
【タカマ二次小説】陽炎~玉響の記憶~#11 空蝉さやかに
「ったく、那智のヤツ……。
いったい、どこに行ったんだよ……っ!?」
教室を飛び出して行った
那智の後を追って、
廊下に飛び出したのは
いいものの、
昇降口を抜けて、校門をくぐり、
最初の角を曲がったところで、
颯太は完全に
那智の姿を見失ってしまった。
デパートにゲーセン、
公園にコンビニと、
那智が立ち寄りそうなところを
しらみつぶしに
当たってはみたものの、
そのどこにも
彼の姿は見当たらない。
残すは彼の家だけだと、
向かおうとした矢先。
不意に、まだ行っていない場所が
もう一つあることを思い出す。
(もしかしたら、あそこかもしれない……)
かつて、勾玉を持ち、
夢と現実を行き来していた頃、
仲間たちとともに度々訪れていた、
神社の境内。
鏡池があるあの場所に、
那智がいるような気がして。
颯太は重たい足を引きずって、
神社の境内へと続く
長い石段の下へと向かう。
走って走って、
破裂しそうな心臓を抱え、
ようやくたどり着いた石段を、
一歩一歩上っていく。
そうして行き着いた
池のほとりで、
しゃがみこんでいる人影を
見つける。
「那智……。やっぱり、ここにいたのか……。
捜したんだぞ……」
颯太はその人影へと歩み寄り、
隣にどっかりと腰を下ろす。
しかし、安堵したのも
束の間だった。
ふと隣に座る那智の顔を見れば、
彼の顔は真っ青で、
血の気が感じられない。
「那智っ!!大丈夫か、那智っ!!
返事しろっ!!那智っ!!」
何度も何度も、
何度も呼びかけて。
ようやくかすかに、
彼の瞼が動き、
やがてゆっくりと、
彼が意識を取り戻す。
蚊の鳴くような声で
颯太の名を呼ぶ彼の顔に、
少しずつ生気が戻って来て、
颯太はほっと胸をなでおろす。
「おまえ、座りこんだまま
気を失ってたから、心配したんだぞ……」
そう告げる颯太に那智は、
え、ああ、そっか、と曖昧な返事を返す。
そんな彼の顔を覗き込んで、
病院に行った方が良くはないかと
案じる颯太だったが、
すっかりいつもの調子に戻った彼が
あっけらかんと笑う。
「平気、平気。ただの貧血だから。
……それよりおまえ、よくここがわかったな。
オレだって、来ようと思って来たわけじゃないのに」
「……あちこち、捜し回ったんだぞ。
ようやくここを思い出して、そしたら、
ここしかないような気がして、それで……」
ふ~ん、と頷く那智の顔を見つめ、
颯太が言葉を区切る。
「那智、あのさ……」
何事かと見つめ返す那智に、
颯太は頭を下げる。
「ごめんっ……!オレ、『あの頃』のことしか
頭になくて、『今』がちゃんと見えてなくて……。
最低だよな……。本当に、ごめん……」
目の前にいる和泉那智に、
高天原の那智を重ねて見ていたこと、
彼女の影に追いやり、
目の前にいる那智を大切に
できていなかったことを詫びて、
そして真実を告げる。
本当は、どちらの那智も好きなのだと。
ただ、それを認めたくなかっただけなのだと。
拙い言葉で必死に謝る颯太を見て、
那智は不意に笑い出した。
もういいよ、と笑いながら空を仰ぐ。
「なあ、颯太。オレ、合唱部の見学、
行ってみようかな……」
不意に紡がれた言葉は、
那智が今までずっと、
頑なに拒絶していた合唱部の名前で。
驚く颯太に、那智は言葉を続ける。
「オレさ、ほんとはずっと、
合唱部に入りたかったんだ。
けどさ、オレ、中学に入った途端、
声変わりが始まっただろ?
けっこうショックだったんだよな、アレ……」
あの時はしゃべるのも辛かったし、
自慢だったボーイソプラノが出せなくなって
落ち込んでいたのだと、
那智は語る。
「なんか、自分がみじめになってさ。
だから思ったんだ。合唱部になんか、
死んでも入るもんかって」
声変わりが終わって
声が落ち着いてからも、
意地になってしまったのだと、
どんなにテノールを絶賛されても、
ソプラノじゃなきゃ、
高天原の自分のような声でないと、
意味がないと思ってしまったのだと、
そう語る彼の顔は、
まるで憑き物が落ちたように、
晴れ晴れとしていた。
「でもさ、オレ、ようやく気づいたんだ。
どんなオレでもオレなんだって。
男でも、女でも、ソプラノでも、テノールでも。
どっちのオレも、かなりイケてるんじゃないかってさ」
おまえ、気づくの遅いよ、と颯太が笑う。
「合唱部の連中も、三河先生も、
みんなおまえの声を絶賛してるんだからさ。
オレも、ずっと好きだったよ、おまえの声」
「なんだよ、それっ。高天原(むこう)のオレの歌声を重ねて、
聞き惚れてただけじゃないのかよっ!?」
それも、ないとは言えないけれど、
どちらかと言えば。
「オレが重ねてたのは、声よりも、
歌う時のおまえの表情だよ。どっちの世界でも、
心底歌が好きって顔で歌うからさ、おまえ」
那智は驚いたように目を見開く。
そして、真っ赤な顔をして俯く。
「なんだよ、それ……。だったら早く言えよ。
そしたら、もっと早く合唱部に入ってたかもしんないのに……」
オレは、颯太に褒められるのが一番うれしいんだと、
そんな呟きが聞こえた。
今度は、颯太が顔を赤らめる。
空を見上げれば、
真っ赤な夕日がふたりを照らしていた――。