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【タカマ二次小説】星に願いを、君に想いを

「なあ、圭麻。おまえ知ってた?来週、流星群が来るんだってさ……」

ガラクタで溢れかえった圭麻の家で、
かろうじて埋まらずに済んでいるテーブルに座り、
那智がため息交じりに漏らす。

圭麻は那智の問いには答えず、
機械を修理する手を止めて問いかける。

「颯太に聞いたんですか?」

那智は首を振る。

「女官仲間に聞いたんだ。……颯太なら今頃、書庫で缶詰だから、知らないと思う。
……でも、そのうちアイツの耳にも入るだろうし、
アイツのことだから、絶対見ようとするんだろうなぁ……」

語尾にはまた、ため息が混じっている。

普通、流星群が来ると知り、それを誰かに話すとしたら、
もっと楽しそうに話してもよいものだが、
那智は終始浮かない顔をしていた。

「一緒に見に行けばいいじゃないですか。
颯太も那智が一緒だと喜ぶと思いますよ」

否定されるかもしれないと思いつつ、
圭麻はわざと口にする。

案の定、那智はぶるぶると首を振った。

「いやだ。天体ショーなんか大っ嫌いだっ……」

その言葉に、圭麻は「やっぱり」と肩をすくめる。

「まだ引きずっているんですね、あのときのこと……」

「あのとき」とは、神々の黄昏(ラグナレク)、
すなわち日食が起きた時のこと。

あのとき、颯太は中ツ国で太陽を研究するのに夢中で、
高天原には来なかった。

高天原の颯太はずっと眠りっぱなしで、
那智がひどく心配していたのを覚えている。

まるでお百度参りのように、
何度も何度も氷石の上に足を運び、
真っ赤になった素足など気にも留めずに、
颯太の無事を祈り続ける那智の姿は、
圭麻から見ても痛ましかった。

きっとあれ以来、那智は天体ショーが嫌いなのだ。

空に夢中になって戻ってこない颯太を、
ずっと待ち続けていたときのことを思い出すから。

「なあ、圭麻。どうしたら颯太を止められると思う?
アイツが空のことばっか考えるの、どうしたらやめさせられるだろ……?」

そう問いかける那智の目は真剣で、
冗談でごまかす気にはなれず、
かといえ、よい答えも思い浮かばない。

圭麻は仕方なく、時間稼ぎを試みる。

「流星群が来るまでに、何か考えてみますよ。
……それより那智、そろそろ仕事に戻る時間じゃありませんか?」

「わっ……!!やべっ!!」

那智は慌てて立ち上がり、帰り支度を始める。
そしてドアの前で見送る圭麻に、早口でまくし立てる。

「とにかく、何かいいアイディアが浮かんだら、
すぐにオレに教えろよっ。頼んだからなっ」

「はいはい」

圭麻は頷き、那智が見えなくなったのを確認してから、
そっと呟く。

「ほんとに、何とかできないものですかねぇ……」

颯太でなくとも、年にほんの数回、
否、天体の接近具合や気象状況によっては、
数年に一度とも言うべき天体ショーは、
いくつになってもどきどきするものだ。

それを「興味がない」というのならともかく、
「大嫌い」だと断言してしまう那智を見るのはやるせない。

しかし、圭麻には、那智のトラウマを克服する術など見当たらず、
再度ため息をついて、途中だった機械の修理に取り掛かる。

その数日後。

まるで図ったかのように、
トラウマの原因とも言うべき人物が、
相変わらずガラクタで溢れ返った圭麻の家に顔を出した。

その人物は、那智と同様、
かろうじて埋もれずに済んでいるテーブルに腰を掛けて、
圭麻に問いかける。

「なあ、圭麻。おまえ、知ってるか?
シルヤの丘に伝わる言い伝え」

シルヤの丘とは、神王宮の裏手にある小高い丘のことだ。

この丘にまつわる言い伝えなど、
圭麻はひとつしか知らない。

「『シルヤの丘に星雨降り注ぎしとき……』で
始まるあの言い伝えですか……?」

「そう、それ。オレは昨日、書物で読んで知ったんだけどさ、
昔から都(リューシャー)にいる人なら、誰でも知ってる言い伝えなのか?」

「さあ……。オレは祖母に聞いて知っているだけで、
他の人がどれくらい知っているかまでは……。
あ、でも、小さい頃、祖父母の仲がいいのを見て、
『さすがはシルヤの丘で結ばれたふたりね』って
近所の人が話しているのを聞いたことはありますよ」

