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【タカマ二次小説】廻り舞台と紡ぎ歌#86 魅惑的な楽の音
時を遡ること、百二十年。
美舟は御影家で働く下女の娘として生まれた。
父親は誰とも知れず、
母親の環(タマキ)は朝から晩まで働きづめで、
美舟の相手をできるのは、
仕事の合間のわずかな時間だけだった。
離れの中でも、最も質素な板の間で、
他の下女たちとともに寝起きをする生活を、
7年ほど続けた頃。
美舟は幼いながらも、少しずつ、
下働きの手伝いをするようになった。
そんなある日のこと。
美舟が母屋の廊下で雑巾がけをしていると、
ふいに、美しい音色が耳に届く。
その音色に誘われるように、
ふらふらと足を運べば、
辿り着いた部屋の中には、
当代の漆黒の奏者(ハル・シテナ)、
朱鷺江(トキエ)と、
まだ十に満たない朱鷺江(トキエ)の姪、
柊がいた。
ふたりは襖の隙間から覗く美舟には
気づいていない様子で、
胡琴の稽古を続ける。
「一音一音が雑すぎる。
もっと丁寧に弾きなされ。さあ、もう一度」
「――はい」
再び、柊が胡琴の胴を足の付け根に固定し、
弦に弓を当て、音を奏でる。
その様子を美舟は食い入るように見つめる。
木でできた華奢な胴と、長い弓。
ピンと張られた弦は、わずか二本だけなのに、
どうやってこんなにも多彩な音を出せるのだろうと、
美舟は目を凝らす。
「これっ!何をやってるのっ!?」
ふいに耳元で環の声が聞こえたかと思うと、
美舟はまるで子猫のように襟首を掴まれ、
そのまま廊下の隅へと連れ出される。
「お部屋に近づいてはいけないと
あれほど言ったでしょうっ!?」
険しい口調で叱る環に、
ごめんなさい、と謝る美舟の頭には、
先ほど見た光景が焼き付いていて離れない。
それは、仕事を終え、夕食を終えて、
寝床に入ってからも同じだった。
不思議な形状の楽器から繰り出される魅力的な音色が、
何度も何度も繰り返され、
やがて、その音色に包まれるように、
美舟は深い眠りへと落ちていった――。