【小説】 ポップン・ルージュ 2
ケーサツで出会った笠ノ場警部の勘違いからボク(主人公)は逃げ出すことになるが、途中で撃たれてしまう。目が覚めると知らない所にいるボク。さまよい歩いた先にたどり着いた場所は (おふざけ小説ですのでご心配なく?)
その2
階段を二階へ上がるとすぐ横に扉がありました。テレビドラマのセットのような、わざとらしく薄汚い扉です。ボクが廃止論を唱えている色、エメラルドグリーンを塗ってあったことが、扉のふちのほうを見ると分かります。ただ扉の表面には、ボクが廃止論を唱えている色、エメラルドグリーンはほとんど残っていませんでしたので、心の中でザマーミサラセ、このエメラルドグリーン野郎と叫びました。心の中だけでです。
(ここかな?)
廊下の奥のほうには、他の扉は見えませんでしたので、ここへ入ることにして、元エメラルドグリーンの扉のノブに手をかけたとたん、ドアごと内側に強く引っ張られてしまいました。うわっ、まずい、このままだと転ぶ! 柔道の心得があるボクは(といっても大学の授業でやっただけだけですけどね)、とっさに受け身をとるためクルリと一回転です。
「とやーっ」
「ひぃーっ」
「どでっ」
「ごろん」
「ぎゃおっ」
「にゃおっ」
「ちゃおっ」
「お茶をっ」
一瞬の間にいろいろな音が聞こえました(含む自分の声)。
「誰だお前は?」
受け身をとった左手が床へまっすぐ伸びた姿勢で、太くてはりのある声の方を見上げると、そこには正真正銘柔道をやっていました、なんていいそうな体格のいいおじさんが こっちをにらんでいました。茶色がかった大振りなジャケットを着ています。髪の毛を短く刈り込み、その下には太くて、あと少しでつながりそうな眉毛、そして大きなお鼻とおちょぼ口を適当なバランスで配置した、遠近感がおかしく感じるくらいの大きなお顔をお持ちのおじさんでした。制服は着ていませんが、間違いなくケーサツの人です。
(おっ、おじさん、いい感じのジャケットを着ていますねえ。まさに男色系だねえ。)暖色系のまちがいです。
「何のようだ?」トゲトゲした頭の下にギラリとした目を光らせておじさんが問いかけてきました。
「すっ、すいません」(いかん、意味もなく謝ってしまった、反省、反省)と悔いる自分を他人の振りをしてやり過ごしながらボクは答えました。
「じっ、実はあのー、えっ、えーとですね、一方通行を……」
「おっ、違反者か。ならこっちへ来い」そして床に左手を伸ばした姿勢のままのボクは、そのおじさんに襟首をつかまれて窓際の席まで引っ張られてしまったのです。
折り畳みのパイプ椅子に座らせてもらいまして、何やら取り調べのような格好になってしまいました。椅子に座って周りを見てみると結構広い部屋です。大きく三つぐらいに仕切られた部屋には十五、六人ぐらいのケーサツのひとと四、五人の普通のひと(普通のひとというのは、ケーサツじゃないひとのことです)がいました。
ボクの座ったところにある机と同じ並びにも子供を連れた三十代ぐらいの主婦が座っていて、熱心にケーサツのひとと語り合っています。耳を傾けて二人の会話を聴こうとしましたが、「エーデルワイスが……」「衣につける粉はね……」「トリノに行ったら良いんじゃないか……」「トビウオが飛んでいく……」という言葉の端々が捉えられただけでした。それでも夢がある話に違いありません。世界が平和へと導かれるような話に違いありません。二人のそばでは小さな男の子が退屈そうにしていました。後ろ髪だけが微妙に長いその男の子は、右手と左手を交差させそうでさせないという動きを延々と続けていましたが、そのうち近くの棚にあった何かのファイルを引っ張り出して、中の何かの書類をくしゃくしゃと散らかしはじめました。お母さんとケーサツのひとは話しに夢中で気がついていないようです。
