Denzel Curry来日。その音楽に込められたヒップホップ愛を見る
11月21日(木)に来日公演を行うフロリダのラッパー、Denzel Curryについて書きました。
来日公演を行うDenzel Curryのキャリアを振り返る
フロリダのラッパー、Denzel Curryが11月21日(木)に来日公演を行う。会場は東京都目黒区の「恵比寿ザ・ガーデン・ホール」。ライブ一週間前の15日には、7月に発表したアルバムのアップデート版「KING OF THE MISCHIEVOUS SOUTH」のリリースが予定されている。世界的に見てもかなり早い段階で最新作からのパフォーマンスを楽しめるものになりそうだ。
アップデート版ではタイトルが改められているが、7月にリリースしたアルバムのタイトルは「King of Mischievous South Vol. 2」。2012年に発表したミックステープ「King of Mischievous South Vol. 1 (Underground Tape 1996)」の続編となる。「Vol. 1」発表前後はEarl SweatshirtやOdd Futureメンバーからの言及を受けて注目が集まっていた、Denzel Curryにとっては転換点となった時期だった。
この頃のDenzel Curryは、同郷の奇才・SpaceGhostPurrpが率いるコレクティヴ「Raider Klan」の一員として活動していた。Raider Klanは1990年代のメンフィスやテキサス、フロリダなどのヒップホップの要素を抽出し、新たな感覚を加えて蘇らせるような音楽性のコレクティヴだった。宅録感溢れるローファイな音質を逆手に取って「古い南部ヒップホップのレア作品の発掘もの」のようなイメージを演出し、また「Raider Klan hieroglyphics」と呼ばれる独自の文字の使い方や悪魔的なモチーフなどでミステリアスな雰囲気を醸し出したRaider Klanは2010年代前半のインターネットを席巻した。「King of Mischievous South Vol. 1 (Underground Tape 1996)」に「1996」と偽りの西暦が入っていることも、この「架空の古さ」の演出の一環だ。
しかし、そんな「架空の古さ」を演出しつつもそれが架空であることを隠さず、現代の視点を備えていたこともRaider Klanのユニークなポイントだった。例えば「King of Mischievous South Vol. 1 (Underground Tape 1996)」には、2003年にこの世を去ったラッパーのSoulja Slimへの追悼や、「俺はGunplay以来の最高のキャロル・シティ出身者」というセルフボーストなどが飛び出す。Gunplayは2000年代半ば頃に登場したRick Ross率いるグループのTriple C’sの一員であり、これらは1996年にはまず出てこないラインである。
こういったRaider Klanの一員としての側面のほか、Denzel Curry個人としてはアグレッシヴなラップスタイルと社会問題を扱ったリリックでも高い評価を集めた。例えばMVも作られた2012年の曲「STRICTLY 4 MY R.V.I.D.X.R.Z. (S.4.M.R.)」では、当時まだ10代にして警察官による暴力をテーマにラップしている。悪魔的なイメージを放つRaider Klanの中にいて、コンシャスラッパーとしての側面を備えていたのだ。
ブレイクを掴んだ2010年代半ば
Raider Klanは2013年頃からメンバーの脱退が相次ぎ、Denzel Curryもコレクティヴを去った。仲違いではなく友好的な脱退だったようで、メンバーのうちの何人かは以降も共演を重ねている。独立後は初となるデビューアルバム「Nostalgic 64」にも、POSHstronautやRobb Bank$といったRaider Klan仲間が参加。音質はローファイではなくなったが、サウンド面もRaider Klanでの活動の延長線上にあるものを多く収録していた。
2015年にはDenzel Curryに再び転機が訪れる。EP「32 Zel/Planet Shrooms」収録のシングル「ULTIMATE」のヒットだ。後にフロリダシーンの重要人物となるRonny Jが手掛けた同曲は、硬質でミニマルなシンセをループした攻撃的なトラップビートにDenzel Curryのパワフルなラップが乗るもの。同曲のヒットはDenzel Curryの立ち位置を「ラップマニアの間でのヒーロー」から「本格ブレイクが期待される注目ラッパー」へと変化させた。