「……ふ~ん、そうか……。意外と信憑性あるんだな……」

そう言って考え込む颯太の様子に、
圭麻は吹き出しそうになる。

いくら颯太が神王宮で史官の補佐として働いており、
世界各地の言い伝えを研究しているとはいえ、
今の発言は、学術的興味から発せられたものではないだろう。

おそらく、彼はこの言い伝えが、
己の恋を成就させるのに効果があるのかどうかを推し量っているのだ。

彼の性格からして、
迷信かもしれない言い伝えを頭から信じて実行するのは気恥ずかしいのだろう。

「試してみたらどうですか?
ちょうど、もうじき流星群がピークを迎えますし、
那智を誘ってシルヤの丘に行ってみたらいいじゃないですか」

本当に、いい機会だと思う。
これで、那智のトラウマも解消するかもしれない。

「そうだな……。試してみるか……」

やや赤い顔で呟く颯太に、
圭麻は「ただ……」と口を挟む。

「流星群を見に行くの、那智から断られても、
下手に引き下がらないでくださいね」

「え……?」

颯太は不思議そうに顔を上げる。

「それ、どういう意味だよ?」

「だって那智、数日前に言ってたんですよ。
『天体ショーなんか嫌いだ』って」

「アイツ、どうしてそんなことを……?」

「たぶん、日食のときのトラウマだと思います。
あのとき、那智は目を覚まさない颯太を心底心配して、
自分が凍傷になりかけてましたから」

圭麻は、那智から「颯太が流星を見ようとするのをやめさせるにはどうしたらいいか」という
相談を受けていることを除いて、
颯太に話して聞かせた。

日食のとき、颯太が中つ国に行っている間、
那智が氷石の上でひたすら祈り続けていたこと。

それ以来、天体ショーが嫌いになってしまったようであること。

颯太は驚いた様子で聞いている。

まさか、自分の行いがそこまで那智を悲しませていたとは、思ってもみなかったのだろう。

「だから、那智は誘われても、必ず一度は断ると思います。
でも、颯太が『ひとりでも行く』って言えば、きっとついて行くと思いますよ」

圭麻の言葉に颯太は顔をしかめる。

「それ、一種の脅しじゃないか……?」

「ひとりでも行く」と言えば、きっとついて行く。

それはつまり、心配のあまり一緒に行かざるをえない状況をあえて作り出すということだ。

いわば、那智の気持ちを利用して、
無理やり誘うということ。

「確かに、多少は荒療治かもしれません。
でも那智のトラウマ、治せるのは颯太しかいないんですよ。
天体ショーにまつわる、素敵な思い出ができたら、那智も変わると思うんです。だから、ね。
誘い方は強引でも、ふたりなら、きっと楽しめると思いますよ。
オレが保証しますから」

圭麻の言葉に背中を押され、颯太は心を決める。

「……わかった。やってみるよ」

やがて、流星群大接近の当日。

史官の補佐として神王宮で働いている颯太は、
同じく女官として神王宮で働いている那智の休憩時間を見計らい、
勇気を振り絞って声をかける。

「那智。今日の夜、時間あるか?」

「……あるけど、なんで……?」

訝しんで見つめ返す那智に、
颯太ははやる気持ちを必死で抑える。

しかし、うまく言葉にならない。

「大事なことなんだ。つきあってほしい」

「は……?」

「……だから、さ。オレ、今夜、
シルヤの丘で流星群を見ようと思うんだ。
それで、できれば一緒に……」

「いやだ。オレ、天体ショー嫌いだから」

颯太が言い終わらないうちに、
那智のきっぱりとした声が聞こえた。

予想をしていたとはいえ、
即答ではっきりと告げられるのは、
やはりショックを伴う。

それが自分のせいであると知っていればなおさら。

しかし、颯太は「これで負けてはいけない」と、
自分を奮い立たせる。

「わかった。じゃあ、オレひとりで行くよ」

その途端、那智の瞳が揺れる。

「……なんでっ?夜中だろ……?危ないじゃんか。
ひとりで何が楽しいんだよっ。それにおまえ、明日も早いんじゃないのか……?」

颯太が行かないように、行かないようにと、
よくない理由を必死に並べ立てる様子に胸が痛む。

だが、颯太は引き下がらなかった。

流星雨の降るシルヤの丘で、那智と一緒に過ごしたい。
言い伝えを信じてみたい。

そして那智に、天体ショーも悪くはないと思ってほしい。

そんな気持ちに駆られて颯太は言い返す。

「オレは透視人(シーヤー)だから暗闇は平気だし、
仕事柄、夜更かしして早起きするのも慣れてる。
おまえも明日は遅番だって聞いてたから、大丈夫だと思ったんだけどな」

