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【タカマ二次小説】廻り舞台と紡ぎ歌#82 赤い花

その日の夜。

いつものように、那智は圭麻や泰造と一緒に、
花影の間を訪れる。

そこで待っていた人影は、
心なしかやつれて見えて、
那智は慌てて声をかける。

「あ、あのっ、朝は、ごめん……。
無理、させたよなっ……。
オレのせいで……。ほんと、ごめんっ……」

穏やかに首を振る彼に、
那智は重ねて尋ねる。

「辛くないか……?苦しくないか……?」

そんな那智の言葉に、彼は大丈夫だと笑い、
そして安堵の息を吐く。

「那智が、無事でよかった……」

その柔和な笑顔に、那智は泣き笑いを返す。

やがて、食事もあらかた終わり、
那智が湯飲みをすすっていると、

彼が不意に口を開いた。

「あ、あのさ……。那智だけ、
残ってもらえないか……?」

ふたりで話をしたいのだと、そう語る彼に、
圭麻と泰造が頷いて、先に部屋を出る。

残された那智が、何事かと身構えていると、
颯太はおもむろに自分の手荷物を引き寄せて、
中から手頃な大きさの箱を取り出した。

「これ、受け取ってくれないか……?
指輪のお返し。
那智に似合うと思うんだ」

手渡された箱を開ければ、
中から出てきたのは、朱色に輝く髪飾りだった。

花の形をしたそれは、
見る角度や光の加減によって、
微妙に色を変えてゆく。

「きれいっ……」

両手に載せて、いろんな方向に傾けては、
色の変化を楽しむ那智の言葉に、
颯太が嬉しそうに笑う。

「きれいだろ……?
月下美人の髪飾りだってさ」

旅の途中で立ち寄った街、エルトメルダの店先で、
何が良いか散々悩んだ挙句に、
店の主人からとびきり素敵な逸品を出してもらったのだと、
颯太は語る。

「もともと、白いのしかなかったみたいなんだけど、
ちょうど、新色が出たみたいで……」

目にした途端、これ以上ぴったりのものは
ないと思ったのだと、颯太は笑う。

その言葉を聞きながら、
なおも夢中で髪飾りを見つめる那智を見て、
颯太が目を細める。

「やっぱり、おんなじだ……」

「え……?」

「どっちの世界でも、
綺麗なものには目がないなって……」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。
きょとんとする那智に、颯太は言葉を続ける。

「中ツ国(むこう)の那智も、
そんな風に、夢中になって眺めてた。
――真夏の海に降る、赤い雪を――」

何のことやらと目をしばたたかせる那智に向かって、
颯太は話して聞かせる。

「もうひとりの那智」と見た、
真夏の海辺に降り積もる、不思議な「雪」のことを。

「その入り江では、毎年、
海の月(ツボ)になると、
幻珊瑚が一斉に産卵するんだ。
柔らかい卵が上から降って来る様子が、
まるで、雪みたいでさ……」

すごく綺麗なんだと、颯太は笑う。

「幻珊瑚の祭りでは、もうひとつ、
不思議な光景が見られるんだ。
どういう仕組みかはわからないけど、
『もうひとりの自分』に会えるんだ……」

「え……?それって……」

もしかして、と呟く那智に、颯太が頷く。

「――おまえの姿を見て、泣いてたよ。
懐かしいって言って、泣いてた……」

その言葉に、那智は目を丸くする。

「なんで……」

那智の口から言葉が漏れる。

「『アイツ』はオレのこと、
憎んでるのにっ……。妬んでるんのにっ……」

だからあんなにひどいことをしたのだ。
それなのに。

(懐かしいって、何だよっ……)

俯く那智の髪に、颯太が触れる。

「――確かに、最初は那智のことを
妬んでた。でも、最後は笑ってたよ。
懐かしくてたまらないって、
泣きながら、笑ってた……」

あれは、誰かを憎んでいるような顔じゃなかったと、
颯太は呟く。

そして、那智の両手に置かれた
朱色の花飾りに手を伸ばし、
それをそっと那智の髪に挿す。

「すごく、似合ってる……」

颯太はそう言って、穏やかに笑った――。



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