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【タカマ二次小説】廻り舞台と紡ぎ歌#22 鏡を越えて

「何なんだよ、いきなりっ!!
それにここ、どこだよっ!!」

那智は喚く。

そこは、潮の香りが漂う小さな入り江。

那智にはこんな場所、見覚えなどないのだが、
颯太は来たことがあるようだ。

彼は那智の手を引いたまま、
迷うことなくずんずんと進んでいく。

「なあ、おいっ!!どこだって聞いてんだよっ!!」

那智の問いには答えずに、颯太が微笑む。

「おまえに、見せたいものがあるんだ」

そう告げられて、辿り着いた場所は、
祭りが行われているのか、
賑やかで厳かな一角だった。

人が集まるその場所にあるのは、
きらきらと輝くたくさんの細い木。

いや、木と呼ぶには、細すぎるかもしれない。
枝の集まり、というよりも、むしろこれは……。

「珊瑚……?」

呟いた那智の言葉に颯太が頷く。
そして、珍しいだろ?と笑いかける。

通常、水中に生えるはずの珊瑚が、
地上に顔を出している。

そして、美しい森を作っているのだ。

「幻珊瑚って言うんだ……」

颯太の言葉に、へえ~、と頷いた瞬間。
頭上から、一斉に何かが降ってくる。

はらはらと舞い降りてくる、それはまるで、
真夏の海に降る、赤い雪のようだった。

那智は驚いて両手を広げ、空を見上げる。

「何これ!?すげぇっ!!雪だっ!!
赤い雪だよ、颯太っ!!」

興奮する那智の横で、颯太が笑う。
そして教えてくれた。
これは、幻珊瑚の卵なのだと。

毎年、海の月(ツボ)になると、
幻珊瑚が一斉に産卵をする。

柔らかい卵が上から降って来る様子が、
まるで雪のように見えるのだと。

(へぇ~……)

那智は吸い込まれるように、
目の前の光景を見つめる。

「すげーっ!!これぞ生命の神秘だなっ……!!」

我を忘れたかのように、
呆然と「赤い雪」を見つめていた那智が、
ふいに叫ぶ。

「こんなキレーな雪、オレ見たことねーやっ!!
すげーな、コレっ!!なぁっ、颯太っ!!」

同意を求めるように、那智は颯太を振り返る。

しかし、振り返った先で見た光景に、
那智は再び言葉を失ってしまう。

なぜならそこには、見慣れた人影が、
颯太に寄り添うように立っていたのだから。

「そ、颯太……?颯太の隣に、
中ツ国の颯太がいる……!」

そう叫んだ那智に、高天原の颯太が告げる。

「……おまえの横にも、誰かいるんじゃないか?」

その言葉に、慌てて自分の周りを見回して、
那智は思わず目を見張る。

そこにいたのは、
自分が心底憎んでいたはずの踊り子だった。

憎たらしいはずのドッペルゲンガーが、
お日様のような笑顔で佇んでいたのだ。

「……なんでだよっ……」

不意に、那智の口から戸惑いの声が漏れる。

彼女の笑顔があまりにも綺麗で、
優しくて、あたたかくて。
たまらなく、懐かしかった。
その理由が、わからない。

(オレは……、こんなにも、この女が憎いのに……)

憎くて憎くてたまらない。
そのはずなのに。

「なんでこんなに、懐かしいんだよっ……!?」

どっと押し寄せてきた記憶の波が、
那智の心をかき乱していく。

(オレは……)

この女にはなれない。
この女と自分は別物なのだ。

そう思うのに、
夢と現実を行き来していた頃の記憶が
まざまざと蘇る。

彼女とともに過ごした日々が、
共有していた思いが、胸を締め付けていく。

(オレは……)

この女にはなれない。

彼女とまったく同じ存在にはなれない。
だけど。

(同じ、なのかもしれない……)

どちらが表で、どちらが裏なのか。
どちらが光でどちらが影なのか。

そんな区別なんてできない、
メビウスの輪。

それが、彼女と自分の関係なんだと、
今さら気づく。

たとえ、体がふたつに分かれていても。
たとえ、住む世界が違っても。

(オレは……、颯太が好きなんだ……)

