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【タカマ二次小説】取り残された世界で君と見たものは#13 Slow Step
いつからだろう。
いつからか、自分の中で、
歯車が噛み合わなくなった。
もしかしたら、
最初からかもしれない。
2か月前のあの日。
伽耶から真実を聞かされ、
散々泣きわめいたあの日。
那智は決めたのだ。
もう、泣かないと。
これ以上泣いたところで、
何が変わるわけでもない。
だからせめて、
元気でいようと思った。
太陽みたいに明るくなって、
みんなを元気にしたいと思った。
自分だけでも笑顔でいないと、
みんなを元気にはできないから。
だから笑っていようと思った。
どんなにつらく悲しくても。
「でも、どんなに頑張っても、つらくなるばっかりで、
誰も笑顔にできなくてっ……!!
オレは、結姫の代わりにはなれなくてっ……!!」
結姫の代わりに、なりたかった。
みんなの太陽になりたかった。
何よりも、颯太を照らす、
明るい太陽になりたかった。
けれど、いつまで経っても叶わずに、
いつしか心が疲れていった。
心の奥底に抱えた闇から逃げきれずに、
呑みこまれそうになって、
もがけばもがくほど、抗えなくなって、
崩れそうになった。
まさに、崩れる寸前が、
今日だったのかもしれない。
那智にとっては、
今日が特別におかしかったという自覚はない。
おそらく、積もり積もったものが、
ついに溢れてしまっただけなのだ。
……颯太に、気づかれてしまうほどに。
「バカだな、おまえ……」
そんな言葉とともに、
頭をくしゃっとされる。
驚いて見上げると、
柔らかく微笑む颯太と目が合った。
その笑顔が、ものすごく優しくて、
あたたかくて、思わず涙がこぼれる。
「そんなの、当たり前じゃないか……。
那智は、那智なんだから」
優しく髪をなでるその手に、
思わずすがりたくなる。
那智は再び、
目の前にある胸板に、
華奢に見えて意外と広いその場所に、
顔を埋める。
「オレは、那智に笑わせてもらいたいわけじゃないんだ。
照らしてもらいたいわけじゃない。
……一緒に、歩きたいんだ。一緒に泣いて、一緒に笑いたい。
今までずっと、立ち止まったままだったけど……。
でも、那智のおかげで、ようやくそう思えたんだ……」
その声が、
ものすごく心地よくて。
言葉のひとつひとつが、
心の中に染み渡っていく。
心にぽっかりと空いた穴は、
決して埋められないけれど、
それでも、
互いに支え合って生きていけば、
いつかは、
心から笑い合える日が来るのかもしれない。
「なあ、那智……。おまえさえよければ……、
一緒に、高天原の結姫に、会いに行ってみないか……?」
「え……?」
唐突なその言葉に、
驚いて顔を上げる。
「実は、ずっと考えていたんだ……。
ほら、伽耶さんが言ってたろ?
結姫は高天原では、天珠宮を支える大きな樹なんだって……。
『太陽をつなぎとめる樹(アクテイ・グローブ)』っていう樹なんだって……」
そういえば、
あのお姫様がそんなことを言ってた気がする。
結姫は、唯一中ツ国からそのまま来た人間で、
高天原の姿は、大きな樹なのだと。
「……じゃあ、高天原の結姫は、今も天珠宮に……?」
「ああ、そうだと思う……。
いつか、一度でいいから、高天原の結姫を、
この目で見てみたいと思ってたんだ……。
でも、なかなか勇気が出なくて、
誰かに言うことすらできずにいた……。
現実に向き合うのが、怖かったんだ……」
今初めて人に打ち明けたのだと、
おまえだからこそ打ち明けたのだと、
そう言われている気がして、
那智は胸が熱くなる。
高天原の結姫に会いに行くということは、
再び、天上界へ行くということだ。
結姫が隆臣に食べられることを願い、
隆臣が太陽に向かって身を投げた、
その場所へ行くということ。
自分たちが何もできないまま去った、
あの場所に行くということ。
それは那智にとっても、覚悟が必要で、
二つ返事で快諾できるものではない。
「嫌なら、無理をしなくてもいい……。
これは、オレの問題だから……」
ひとりでも行きたいと、そう思うくせに、
ひとりではとても行けやしないと、
二の足を踏んでしまう自分の問題なのだと、
颯太が漏らす。
今の今まで、
誰にも言えずにいた、
無力で情けない自分の問題なのだと。
そんな彼の言葉に、
那智は大きく首を振る。
颯太はきっと、
無力なんかじゃない。
現にこうして、
那智を支えてくれている。
「……行こうよ、一緒に……。
オレも、結姫に会いたいっ……」
正直、怖くないと言えば嘘になる。
けれど、颯太と一緒なら、
大丈夫のような気がした。
辛く悲しいことも、
受け止められるような気がした。
もしどうしても受け止められなければ、
無理をせずに、一緒に泣けばいいのだ。
今日のように、
抱きしめ合えばいい。
そう思ったら、
なんだかそこまで難しいことではないように思えた。
「那智……」
本当にいいのかと、
そう尋ねる颯太に向かって、
那智は頷く。
「行こう、一緒に。明日、伽耶さんに頼んでみるよ。
天珠宮に連れて行ってくれって」
善は急げだと、そう言って笑うと、
颯太も笑みを返してくれた。
悲しみが完全に消えたわけじゃない。
けれど、作り笑いとも違うその笑顔を見て、
那智も自然と嬉しくなる。
「――ふたりで抜け駆けはずるいですよ」
ふいに、部屋の入り口から声がした。
いつの間にやら、ドアが開いていて、
そこに「ある人物」が立っている。
「け、圭麻っ……!」
おまえ、いつからそこにいたんだと、
慌てふためくふたりの声には答えずに、
圭麻が晴れやかな笑みを浮かべる。
「オレにも、行かせてください。
……泰造にも声をかけないと、
フェアじゃないと思いますよ」
確かに、
実際に行くかどうかは本人に委ねるとしても、
声はかけたほうがいいだろう。
共に闘い、
共に旅をした仲間として。
「そうだな。泰造にも聞いてみよう。
那智は、伽耶さんに話を通しておいてくれないか?」
泰造には自分から聞くからと、
そう口にする颯太の言葉に頷いて、
那智はゆっくりと颯太の体から離れる。
妙に名残惜しい気もしたが、
圭麻の目の前であの恰好を続けるのは
気恥ずかしくて無理だった。
本当はもっと早く離れたかったのだが、
颯太の手が緩むまで、
動けなかったのだ。
何だか妙に、
顔が火照っている気がする。
「お邪魔してすみませんでした。
でも、黙っていることもできなくて、つい……」
圭麻は茶目っ気たっぷりにそう言うと、
「では、ごゆっくり……」と言い残し、
颯爽とリビングへと去っていく。
その後ろ姿を恨めしく見つめる那智の横で、
颯太はなぜか目を白黒させていた――。