「だ、だからオレは、天体ショーは嫌いだって……」

「ああ。だからひとりで行くよ。無理に誘って悪かった」

そう言って踵を返した颯太の袖を、那智が慌てて引っ張る。

「待てよっ。わかったよ。行くよ。
一緒にいくから、だから、ひとりでなんて行くなよっ」

「……わかった。じゃあ、今夜10時に中庭で待ってるから」

すがるような那智の言葉に、
嬉しいような、悲しいような感情を抱えながら、
颯太は約束を取り付ける。

そして、もう、というべきか、
やっと、というべきか。約束の時間が訪れた。

神王宮の中庭で待つ颯太の前に現れた那智は、
数刻前とは雰囲気が変わっていた。

外灯に映し出された彼女は
白いレースのワンピースに身を包み、
長い金色の髪にはゆるゆると軽いウェーブがかかっている。

颯太の視線に気づき、那智が照れ臭そうに笑う。

「女官仲間に、オレを妹のようにかわいがってくれる人がいてさ。
星を見に行くって言ったら、髪をセットするのとか手伝ってくれたんだ」

正確には、「颯太が空ばっか見てるのなんて見たくない。でも、ひとりで行かれたら耐えらんない」とわめいていたところを、

「あんた、星にやきもち焼いてるの?」と笑われ、「星に負けないくらい綺麗にしてあげる」と
腕によりをかけておめかししてもらったのだ。

黙ったままの颯太に、那智がおそるおそる問いかける。

「変か……?」

「え……、あ、いや……。似合ってるよ、すごく……」

まるで後半は独り言のように、颯太が呟く。

それを聞いて、那智はぱあっと笑顔になる。
その瞬間、颯太の鼓動が跳ね上がる。

(やばい……。こんなんじゃ、
言い伝えどころじゃないじゃないか……)

星雨降り注ぎしシルヤの丘で、
おもひし人と初めて手をつながば、想いは実る。

それは、書庫で偶然見つけた書物に書いてあった言い伝えだ。

颯太はその時すでに、近日中に流星群が大接近することを知っていた。

さらに、観測にはシルヤの丘がベストだということも、天候に恵まれそうだということも。

おまけに、颯太は那智に髪を触られたり袖を引っ張られたりしたことはあるが、
手をつないだことはない。

条件は全て整っている。
颯太がほんの少し勇気を出しさえすれば。

「……行こうか」

颯太は那智を促し、中庭を抜けて、
門番に気付かれぬよう、裏門の脇の茂みからそっと城外へ出る。

シルヤの丘はそこから歩いて10分ほどの場所にある。

「……おまえ、よくこんな抜け道知ってたな」

那智が感心したように声を漏らす。

「まあな。……足下悪いから気をつけろよ」

颯太は言いながら思う。

道の悪さにかこつけて、手をつないでしまおうか。

いや、丘に着く前につないでしまったら、
言い伝えの効果がなくなるかもしれない……。

結局、颯太は右手にランプを持ち、
左手は空のままで那智の先を歩く。

丘の上に着くと、颯太は背負っていたリュックからテントの切れ端を取り出し、
芝生に敷きはじめた。

「流星群はねっころがって見るのが一番だからな」

今の季節、草はらに直に寝転がると、
夜露で服が濡れてしまう。

 テントの切れ端は丈夫で水に強く、
敷物にするには最適だった。

颯太はその上に転がり、空を見上げる。
那智もそれにならい、仰向けに転がる。

そこには、満天の星が散らばっていた。
そのうちのいくつかが、こぼれるように落ちてくる。

消えたと思ったら、また別の場所で別の星たちが流れ、
それと同時に、違う場所から違う星たちが降ってくる。

それはまさに、星の雨のようだった。

「すげぇ……」

あれほど天体ショーは嫌いだとわめいていた那智も、
思わず感嘆の声を上げる。

しばらく、ふたりは無言で頭上の光景に魅入る。

やがて、沈黙にたえられなくなった那智が、
颯太の名を呼ぶ。

しかし、いつ、どうやって言い伝えを実行しようかと思案していた颯太は、
気づくのが遅れてしまった。

「……え?なに……?」

名前を二度呼ばれてようやく気がついた颯太に対し、
那智は起き上がり、何かを耐えるような声で問いかける。

「……颯太。おまえ今、なに考えてた……?」

「なにって……、別に、なにも……」

慌てて起き上がり、ごまかそうとする颯太の耳に、
半泣きに近い那智の声が聞こえる。

「じゃあ、なんですぐに返事しないんだよ!?
心配するだろっ……!!」

その声に、颯太は「しまった」と思う。

天体ショーが嫌いだと言い張る那智の前で、
天体ショーの最中、一時的とはいえ、
那智の声に反応しなかった自分。

きっと彼女は、「あのとき」のことを思い出してしまったのだ。

何度名前を呼んでも、
颯太が目を覚まさなかった、あのときのことを。

謝ろうとする颯太に対し、那智がさらにわめく。

「天体ショーなんか嫌いだっ!!大っ嫌いだっ!!
空のことしか頭にない颯太なんか大っ嫌いだっ……!!」

(……え?)

