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【タカマ二次小説】廻り舞台と紡ぎ歌#37 琴線に触れる音
夜が明ける頃。
御影家の屋敷に、まるで歌うような音色が響き、
揚羽は目を覚ます。
(これは、胡琴……?)
バイオリンよりもやや低く、
繊細に空気を震わせるその音は、
静まり返った屋敷に柔らかくも切なげに響く。
(花影の間からだわ……)
揚羽は音色に誘われるように、起き上がる。
橋姫に取り憑かれた颯太の世話をするため、
頻繁に花影の間を出入りしている揚羽も、
自分が寝るときは花影の間ではなく、
はす向かいにある小部屋を使用していた。
浴衣に薄い着物を羽織り、部屋に近づく。
そっとふすまを開けて飛び込んできた光景に、
揚羽は目を見張る。
(颯太、さん……?)
縁側に座る彼が、
胡琴の胴を左脚の付け根に固定し、
左手で器用に弦を押さえながら、
右手に持った弓を滑らかに動かす。
空にはまだ、明けの明星が輝き、
深い藍色と柔らかな薄紅色が
空のキャンバスを染め上げる。
刻一刻と変わっていくその光景を彩るように、
繊細な音色が辺りを包み、彼女は息を呑む。
(ああ、なんて――)
綺麗、という言葉があまりにも陳腐に思えるほどに、
胡琴を奏でる彼の仕草のひとつひとつが、
彼によって生み出される音のひとつひとつが、
美しくて。
揚羽は呆然とその場に立ちすくむ。
(これは、きっと……)
颯太ではなく、橋姫なのだろう。
歴代の漆黒の奏者(ハル・シテナ)の中でも、
殊の外胡琴の名手と名高い、
美舟の為せる業(わざ)なのだろう。
そう、思うのに。
――巫女だって、人間でしょう……?――
昨夜の彼の言葉が、揚羽の脳裏に蘇る。
――あなたのこの手は、
ひとりで痛みを抱え込むためにあるわけじゃないと、オレはそう思います――
その言葉は、彼が奏でる音色とともに、
揚羽の心を震わせていく。
藍色と薄紅色が混じり合い、
淡い光が次第に広がっていく空の下で、
胡琴を奏でる彼の、憂いを帯びた表情が、仕草が、美しすぎて。
揚羽は飽きることなく、
ただずっと、彼を見つめていた――。