勢いに乗ったDenzel Curryは、2016年には2ndアルバム「Imperial」をリリース。「ULTIMATE」のRonny Jをメインプロデューサーに迎え、続編的な「ULT」など進化したDenzel Curryサウンドを提示した。また、同作では地元のボス・Rick Rossのほか、ブーンバップ系のスタイルでRaider Klanとは違った「古き良きヒップホップ」への憧憬を打ち出したJoey Bada$$、初期にDenzel CurryをフックアップしたOdd Future人脈の新たな才能・Steve Lacyとも共演。さらなる飛躍を感じさせる作品となった。
前後してアメリカのヒップホップ誌「XXL」の新進ラッパー紹介企画「XXL Freshman Class」に選出され、Lil YachtyやKodak Blackらと共にサイファーを披露。「XXL Freshman Class」のサイファー動画はこの企画の名物だが、Denzel Curry出演回は現在に至るまで最も多い再生回数を記録している。過去にはKendrick LamarやFutureなども出演している中でである。もちろんDenzel Curry一人の功績ではないが、トップバッターを飾るDenzel Curryのラップの素晴らしさがあってこその人気だろう。
その後Raider Klan時代に絡みのあったLil Ugly Maneとの再合体も含む2017年のEP「13」を挟み、2018年には三枚目のアルバム「TA13OO」をリリース。Kanye West率いるVery GOOD BeatsのCharlie HeatやTDEのDJ Dahiといった大物プロデューサーに加え、JIDやJPEGMAFIAなどの気鋭ラッパーも参加した同作で、Denzel Curryはさらなる成長を見せつけた。同作には得意とするダークなトラップはもちろん、GoldLinkとTweleve’lenを迎えたメロウ&スムースな「BLACK BALOONS | 13LACK 13LOOONZ」のような曲も収録。2019年には「BLACK BALOONS | 13LACK 13LOOONZ」のリミックス集もリリースし、ハウスなども自身のサウンドに取り込んだ。なお、リミックス集に参加しているManuversは地元フロリダの名門レーベルのBotanica Del Jibaroに所属していた人物で、レーベルメイトにはNujabesとの共演で知られるCYNEの名前もあった。フロリダの豊かなシーンがDenzel Curryを支えているのである。
フロリダのDNA
そんな地元のベテランに再び光を当てたDenzel Curryだが、続く2019年のアルバム「ZUU」はより地元色を強めた作風だった。客演にはRick RossやそのDJを務めるSam Sneak、ラップマニアの間で評価の高いIce Billion Bergといったベテランに加え、新進ラッパーのKiddo MarvとPlayThatBoiZayをフィーチャー。彼らは全員地元フロリダのアーティストだ。さらにTrick Daddyのリリックの引用、TrinaやSpaceGhostPurrpのサンプリングなど随所にフロリダの要素が散りばめられていた。
2020年にはSpaceGhostPurrpらRaider Klan勢との再合体も含むミックステープ「13LOOD 1N + 13LOOD OUT MIXX」をYouTubeで発表。全体的にダークな雰囲気の作品で、収録曲「PXSH6XD SHXT」では例の読みづらい表記も取り入れている。
ここで回帰ムードに一区切りを付けたのか、続くKenny Beatsとのタッグでのミックステープ「UNLOCKED」はまた異なる方向性の作品に仕上がっていた。同作はこれまでは数曲で覗かせるのみだった、ブーンバップに全面的に舵を切ったもの。パワフルなラップをRedmanやDMXのような東海岸風のスタイルとして楽しめる同作は高い評価を集め、さらに表現の幅を広げることに成功した。この頃からジャズ方面での客演も増加し、Flying LotusやRobert Glapserなどの作品に招かれている。
2021年にリリースした「ULOCKED」のリミックス集「UNLOCED 1.5」には、再タッグとなるRobert GlapserやJoey Bada$$のほか、The AlchemistやJay Versace、Georgia Anne MuldrowやBenny the Butcherらが参加。よりブーンバップ~ジャズのシーンに接近したスタイルを披露した。
この「UNLOCKED」に始まるブーンバップ・モードの集大成となったのが、2022年のアルバム「Melt My Eyez See Your Future」だ。同作にはKenny BeatsやRobert Glasperのほか、J Dilla周辺での活動で知られるKarriem RigginsやThundercatなどが参加。トラップやドラムンベース風味などもあるが、多くはブーンバップやジャジーヒップホップ系のスタイルを採用した作品だった。リリースとあわせて公開されたインスパイア元プレイリストにはA Tribe Called QuestやSoulquarians周辺などの曲が収録されており、Denzel Curryの南部だけではない幅広いヒップホップへの愛情が伺える。
