
【タカマ二次小説】想い出のララバイ~隠し味を添えて~#10 蝶のワルツ
「おかしいな。この先は飛べそうにありません」
高天原。
飛空船(エア・シップ)を操縦していた圭麻が声を上げる。
水晶虫(クリスタル・バック・ワーム)にさらわれた巫女姫、
伽耶を救うため、山を目指していたときのことだった。
「なんでだよ。山はすぐそこじゃねーかっ!
いけーっ、進めーっ!!」
颯太のすぐ後ろで、那智が叫ぶ。
なぜか颯太は、那智の前に座らされ、
かれこれ15分以上、髪をいじられている。
「あっ、こら、動くなってばっ」
くしとハサミを手にした那智の言葉に従い、
彼女に背中を預けてはいるものの、
どうも落ち着かない。
思わず身じろぎした途端に、
彼女にぴしゃりと叱られる。
そしてまた彼女は、鼻歌を歌いながら、
颯太の髪を整えていく。
「見てろよ~。男前にしてやるからなっ!」
果たして本当に男前になるのか、
甚だ怪しい気がするのだが、
口を挟むとまた怒られる気がして、黙ってしまう。
「飛空船(エア・シップ)が嫌がっているんです。
この船は、虫の記憶をわずかですが、覚えているんですよ。
……降りましょう」
圭麻の言葉に、那智が仕方ないなぁと呟き、
颯太の髪にリボンを通す。
これでよし、という声が耳元で聞こえて、
ようやく颯太は姿勢を崩すことを許される。
飛空船(エア・シップ)を降りるとそこは、
木も草も枯れかけた荒野だった。
進んだ先には、谷を埋め尽くすように立ちはだかる、
巨大なゴミの塔が見える。
そのすぐそばから、毒性を含んだガスが噴き出していた。
おそらく、木や草が枯れているのは、このガスのせいだろう。
一行は圭麻から手渡された、毒をあまり吸わずに済むキャンディ――白銀花(シルヴィア)のキャンディ――を口に含み、
ゆっくりとゴミの塔に近づく。
すると、塔の下からどす黒い泉が湧き出していて、
そこから強いガス性の泡が噴き出しているのが見えた。
透視人(シーヤー)ならば、その正体を見極められないかと、
隆臣が颯太に尋ねる。
ムチャ言うなと一度は首を振りかけた颯太だったが、
ふと、中ツ国での作戦会議を思い出す。
確か圭麻が言っていたはずだ。
巨大な飛空船(エア・シップ)を自在に動かせるのは、
勾玉に刻まれた文字を唱えているからなのだと。
(もしかしたら……)
颯太は、己の勾玉を宙にかざす。
「布(サリヤス)!!」
刻まれた呪文を唱え、意識を泉に集中させる。
すると、真っ黒い泉の中で、
大きな影が身じろぐのが見えた。
はじめはぼんやりとしていた影が、
次第にはっきりと姿を現していく。
ごつごつした甲羅に鋭い2本のハサミ。
「カニだ……!!このゴミの下に巨大なカニがいる!!
この毒はカニの泡から生まれたものだ!!」
颯太が叫ぶと同時に、大きな地響きが起こり、
背中に大量のゴミをくっつけた、巨大なカニが姿を現した。
「藻屑蟹(シザー・クレス)!!」
海藻や草木を背中にくっつける習性を持つこのカニは、
人間がゴミだらけにしたこの谷で、
周囲のものをくっつけているうちに、
ゴミの塔と化してしまったのだろう。
隆臣と泰造が飛び掛かり、
鞘ごと抜いた剣で背中のゴミを払おうとするが、
カニはそれに抗うように、巨大なハサミを振り回す。
それはまるで、苦しくてもがいているかのようだった。
本来、毒なんて持たないはずのこのカニが、
毒性の泡を吐き出すようになったのも、このゴミの影響なのだろう。
不意に、カニのハサミが那智に向かって振り下ろされる。
「危ないっ!!」
颯太はとっさに、那智を庇うように倒れこむ。
幸い、那智にケガはないようだが、
颯太は軽く体を打ち付けてしまった。
「平気かっ、颯太っ!?」
心配そうに覗き込む那智に平気だと伝えると、
那智は、よくもやったなとカニを睨む。
「颯太、教えてくれ。オレの勾玉の文字、なんて読むんだ?
オレにも何か、できるんだろ!?」
問われるままに、彼女の持っている石に刻まれた文字を伝えると、
彼女は弾かれたようにカニに駆け寄り、その言葉を唱えた。
「宇(フーア)!!」
途端に那智の勾玉が光りを放ち、彼女を包み込む。
そして一瞬にして、彼女の衣装が変わった。
華やかなドレスに身を包み、
頭と胸元、手首にきらびやかな装身具を身に着けている。
さらに、勾玉までもが姿を変え、
鈴となって彼女の手に収まった。
その姿はまるで――。
(踊り子(ドール)の舞台衣装……)
その美しさに、颯太は息を吞む。
那智は得意げに微笑むと、
鈴を一振りし、シャン、と音を響かせる。
その途端、ハサミを振り回していたカニが、
ぴたっと動きを止める。
那智はおもむろにメロディーを口ずさみ、
歌に合わせて鈴を打ち鳴らす。
そしてリズムに合わせてステップを踏み、
くるくると踊り始める。
(カニが、聞き惚れている……)
まるでそれを象徴するかのように、
辺りに変化が現れる。
優しい歌声に導かれるように、
ガスが充満していたはずの空気が、心地よい風に変わる。
躍動するステップに誘われるように、
草木の枯れかけた荒野に、新しい芽が顔を出す。
やがて、カニの背中にくっついていたゴミが楽器に変わり、
那智の歌に合わせて美しい音色を奏で始めた。
「これは……、風鳴琴(オーケストリオン)っ……!
ものに音楽を吹き込む能力か!」
「泉ももう、汚れてないぜ……!」
皆が口々に叫ぶ。
しかし、那智の歌と踊りに魅了されたのは、
カニだけではなかった。
目の前を蝶のように舞い踊る那智の姿に、
颯太の目は釘づけになる。
那智の口からこぼれ落ちるメロディーが耳の奥をくすぐり、
ふと投げかけられた視線に胸が高鳴り、
体中の体温が上がり、
胸に熱いものが込み上げてくる。
踊り終わった那智に駆け寄り、
なんとかこの感動を言葉にしようするが、
結姫に先を越されてしまった。
「すごい……!!那智の歌と踊り、世界一だ、きっと……!!」
「よせよ、テレルるじゃんかっ!!
オレに惚れるなよ、な~んちゃってなっ!!」
がっはっはと笑う那智の横で、
颯太は声をかけるタイミングを失ってしまう。
(まいったな……)
颯太はため息を漏らす。
(中身は、ガサツでわがままな社長令息そのものなのに……)
それなのに、自分がどんどん、骨抜きにされていく。
(……惚れて、しまった……)
もはや、その気持ちをないものにはできなくて。
颯太はもう一度、ため息を吐いた。