
【タカマ二次小説】想い出のララバイ~隠し味を添えて~#7 酸いも甘いも未知の味
食事を終え、月読の許可を得て、
地下の書庫を見せてもらうことにした颯太は、
暗く冷たい廊下を歩く。
自分の足音以外何も聞こえない暗闇で、
颯太はひとり、燭台を手に歩き回る。
どうやら、迷ってしまったらしい。
廊下が非常に入り組んでいて、
なかなか目的地に辿り着けない。
「ここ、かなぁ……」
ようやくそれらしき扉を見つけて、
手を伸ばそうとしたその時。
「それ以上進むな!」
かけられた声に驚いて振り向けば、
そこには先ほどの女官が立っていた。
「き、きみ……、いつの間に……」
跳ね上がった心臓をなだめながら、
颯太は言葉を押し出す。
(まさか、こんな場所で会うなんて……)
正直、幽霊に会うのとは別の意味で、心臓に悪い。
「この部屋に近づいちゃいけない。
……いつも、ひどく叱られるんだ」
実は常習犯なんです、と言わんばかりの、
いたずらっ子のような顔で、彼女は言葉を付け足す。
その顔に、颯太は吹き出しそうになるのをこらえ、
何の部屋なのかと問うと、彼女は首を横に振った。
「知らない。それに、その扉は絶対開かないよ」
ふ~ん、と頷こうとして、
わずかな引っ掛かりを覚え、
颯太は聞き返す。
「……絶対、って、試したの?」
「だって、気になるじゃんかっ!!
この部屋に近づくな、なんて言われたらさぁっ」
颯太はついに、吹き出してしまった。
黙っていれば、かなりの美女なのに、
発想はまるで子どもで、
そのギャップがとても心地よい。
「何度も試したけど、無理だったんだ?」
颯太は笑いながら問いかける。
彼女は、笑われていることを訝しみながらも、
大まじめに頷く。
(……となると、機密文書の保管庫か何かか……。
気になるけど、入れないなら仕方ないな……)
颯太が諦めて踵を返そうとしたその時だった。
突然、颯太の胸元にある勾玉が光り出し、
ふたりを大きく包み込む。
ふたりが眩しくて目をつぶったのは、ほんの数秒。
しかし、目を開けた時には、
目の前に立ちはだかっていたはずの硬い扉が、
跡形もなく消え去っていた。
「扉が消えたっ!?おまえ、一体どうやって……」
颯太に詰め寄る彼女が、その勢いのまま、
何かに躓いてバランスを崩す。
「うわっ!!」
慣性の法則で前にすっころんだ彼女は、
颯太をも巻き込み、そのまま床に倒れ込む。
彼女に押し倒される形で背中から倒れ込んだ颯太は、
幸い、頭を強く打ちつけることはなかったが、
一瞬の出来事に、事態の把握が追いつかない。
倒れた衝撃から我に返り、状況を認識した途端、
頭の中が真っ白になる。
(えっ、ちょっ、なっ、こ、これはっ……)
それもそのはず。
仰向けに転がる颯太の上に、
例の女官が馬乗りになっているのだから。
(や、やばいっ……。やばいって……)
心臓が飛び上がるどころの話ではない。
女性の体がこんなに近くにあるなんて初めてなのだ。
それもその女性は、つい先ほど、愛くるしい笑顔で自分を悩殺した少女。
これは、やばいとしか言いようがない。
しかし、そんな颯太の心境にはお構いなしで、
その体制のまま、彼女が呟く。
「あ~あ。ほどけちゃった……」
彼女は何やら熱心に、颯太の髪を見つめている。
みずらを結っていた颯太の髪は、
倒れた勢いで片側だけがほどけてしまったようだ。
彼女はその波打つ髪をしばらく見つめていたかと思うと、
ふと思いついたように、うれしそうに笑う。
「おまえ、髪垂らした方がいいぞ。両方ほどいちゃえ」
(えっ……!?)
驚く颯太を気にも留めずに、
彼女は馬乗りになった状態のまま、
颯太の髪に触れ、髪を束ねている和紙、元結紙をほどいていく。
彼女の動きに合わせ、彼女のものと思われる、
ほのかに甘い香りが、颯太の鼻をくすぐる。
……もはや、限界だった。
「あっ、あかり、あかり、あかりはどこだっっ!!」
このままでは、本当に、どうにかなってしまう。
とにかくこの状況を脱しなければ。
そんな衝動に駆られて、
半ば強引に起き上がろうとしたとき。
突然、ふたりの周りで風が巻き起こり、
颯太は思わず目を閉じる。
風が収まり、再び目を開けると、
彼女の胸元で、先ほどまではなかった「何か」が光っている。
「きみ……それ、勾玉……!?」
彼女の胸元で緑色の光を放つもの。
それは確かに、颯太の持つそれと酷似している。
(と、いうことは……、彼女も、天ツ神のひとり……)
颯太はつばを飲み込む。
彼女は勾玉を手にしたことで、
中ツ国の記憶を手に入れたのだろう。
一瞬の間の後、弾かれたように口を開いた。
「颯太……!」
まるで、懐かしい相手に再会したとでもいうように、
彼女は笑顔を向ける。
しかし颯太には、中ツ国の彼女に心当たりがない。
(どこかで会っていたら、絶対に気づいてる……)
自分を一瞬で虜にした少女。
中ツ国でも会っているならば、
気づかないわけがないのだが、
まったくもって心当たりがない。
そんな颯太の度肝を抜くべく、少女は叫ぶ。
「オレだ!!那智だよっ。5年1組の和泉那智!!」
(なっ、なななっ……那智……!?)
颯太はその名を有する人物を一人しか知らない。
そして、その人物は確かに颯太のクラスメイトではあるが、
断じて「美少女」ではない。
というか、「女」ではない。
「那智……って、……まさか、あの、イズミコーポレーションの……
社長令息――!?」
「だからそう言ってるだろっ。
それよりみんなはどこだ?一緒なんだろ?隆臣は!?」
(まさか……。そんな、バカな……)
颯太は呆然と宙を見つめる。
(あり得ない……)
まさか、自分を虜にした目の前の少女が、
中ツ国では男だったなんて。
それもよりによって、いけ好かない、あの御曹司だったなんて。
(悪夢だ……)
これは恐ろしい悪夢だ。
一刻も早く目を覚まさなければならない。
颯太は頭を抱え込んだ。