ヒップホップとスポークンワードVol. 1: イントロダクション
ヒップホップとスポークンワードについての短期連載を不定期で新たに始めようと思います。
スポークンワードとは、詩の朗読やナレーションなどを主軸とした表現です。ヒップホップの隣接ジャンルといえばR&B、次にジャズ、エレクトロニック・ミュージック、ヴェイパーウェイヴ……などなどが挙げられます。その中でもスポークンワードに注目しようと思ったのは、先日発表された第67回グラミー賞のノミネートリストがきっかけでした。
グラミー賞には1959年からスポークンワード関連の分野がありましたが、名称は随時マイナーチェンジを繰り返しています。また、長い間いわゆるオーディオブックなども含む賞だったものの、2023年からは新たに「最優秀スポークンワード・ポエトリーアルバム」部門がスタート。より音楽的な表現としてのスポークンワードを称える場が生まれました。
この最優秀スポークンワード・ポエトリーアルバム部門で初の勝者となったのは、シカゴ出身の詩人のJ. Ivyです。Kanye Westの2003年作「The College Dropout」に収録された「Never Let Me Down」でJay-Zと共演していたので、その声を聴いたことのあるヒップホップリスナーも多いはず。受賞作品となった「The Poet Who Sat by the Door」にはJohn LegendやBJ the Chicago Kidなども参加しており、ヒップホップ色の強いソウルフルなサウンドでスポークンワードを聴かせる傑作でした。
同作からも伺えるように、このジャンルはかなりヒップホップと近い音楽です。グラミー賞の「最優秀スポークンワード・ポエトリーアルバム」部門も、「R&B、ラップ&スポークンワード・ポエトリー」として同じフィールドに入っています。そもそもラップという表現のルーツとしてGil Scott-Heronなどのスポークンワードの存在を指摘する声も多いですが、ジャズやソウルがそうであるように現行のスポークンワードはかなりヒップホップと接近したものも目立ちます。
2024年のグラミー賞でのノミネート作品でも、それを強く感じることができます。Queen Shebaの「Civil Writes: The South Got Something to Say」はタイトルからして1995年の「BET Awards」でのAndre 3000のスピーチの引用です。音楽的にもトラップビートの導入など、明らかにヒップホップからの影響があります。
Kanye West周辺アーティストのMalik Yusefの「Good M.U.S.I.C. Universe Sonic Sinema Episode 1: In the Beginning Was the Word」も同様で、全曲で入ったどこかで見たことのあるサブタイトルにはこの二つのシーンの繋がりがわかりやすく可視化されています。
Mad Skillzの「The Seven Number Ones」に至っては、そもそもがラッパーによるスポークンワード作品です。グラミー賞のノミネート作品という一握りのものを聴いただけでも、これだけのヒップホップとの近さを感じることができます。しかし、私たちヒップホップリスナーはR&Bやジャズなどと比べて、スポークンワードに親しみを持っているとは言えないように思います。
ですが、ヒップホップ作品にもスポークンワードの要素は多く含まれており、実は私たちは(意識しているかはともかく)かなりスポークンワードに触れています。直近では、先日リリースされたDenzel Curryのアルバム「KING OF THE MISCHIEVOUS SOUTH」がKingpin Skinny Pimpをスポークンワードで起用していました。
また、昨年にもLil Wayneと2 Chainzのタッグ作「Welcome 2 Collegrove」が50 Centのスポークンワードをフィーチャー。そのほかにもKid Cudiの2009年作「Man on the Moon: The End of Day」、Travis Scottの2015年作「Rodeo」など、こういったスポークンワードを随所に挿入して繋いでいく作りのアルバムを多く挙げることができます。
先に挙げた作品でのスポークンワードはラッパーによるものですが、J. IvyやMalik Yusefのような詩人がスポークンワードでラッパーの作品に参加する例も珍しくありません。Dungeon Familyの詩人のBig Rubeは、OutkastやFutureといった周辺作品はもちろん、OffsetやSpillage Villageなどの作品にスポークンワードで参加。その深い声でラップとも歌とも異なる、スポークンワードならではのどっしりとした味わいをプラスしています。
スポークンワードの要素はヒップホップの中に溶け込み、スポークンワードの中にもヒップホップの要素は溶け込んでいます。「あの曲のあの語りが好き」と思ったことがあるなら、実はスポークンワードを楽しんでいることになります。この連載ではそんなヒップホップとスポークンワードの接点を探り、ヒップホップリスナーがよりスポークンワードを楽しむための補助線になることを目指します。ペースは不定期ですが、どうぞお付き合いください。
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