
注視すればするほど、自分の左手に宿る光と、
酷似して見える。
(間違いない……。
時の石(ツァイト・ストーン)の欠片だ……)
身を乗り出すようにして、
光を目で追う颯太の脳裏に、
突如、不思議な声が響いた。
颯太の名を呼び、早く来いと訴える声。
空耳かと疑う颯太の脳裏に、
何度も何度も繰り返される響き。
(似てる……。“アイツ”の声に……)
記憶の中にある、懐かしい少年の声。
それよりは少しだけ、
低くて大人びている気がするが、
声の出し方や言い回しが、酷似している。
別人と思うには、違いがなさすぎて、
颯太はたまらずに叫ぶ。
「すみません、降ろしてくださいっ!」
運転手が驚いて振り返る。
目的地として告げたオルシュの港は、
まだだいぶ先なのだから、当然の反応だろう。
信じられないと言いたげな顔で、
問いかけてくる。
「降ろせって、この川にかい……?」
その言葉に、颯太は力強く頷く。
「川岸に、知り合いがいるんです。
……いえ、そんな気がするんです。
お願いですっ。降ろしてくださいっ!!」
颯太の言葉に首を傾げ、
知り合いねえ、と運転手が呟く。
「事情はよくわからないが……。
よしたほうが良い。
この川は遠くから眺めるのが一番良いんだよ。
……近づいたら最後、橋姫様に呪い殺されちまう」
「橋姫様……?」
聞き慣れない言葉の意味を問いかければ、
運転手は懸命に言い聞かせようとする。
この川には、橋姫と呼ばれる恐ろしい鬼女が
いるのだと。
彼女は人の憎しみを喰らい、
嫉妬に溺れた水の神で、
彼女に呪われた者は、悲惨な死を遂げるのだと。
(鬼女、橋姫……)
幽霊や妖怪といった類は苦手だ。
長旅に備えて、護符を何枚か持ってきたが、
それで敵う相手かどうか。
(でも……)
見逃してはいけない。
それだけはできない。
「……降ろしてください。
でないとここから飛び降ります」
本当にここから飛び降りたら、
怪我くらいでは済まないだろう。
案の定、運転手が目を丸くする。
そして、お手上げだと言わんばかりに
大きなため息をつく。
「まったく。どうなっても知らないよ」
命知らずもいいとこだと吐き捨てながら、
運転手はゆっくりと、
空遊機(エア・オート)の高度を下げていく。
見る見るうちに、荒れ狂う大河が
颯太の眼前に迫ってきた―。
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