那智の言葉を「やってしまった……」という面持ちで聞いていた颯太だが、
そこまで聞いて、はたと気づく。

那智は明らかに誤解している。

少なくとも今、反応が遅れてしまったのは、
空のことを考えていたからではない。

那智のことを考えていたからだ。

そこに嘘偽りはない。
颯太は腹を決めて打ち明ける。

「那智、ごめん。悪かった。
実はオレ、この丘に伝わる言い伝えのことを考えてたんだ」

「え……?」

空でもなく、星でもなく、この丘。

それが予想外だったのか、顔を上げる那智に、
颯太は言葉を続ける。

「『シルヤの丘に星雨降り注ぎしとき、
おもひし人と初めて手をつながば、想いは実る』って言い伝えがあるんだ」

那智には理解しづらい言葉が使われていることを知りつつも、
颯太は書物に書いてあった言葉をそのまま口にする。

案の定、那智の口からは「意味わかんねえ」という呟きが漏れた。

颯太は一呼吸置いて、一気に言葉を吐き出す。

「……この丘に流れ星が雨のように降り注ぐとき、
好きな人と初めて手をつないだら、想いが実るって意味だよっ。
いつつなごうかとか、嫌われたらどうしようとか、いろいろ考えてたら返事が遅れた」

「……へ?」

「……そりゃ、空のこととか、研究のこととか、考えてるときはあるけど……。
今はそんなんじゃなくてさ……。おまえと手をつなぐことしか、頭になかった……」

「ああ~、もうオレ、何言ってるんだ?」とわめく颯太の横で、那智が呟く。

(颯太が考えていたのは、空じゃなくて、オレ……?)

思ってもみなかった。そんなこと。

(この丘に流れ星が雨のように降り注ぐとき、
好きな人と初めて手をつないだら、想いが実る……)

颯太の言葉を頭の中で繰り返しながら、
自分の手と星空を交互に見つめる。

(好きな人……)

その言葉がリフレインする度に、
那智は自分の頬がほてっていくのを感じる。

(今、ここで、颯太と手をつないだら、想いが実る……)

那智は途端に気恥ずかしくなって、
ごろんと横になる。

そして、颯太にもそうするように促す。

「……ほら、流星群はねっころがって見るのが一番なんだろ?」

その言葉を受けて、再び横になった颯太の手に、
那智はそっと自分の手を重ねる。

最初は驚いたように身じろぎした颯太だったが、
やがて、那智の手を強く握り返す。

伝わるぬくもりが、那智の鼓動を速めていく。

「ずっと、好きだったんだ……。出会った時から、ずっと……」

静かに漏れる、颯太の声が、那智の耳に心地よく響く。

頭上では、たくさんの星々が雨のように、
次から次へと降り注ぐ。

「おまえは、隆臣のことが好きだって言ってたから、叶わないんだと思ってた……。
けど、諦めきれなかった……。
今でも、好きなんだ……。おまえのことが……」

語られる言葉が、那智の体温を上げ、鼓動を速めていく。

それと同時に、伝えたい想いが、胸にあふれて止まらなくなる。

「あ、あのさっ……、オレ……、その……、違うからっ……」

しどろもどろになりながら、那智が言葉を紡ぐ。

「隆臣を好きとか、違うからっ……。
そりゃ、昔はそう思ってたけど……。
でも、ほんとは違ってたからっ……。
ほんとに好きなのは、今も好きなのはっ……
、 颯太、だからっ……」

次の瞬間、那智の視界が遮られた。
美しすぎる星の雨が、見えなくなった。

代わりに、颯太の柔らかな髪が、那智の頬に触れる。

ふわり、と体が宙に浮いたかと思うと、抱きすくめられ、
那智の唇に何かが触れた。

それは、とろけるような甘いキス。
幸せすぎて、頭が朦朧とする。

こんな天体ショーなら、悪くない。

那智は心の中で呟いてから、
そうじゃなかったと、かぶりを振る。

「……こういう天体ショー、オレ、大好きだ……」

颯太の耳にも届くように、声に出して呟く。

頭上では、今もなお、
星が雨のように降り注いでいた――。


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