
【タカマ二次小説】陽炎~玉響の記憶~#14 約束と招待状
それから2か月が経った
11月の頭。
文化祭も終わり、
学校中に漂っていた
お祭りムードも消え、
ごく普通の日常が戻ってきた。
神代中合唱部は
コンクールの地区予選を
首位で突破し、
全国制覇に向けて
猛特訓を続けている。
合唱部に入る前は、
いつも遅刻ぎりぎりで
登校していた那智が、
今や颯太よりもずっと早く来て
毎日朝練に勤しんでいるのだから、
人も変わるものだと、
颯太は思う。
「全国大会、絶対見に来いよっ!」
そう言って渡された
チラシには、
全国大会の日取りと
会場が記されている。
(レインボーホール、か……)
それは、虹色に輝く巨大観覧車で
有名なアミューズメントパーク
「レインボー・ファンタジアランド」の
そばにあり、
コンサートやミュージカルなど、
文化や芸術の拠点となる多目的ホールだ。
チラシと一緒に渡されたチケットには、
「ご招待」のスタンプが押されている。
「……あ、あのさっ、那智。
放課後か週末、時間取れないか?」
ん~と振り返る那智に、
一緒に行きたい場所があるんだと告げる。
「部活で忙しいのは、わかってる。
あまり時間は取らせないから、頼む」
「……じゃあ、今度の土曜日、
一日いっぱい空けるからさ。
一緒にレインボー・ファンタジアランドに行こうぜ」
「えっ……?だっておまえ、部活は?」
那智はここのところ、
全国大会に向けた猛特訓で、
平日はもちろん、
土日も部活漬けの毎日だ。
だからこそ颯太は、
その合間に少しでも時間が取れないかと、
遠慮がちに打診したのだ。
「いいって、いいって。元々オレ、
兼部でもいいって言われてたんだし。
土日練はどっちかに出れればそれでいいから」
颯太の杞憂を蹴散らすように、
那智はあっけらかんと笑う。
「で?おまえの行きたいところって?」
那智の大きな瞳に見つめられ、
颯太は思わず唾を飲み込む。
「いや、正確には、話したいことがある、というか……。
ゆっくり話せれば、どこでもいいんだけど……」
「じゃあ、ファンタジアランドでもいいよなっ?」
笑顔でそう振られて、
颯太は頷く。
実は颯太は2週間前にも
その場所へ行っているのだが、
那智はそれを知らない。
正確には、“和泉那智”はそれを知らない。
颯太がその場所に行ったのは、
彼が風邪で寝込んでいるときだったから。
「待ち合わせは、どうしよっかなぁ~」
那智が宙を仰ぐ。
「そういえば、おまえ、
迎えに来てくれるんだろ?
結姫の家の前に、朝9時に」
その言葉に、颯太は目を見開く。
「――おまえ、今、なんてっ……」
2週間前、「彼女」と
待ち合わせた場所と時間を
口にする彼を凝視する。
那智が珍しく風邪で休んだあの日。
なぜか突然、高天原(むこう)から
“もうひとりの那智”がやってきて、
3日間中ツ国(こちら)に
滞在していったのだ。
颯太は彼女に誘われ、
ふたりでレインボー・ファンタジアランドに行った。
その時の待ち合わせが、
「結姫の家の前に朝9時」だった。
彼女は3日間、
結姫の家に寝泊まりしていたから。
「……朝9時に、今度はオレの家の前まで
迎えに来いよ。いいだろ?」
勾玉もない今、
風邪で寝込んでいた彼には、
「彼女」の記憶はないはずなのに、
まるで、「前回」があることを
知っているかのようなその口ぶりに、
颯太はたじろぐ。
「いいけど、今度は、って……」
「おまえは2回目だろ?
“オレ”とファンタジアランドに行くの。
オレは初めてだけどさ」
ああ、これはもう完全に知られている。
情報源は結姫なのかとそう問えば、
彼は頷く。
「聞いたっつーか、無理やり吐かせた。
だから結姫を悪く思うなよ」
彼はそう言うと、
オレが寝込んでる間に油断も隙も無い、とぼやき、
そして、二の句が継げずにいる
颯太に向かって、
にっと笑う。
「今度はたっぷり、
オレに付き合ってもらうからなっ!
覚悟しとけよっ!」
満面の笑みを置き土産にして、
軽やかに席に戻った那智の背中を、
颯太は呆然と見送った――。