
【タカマ二次小説】宿り木の果てに#7 夢の向こうの恋心
――思いつつ
寝ればや人の見えつらむ
夢と知りせば覚めざらましを――
この句の意味を書きなさい、という設問に、
颯太の手が止まる。
学校の図書室で、
私立中学の入試に向けて
勉強をしていた颯太の胸に、
「夢」の記憶が蘇る。
太陽が戻り、皆で結姫を労ってから、
早3週間。
もうじき5年生も終わり、
6年生に進級する。
そうなれば、あとはもう、
受験なんてあっという間だ。
いい加減本腰を入れて
勉強しなければいけないというのに、
高天原(むこう)のことがチラついて、
勉強に身が入らない。
邪念を振り払うかのように、
頭(かぶり)を振った颯太の背後から、
何やら足音が聞こえる。
「だ~れだ!?」
いきなり目隠しをされて、
その声に、思わず心臓が跳ね上がる。
今まさに、
邪念を振り払おうとしたその時に、
なんでコイツが来るんだと、
タイミングの悪さを呪ってしまう。
「那智。頼むから邪魔をしないでくれないか」
「図書室はみんなのもんだもんね~。
おまえだけが利用できるわけじゃないんだよーん」
「だからって、遊ぶ場所でもないだろう!?」
思わず荒げた声に、
他の利用者が振り返る。
それを見て、
那智がわざとらしく
自分の唇に人差し指を添える。
「しーっ。図書室ではお静かに」
「おまえが言うなっ……」
今度は声を潜めて、
那智をねめつける。
学校の図書室で勉強していた自分が
悪かったのかもしれない。
とっとと家、
あるいは塾の自習室にでも行っていれば、
こんなことにはならなかったのにと、
思わずため息を漏らす。
「……おまえ、
そんなに私立に行きたいのか?」
机に広げられた問題集や参考書の山を見て、
那智が呟く。
その顔が、
どことなく寂しそうに見えて、
つい、ぐっときてしまった自分を、
颯太は慌てて現実に引き戻す。
(こ、コイツは男なんだぞ……!?
何ときめいてるんだよ、オレ……)
何だかいろいろ末期症状なんじゃないかと、
自分の身が心配になる。
「え~、なになに?
『恋しいと思いながら寝るから、
あの人が夢に現れるのでしょうか。
夢だとわかっているならいっそ、
目覚めなければよかったのに』?
オレももっと高天原(あっち)にいたかったな~。
そしたらもっと、隆臣と一緒にいられたかもしれないのに~」
問題集の解答を読み上げながら、
那智がそんなことを口にする。
いや、それは無理だろうと、
何せ高天原(あっち)の隆臣は、
もういないはずだからと、
内心でツッコミを入れて、
そして、オレだって、とそっと呟く。
(オレだって、
もう少し高天原(あっち)にいたかった……)
そうしたら、
もっと「彼女」のそばにいられた。
純粋に「彼女」を好きでいられたのに。
(オレのことなんて、
見てくれないだろうけどな……)
今目の前にいるこの少年のように、
隆臣、隆臣と騒いでは、
自分のことなんて
見向きもしないのだろう。
見てくれたとしても、
それは一時の気休めでしかなくて、
やがてどこかへ飛び立ってしまうのだろう。
(いっそ……)
想いを伝えてしまっていたら、
良かったのだろうか。
そしたら、今になって、
こんなに高天原(むこう)が気になることも、
なかったのだろうか。
けれどそれこそ、
目の前にいる少年に、
とことんからかわれたことだろう。
それは困ると、そう思うくせに、
それでもいいと、
そんなことを思う自分が恐ろしい。
(やっぱり、オレ、どうかしてるんだ……)
受験勉強のストレスかもしれないと、
颯太は頭を抱える。
「なあ、颯太。算数のノート貸してくれよ。
明日、オレ当たる日なんだ」
無邪気に頼み込んでくる少年の顔が、
「彼女」に重なって見えて、
颯太はもう一度、
大きなため息をついた――。