性別や年齢が違っていても。
体つきや声の高さが違っていても。

(オレは……、歌が好きなんだ……)

それは、どちらの世界でも変わらない事実。

そして、目の前にいる、この踊り子は。

(オレの、大事な片割れ……)

かけがえのない、自分自身なのだと、
ようやく思えた。

彼女を傷つけることは、
自分自身を傷つけることなのだと。

「那智……」

ふいに、黙って那智の様子を
見つめていた颯太が、
那智の手を引く。

そして、透けた体を抱き寄せる。

右手以外、実体を持たない体は、
颯太のぬくもりを感じることはできない。

けれど確かに、那智の透けた体は、
颯太の大きな胸の中に収まった。

驚く那智に向かって、颯太がそっと呟く。

「那智……。ごめんな……」

突然のことに理解が追いつかない那智に向かって、
颯太が静かに言葉を紡ぐ。

「オレはずっと、怖かったんだ……。
男だろうと、女だろうと、
見境なくおまえを好きになってしまうことが……」

(え……?)

大きく目を見開く那智に向かって、
颯太が告げる。

「オレは……、おまえが好きだ。
……高天原でも中ツ国でも、おまえが好きなんだ……」

その言葉は明らかに、
中ツ国で聞いた会話と矛盾している。

中ツ国の颯太ははっきりと言ったのだ。

中ツ国の自分ではなく、
高天原の那智が好きなのだと。

そう指摘した那智の言葉に、
颯太は大きく首を振る。

「オレは、怖かったんだ……。
那智を好きになりすぎて、見境をなくしてしまうことが。
性別なんて関係なく、おまえを求めて傷つけてしまうことが……。
だから、中ツ国のオレは、自分の気持ちに嘘をついたんだ……」

意味が分からない、と呟く那智に向かって、
颯太が打ち明ける。

夢でしか逢えない、
叶うはずのない幻に恋をしたと思えば、

諦められると思ったのだと。

これ以上、那智を好きにならずに
済むと思ったのだと。

「だから、中ツ国(むこう)のオレは、自分に思い込ませたんだ。
自分が好きなのは、あくまで『高天原の那智』だけなんだって……」

でも、諦めることなんてできなかった、と呟く颯太に向かって、
那智は問いかける。

「じゃあ……、ほんとはどっちのオレでも良いのか……?
中ツ国のオレでも、好きでいてくれるのか……?」

その言葉に、颯太は力強く頷いた。

「どっちの那智でも、那智は那智だからな……」

それを聞いて、

那智の中に
わだかまっていた思いが消えた。

とびきりの笑顔を浮かべて、
颯太を見つめる。

颯太の手を強く握り返して、
そしてそっと離す。

「オレ、中ツ国に帰るよ。心配かけてごめんな」

そう言って、欠片に向かって叫ぼうとした。
「中ツ国の鏡池」と。

その刹那、突如として声が響く。

「この私から逃げられるとでも思うのかい……?」

鬼のような形相をした橋姫が
二人の目の前に現れる。

「逃がすものか……」

髪を振り乱し、
口の裂けた老婆が、

真正面から二人に襲いかかろうとする。

颯太はとっさに護符を取り出し、
呪文を唱える。

それは、相手の動きを封じる呪文。

「お、おのれ、貴様っ……」

橋姫が怯んだ瞬間、
颯太は素早く那智に囁く。

「早く、逃げろっ!!今のうちに、早く……」

「けど、颯太はっ……」

戸惑う那智に颯太が微笑む。

「オレは大丈夫。絶対に負けないから」

その言葉に、那智が念を押す。

「ほんとだな…?絶対の絶対だぞ…?」

「ああ。約束する」

その言葉に押され、
那智が頷く。

そして、欠片が宿っているはずの
右手を見つめ、
大きな声で叫んだ。

「中ツ国の鏡池へ……!!」

その瞬間、まばゆいほどの碧い光が辺りを包み、
やがて、那智を呑みこんでいった――。


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