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【小説】 ポップン・ルージュ 6
ケーサツで出会った笠ノ場警部の勘違いからボク(主人公)は逃げ出すことになるが、途中で撃たれてしまう。目が覚めると知らない所にいるボク。さまよい歩いた先にたどり着いた場所は (おふざけ小説ですのでご心配なく?)
以前の話を読みたい方は、以下のマガジンからどうぞ
その6
更に二十分ぐらい歩くと、前から別の人が歩いてきました。今度はオバチャンです。犬を連れています。ひょっとしたら、さっきの若者のお母さんかもしれません。だって服装がそっくりだからです。頭には例の円盤もついています。
犬の頭にも円盤がありました。(流行ってやつですかねえ、この円盤は。ひょっとして装着するだけで頭の回転が良くなり、頭脳明晰、金運上昇、恋愛成就の通販グッズかもよ。その名も、『クルクルクルリーンチョ』。今なら腹痛も微妙に治る、『磁気腹巻き』も付きます。しかもお値段そのまま)これは電話をかけなくちゃいけませんね。そんなことより声をかけなくちゃいけません。
「すっ、すいません」
「12563?」おばちゃんが答えます。
「1!」犬が吠えます。
「わっ、わたし、日本というジャッパンから来ました。こーこーはーどーこーのー国ーでーすーかー?」
「562、55874963。ハッハッハッハッ。」
「1!」
パシッ。オバチャンは大きな手で、ボクの背中を叩くと、そのまますごい勢いで走り去っていきました。さっきの若者と同じです、足が動いていません。犬の足は動いていました。感心している間にオバチャンも見えなくなってしまいました。
(ここの国の人はなんて足の早い人たちばかりなんだろう。みんなジョン・ベンソンみたいだね。)
ベン・ジョンソンです。古すぎ。
それからあてどもなく街をさまよい、何人かの人に会ったのですが、結果は同じ。
「ドウユウノ、コウユウノ?」
「33987」
「ギブミーフリスク。ギブミーフリスク」
「55874」
「ギブミーアイポッド。ギブミーシャッフル」
「123、123、123」
さっぱり分かりません。中学校のときに、いつもお酒を飲んでよっぱらった体で発音練習の見本をこなしていた英語の先生から習ったボクの英語も通じないような、とんでもない所に来てしまったんでしょう。茫然を自失した状態のまま、体もプルプル相変わらず震えたまま、腰もかなりの角度を保ったまま、ひとりふらふらプルプル歩き続けました。
しばらく歩いていくと、あることに気づきました。あることではなく、ないことです。看板がないのです。建物の上とか、交差点の角とか、そういうところにあるはずの看板がどこにもないのです。広告の看板だけでなく、お店の名前を教えてくれる看板も見当たりません。なんとなくお店っぽい建物はあるのですが、看板はなく、窓ガラスも透明ではないので中が見えません。つい憤ってみます。
「これでは、何屋さんか分からないじゃないか。もし、コーヒー屋さんと思って入ったら、紅茶屋さんだったらどうするんだ、君は。 もし、本屋さんと思って入ったら、古本屋だったらどうするんだ、君は。 もし、ペットショップだと思って入ったら、サファリパークだったらどうするんだ、君は」君は、君は、って誰に言ってるのか、不明です。
(看板があったら、どこの国かわかるのになあ。七カ国語ぐらい喋れちゃうような勢いがボクにはあるんだよ、いつも)
そう思いながら、歩いていると十メートルほど前にある建物に人が入って行くのが見えました。ちらりと中が見えたのですが、なにかのお店のようでした。すぐ近づき店の前に立ちましたが、中は見えません。入り口らしきものも窓らしきものもありません。
そのただの壁に顔を近づけていた所、すぐ横の壁が突然開き、人が出てきました。何もまったく見えなかった壁に突然現れたドアから、突然人が出てきたのです。さっきの人とは違います。
「ラッキーチャーンス! イエーン!」思わず小声で囁き、お店の中へ入りました。
パン屋さんでした。壁際の棚に、様々な種類のパンが並んでいます。パンを焼いた香ばしい香りやクリームの甘い香り、フルーツのフルーティな香りが店中に充満しています。棚の前には先ほど入っていった人がいました。しばらく何も食べていないことを思い出すと急におなかが空いてきました。先ほど入った人をまねてトレイとパンをつまむ道具を手に取り、棚の前に行きました。
どれにしようかな、と棚を見ると、何のパンか、そしていくらなのかを示すカードのようなものがどこにもありません。これでは、何パンか分かりません。パンの形から想像がつきそうですが、以前あんパンと思って買ったら、あんパン饅だったことを思い出し、不安になります。
「あのう……」声をかけようとしましたが、言葉が通じないことを思い出し、口をつぐみました。さっき入った人は、すでに三つほどパンを選んでトレイに載せていました。トレイを持った方の手首には時計のような物をしていて、時計のすぐ上の空中には青い光の筋が見えました。棚に並んでいるパンに近づくとその光の筋が変わっているように見えます。
(あれで、何パンか分かるみたいだなあ。いいなあ)
もう少し近づいて腕時計のようなものに顔を近づけたところ、青い光が急に赤い光に変わり、点滅しました。気づくとさっきの人がボクの顔を見て警戒した表情をしていました。
「あ、美味しそうなパンですねえ。さあ、ボクは何にしようかなあ。あんぱん、ジャムパン。クリームパン。あんぱん、ジャムパン、クリームパン。バルサミコパンもいいかなあ。ガラムマサラパンもいいかなあ」適当にごまかして、その人から離れました。
離れる途中で、ここが知らない国だということを思い出し、そしてお金の種類も違うであろうことに思い至りました。ボクは円(イエーン!)しか持っていません。しかも今確認した所、三十円(サンジュウのイエーン!)」しか持っていません。パンは諦めてお店を出ることにしました。
「ああ、おなか空いたなあ。お母さん、今日もきっとカレーだよね。いつも文句言っちゃうけど、おいしいんだよ、お母さんのカレーは。でもね、ほぼ週七日カレーだとね。自分がインド人かと思い込んじゃうんだよ。あれ、ひょっとしてここはインドか? いや、カレーは家に帰らないと食べれないんだ。だからここはインドではない。ああ、お母さんのカレーが懐かしい。今日はとてもカレーが食べたいよ」
いつの間にか独り言も堂々と口にするようになっています。おなかが空いているせいでしょう。どうでしょう。
「お母さんってさあ、どうしてカレーしか作ってくれないの? そう言えば聞いたことなかったよねえ。なんでだろうねえ。あれ、ひょっとしてお母さんはインド人か? いや、カレーはちゃんとスプーンで食べてたはず。だから、インド人ではない。ああ、お母さんのカレーがなつかしい。レトルトパックを温めただけのカレーが懐かしい」
手抜きお母さんのレトルトカレー。そこに母の愛情はあるのか。きっとある。だっていつもゆで玉子がついてたから。
独り言はなおも続きます。
「お母さんは、お父さんがいなくなってから元気になったなあ。でも、ボクは分かってるよう。それは、寂しさの裏返し。それは、悲しさの紛らわし。だからボクはレトルトカレーが大好きさあ。お母さんのカレーが大好きさあ。ちょっぴり塩辛いのが涙のせいだって知ってるよう」いつのまにか切ないJポップ風の歌になっています。なってますか?