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50歳のノート「物語の世界」



朝目が覚めると枕元のスマホで漫画アプリを開く。メインで見ているのはLINEマンガとピッコマ。毎日どれかしらのコンテンツを読むことができる。
倹約家の元同僚が「薬屋のひとりごと」をアプリで毎日1話ずつ無料で読むことができると教えてくれたのがきっかけだ。その話を聞いたときは買えば良いとか漫画喫茶に行けば良いのにと思った。

もやもやが溜まると漫画喫茶に長時間籠るときがあった。知られざる名作を見つけたり王道の名作を読み返したりする。
物語の中で主人公と共に傷つき成長しハッピーエンドを迎えて涙する。
狭くて空気の澱んだ漫画喫茶の個室で読み疲れて時間が終わると、一日何してたんだという罪悪感と共に深く癒された。
ところが、コロナ時代が始まる。密集して換気しづらい上に本を触ることで感染するのではと想像された。老親がいるので行きづらい、が、漫画は読みたい、、と思っていたおりに漫画アプリなるものがあると教えてもらった。

紙の漫画を電子化しているのかと思いきや電子だけのものもあった。中でも韓国発のWebtoon(ウェブトゥーン)というジャンルがある。スマホ読みが前提のレイアウトになっている電子コミックである。Webtoon原作で韓国ドラマになっているものもあり読み応えがある。中でもLINEマンガは1話ずつコメントをつけることができ、読み終わってモヤモヤするとコメントを読んで「ほらやっぱり…」とほっとする。

時代物、バトル物、ほのぼの日常物、様々あるが、圧倒的に物量があるのが転生物である。
現代から架空の貴族社会に転生してすったもんだの話がランキングのほぼ上位を占めている。
作家名を見ると韓国名が並ぶ。そんなに韓国で転生物が流行っているのだろうか。

ランキング一覧を見るとドレス姿と貴公子のからみのサムネイルが続く。設定も似すぎているため、同時に読み出すと混乱するので髪色がピンク、黒髪、水色と分けて識別するほど。
貴族社会に転生してアウェーの状況から現代社会の知識でバリューを発揮してツンデレの貴公子が次第に心を近づけて来る、その王道ストーリーが(髪色違いで)展開されている。
ふと気づくと週末の朝から読み始めて暗くなるまでそれを読んでいる。さすがに読みたくて読んでいるものではないので一日を無駄にした罪悪感が半端ない。

そんな転生物がランキングに並ぶ中、人に勧めたい作品にいつくか出会う。
LINEマンガの「全知的な読者の視点から」という韓国発のバトルミステリーである。
主人公の男性キム・ドクシャはソウルに暮らす冴えない会社員である。ウェブ小説を愛読しており、その作品の閲覧数が続話を公開するたびにどんどん少なくなっていっても彼だけは公開されるたびに読み続け、最終回の閲覧は彼一人になる。
ある日世界に異変が起き、世界はその小説の中と酷似した状況になる。ソウルの街中にモンスターが多数出現し、簡単に人が大量死するサバイバルになるのだ。
そんな世界の光景を面白いコンテンツとして見守る神々との心理的な駆け引きが始まる。ドクシャは同じく世界の異変に巻き込まれた人々と共闘していくが、彼だけが「これはあの小説の中と同じだ)と知っており、最後まで読んだドクシャだからこそ、情報を武器に神々や人々の思惑と心理戦を繰り広げる。

異世界のバトル漫画か、と甘く見ていたが、ドクシャが死の危機に「ああ、ここは小説の世界なんだ」とひとりごつシーンですっと涙が出た。モンスターとのバトルで肉体の死の危機、苦労して手に入れた大技の発動、仲間の裏切り、ドクシャがあがく様子をコンテンツとして楽しんでいる神々の愉楽、その中で一人物語の展開と結末を知るドクシャ。
他の人々にとっては世界がただ一つであり目の前の状況に必死である。けれどドクシャは「小説の世界」と知りつつ目の前の世界にも半身を置いている。
そのドクシャが目の前のどっぷりサバイバルからすっと物語を眺める目になるシーンが胸に迫った。

小さな例でいうと、どブラック企業で理不尽な圧や社内の力関係に振り回され毎日終電で疲弊しきった夜に「あれ?何してんだろ自分」と気づく感じににている。
相手の理不尽さに対して自分の正しさを武器に必死で抵抗し…ふと気づく。「あれ、この世界ごと要らなくね?」

どっぷり物語にはまり込むとサバイバルだが物語の中に入り込んでいることに気づくとすっと抜けていく。
よくあるといえばあるメタファーなのだけど、ドクシャを見ているとその抜けていく感じを体験できるのだ。

「全知的な読者の視点から」は韓国で実写映画化されるそう。長い長い漫画なのに映画の時間でハマるのかすでに不安である。どうせならアニメにして欲しかったのに、と原作ファンは思う。が、俳優のお力でドクシャの違う見せ方が出て来るかもしれない。
重厚な世界観が再現されますようにと祈る気持ちである。

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