日本人としてはdj hondaとDJ KRUSHの収録も見逃せない。また、プレイリストには収録されていないものの、アルバムリリース前の2022年4月22日には「インスピレーション」としてTwitterにNujabesの画像も投稿している。「Melt My Eyez See Your Future」は一見地元色から遠ざかっているように見える作品だが、Nujabesとも共演した地元の隠れたレジェンドであるCYNEから受け継いだ試みとも言えるかもしれない。
回帰のようでスケールが成長した最新作
そして「Melt My Eyez See Your Future」から2年が経ち、届けられたのが再び原点に回帰した「King of Mischievous South Vol. 2」だ。同作ではここ数年取り組んでいたブーンバップ路線は封印し、Raider Klan時代を思わせる南部色の強いスタイルを提示した作品となっている。
客演やプロデュースにもRaider KlanのKey NyataとPoshstronautのほか、Raider Klanと同時期に1990年代南部ヒップホップオマージュで人気を集めたA$AP MobからA$AP FergとA$AP Rockyが参加。「架空の古さ」だった当時を、「実際に体験した古さ」として再訪している。
そのほかにもMaxo KreamやThat Mexican OT、Ty Dolla $ignなど豪華なゲストが並ぶが、中でも最も重要な役割を担っているのがKingpin Skinny Pimpだ。4曲でナレーションを入れ、「LUNATIC INTERLUDE」では声ネタとして使われているKingpin Skinny Pimpは、Three 6 Mafia周辺で活動したメンフィスのベテランラッパー。「King of Mischievous South Vol. 1 (Underground Tape 1996)」に収録されていた「One Life To Live (R.I.P. Chynaman)!!!!!!!! 94」はKingpin Skinny Pimpの1stアルバム「King of da Playaz Ball」収録曲「One Life 2 Live」のビートジャックで、いわば「本人登場」なのである。
また、近年Kingpin Skinny Pimpの声はRaider Klanのスタイルから派生したサブジャンル「フォンク」の定番サンプリングネタにもなっており、ここでの起用はその意味でも粋だ。「LUNATIC INTERLUDE」もカウベルがメロディを奏でる典型的なフォンク路線で、Denzel Curryがその文脈を踏まえてKingpin Skinny Pimpを迎えていることは明らかである。
しかし、「King of Mischievous South Vol. 2」はただの「1990年代南部ヒップホップを蘇らせた2010年代のRaider Klan」への二重の回帰を図った作品ではない。「Melt My Eyez See Your Future」の時と同じく公開されたプレイリストには、(1990年代南部ヒップホップも当然多いものの)Mike Jonesの「Still Tippin’」やRich Boyの「Throw Some D’s」など2000年代の南部ヒップホップもかなり収録されている。
例えばProject PatとKenny Masonを迎えた「SKED」での痺れるような低音の使い方は、プレイリストに収録されたSlim Thugの「Thug」でのそれと共通するものが感じられる。いわば、南部ヒップホップが生み出した様々なスタイルを一つの線で繋ぐのが同作での試みなのだ。
アップデート版からの先行シングルとしてリリースされた「STILL IN THE PAINT」では、それがより強く感じられる。同曲はWaka Flocka Flameによる2010年頃のヒット曲「Hard in da Paint」のリメイク的なビートで、フックも原曲のフロウを丁寧になぞった生真面目なほどのオマージュだ。1990年代、2000年代、そして2010年代。30年近い歴史の蓄積を現代のフィルターを通して表現した最新作は、Raider Klan時代に回帰しているようであの頃とは異なるスケールの大きな音楽なのである。
地元フロリダを中心にした南部への愛情、そしてSoulquarians周辺やNujabesまでも含む広いヒップホップへの愛情を持ったDenzel Curry。今回の来日公演も、きっとその深い音楽愛と持ち前のエネルギーが楽しめる素晴らしいものになるに違いない。リリース直後の貴重なライブは必見だ。
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