くしゃくしゃとなった書類は次第に男の子のまわりに積もっていき、あっという間に男の子は頭の上の一部だけが見えているだけになりました。
(おやおやそんなに散らかして、うーん、君はまるで暴動チャイルドだね。俺っちも昔はそうだったけどね。あの頃は良かったなあ……)
「おいっ、何をそんなに遠くを見つめてんだよ。お前名前は?」おじさんにそう聞かれて我に返りました。
「いやっ、ちょっ、ちょっと待ってください」
「なんだよ?」
「ぼっ、ボクは違反者じゃあないんですよ」
「違反者じゃないんならなぜここに来たんだ?」
「いっ、いやあ、一方通行をバックで走る場合、どっちに向かったらいいのかな? じゃなくて、そもそも車はなぜバックなどするのでしょう? じゃなくて、えーと何だったっけ?」いつのまにか冷や汗タララン状態です。
「何しにきたか分からんのか?」
「いっ、いや実はボクはめっき記憶力というものが弱いんですよ。昔からなんですけど。小さいころの記憶なんてさっぱりなくて、仕方なく適当に思い出話をつくってなんとか生きてきたって言うか、ほっ、ほら、この手帳を見てください。ここに書いてある子供のころの記憶話。これみんなボクが作ったんです。すごいでしょう。クリエイティブっていうんですか、想像力が豊かで困っちゃうっていうか……。例えば、これ、ボクが小学校のとき、コンパクトなディスクを発明したってあるでしょ。このディスクは、例えば音楽だったら、その音符を米粒に文字を書くようにすごく小さく円盤の紙に書いていくんですよ。凄く小さくですよ。それで、なんと一曲丸ごと譜面が書けてしまうというコンパクトなディスクなんです。略してケーディーっていうんですけど、でも本当は発明なんかしてないんですよ。全部ボクの作った記憶話なんです。すごいでしょ」ズボンの左のポッケから右手で赤い小さな手帳を出してそれを見せながら話しました。
「よく分からんが、どうもあやしいな、お前は。本当は何かしたんじゃないのか?」おじさんは手帳をボクから受け取って、パラパラと中を見ています。
「だっ、だから、ちっ、違いますよう。うーん。あっ、そうだ。車で一方通行の道を走っていたら、ドアミラーがポロッと落ちちゃって」
「ドアミラー? そういやあ、最近車のミラーばかり割られる事件があったような。おいっ青木、あれは場所どこやった?」
「あれは丸子備(まるこび)町ですよ、笠之場(かさのば)警部」柔道家の後ろのところで書類を見ていた若い青年が振り返って答えました。その若い青年は、黒い縁取りのメガネをしていて、髪の毛は微妙なナチュラルウェーブをその流れに逆らうようにセットしています。青年はちゃんと制服を着ていました。
(青木というケーカンは一見なかなかの好青年だが、そう見えて実は夜中にローソクの炎を揺らさずに民謡の練習をしている感じだね。ふむふむ)
「おい、お前がいたのは、あの辺じゃねえのか?」笠之場警部と呼ばれたおじさんが聞いてきました。
「ちっ、ちがいますよ、丸子備町じゃないです、ボクがいたのは」
「誰かそれを証明できるんか?」
「そっ、そんな無理ですよう。あっ、そういえばその時近くにティナ・ターナーにそっくりのおばさんがいました! それが本当にそっくりなんですよ、ティナ・ターナーに。待てよ、ひょっとして本物かも……。」(ひょっとして知らない間に日本に住んでいるのかもよ、彼女)
「誰じゃ、それ。やっぱりお前あやしいぞ。大体お前のそのドヨーンとした目つきがだな、犯罪者の目なんだよ」
「そっ、そっ、そんな殺生なっ」冷や汗タララン状態が冷や汗タリラリラン状態に変化しています。
その3へ続く
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