クラウドラップの誕生、浸透、現在
ヒップホップのサブジャンル「クラウドラップ」について書きました。記事に登場する曲を中心にしたプレイリストも制作したので、あわせて是非。
クラウドラップからスーパースターになったA$AP Rocky
Pusha T、Future、Kendrick Lamar、Drake…とビッグネームのリリースラッシュとなった2022年上半期。今後もDoja CatやJoey Bada$$などのリリースが予告・噂されており、2022年はヒップホップにとって特別な一年になりそうだ。
そんなリリースの噂があるラッパーの中でも要注目なのが、2018年作「Testing」を最後にリリースがないNYの人気ラッパーのA$AP Rockyだ。今年上半期は(音楽と関係ない)ニュースを多く振り撒いて話題を集めていたが、久しぶりの自身名義でのシングル「D.M.B.」のリリースもあった。同曲は少しUKっぽいドラムパターンも印象的だったが、基本的にはこれまでのA$AP Rocky作品と同様のダークでドリーミーなものだった。
2011年のEP「Deep Purple」の時点ではThe Diplomats作品やテキサス産ヒップホップのようなソウルフルな曲も取り入れていたA$AP Rockyは、同作に収録されたダウナーなシングル「Purple Swag」のヒットで人気を拡大。続く幻想的なシングル「Peso」もヒットし、その勢いに乗って発表したミックステープ「LIVE.LOVE.A$AP」ではよりそのカラーを強め、Clams CasinoやMain Attarkionzといったその道の人気プロデューサーやアーティストと接近した。同作でA$AP Rockyはその先進的なイメージを確立し、メインストリームを駆け上がっていった。
「Purple Swag」や「Peso」といった一連のシングル、そして「LIVE.LOVE.A$AP」での「Leaf」などで導入したスタイルは、「クラウドラップ」と呼ばれるヒップホップのサブジャンルだ。クラウドラップは、ソウルやジャズに囚われないサンプリングやドリーミーな質感、加工を施したダウナーな声ネタの使用などが特徴のスタイル。先述したClams CasinoやMain Attrakionzはその代表的なプロデューサー/アーティストで、その起用からはA$AP Rockyの盟友だったA$AP Yamsの慧眼が伺える。「LIVE.LOVE.A$AP」が発表された2011年頃、ラップマニアから最も注目を集めていたスタイルの一つがこのクラウドラップだったのだ。
現在クラウドラップは全盛期ほどの盛り上がりは見られない。トラップやドリルなどと比べるとその影響力もそこまで多く語られるものではない。しかし、このシーンから登場した才能の大きな飛躍や派生した新たな動きなども多く、その重要性はほかのサブジャンルと比べても非常に重要だ。今回はそんなクラウドラップの誕生や浸透、その影響などを振り返っていく。
クラウドラップの誕生とLil B
クラウドラップという言葉は、ベイの音楽ライターのnozが運営していたブログ「Cocaine Blunts」で2009年に語られたLil Bとのエピソードから始まったと言われている。そのブログ記事によると、nozは同じくベイのラッパーのLil Bと会う機会があり、雲に浮かぶ城の画像を見せられて「俺が作りたいのはこういう音楽なんだ」と言われたという。このエピソードからLil Bが当時取り組んでいたような音楽が「クラウドラップ」と呼ばれ始め、2010年には音楽ブログ「Space Age Hustle」がクラウドラップのコンピレーション「3 Years Ahead: The Cloud Rap Tape」をリリース。この頃にサブジャンルとしてのクラウドラップが確立された。
Lil Bが空に浮かぶ城の画像をnozに見せた2009年にリリースしたのが、名作アルバム「6 Kiss」だ。スナップ的なものや(当時の)トラップなども収録していた同作だが、Clams Casino制作の「I’m God」などでは幻想的な路線に挑戦。同曲は先述した「3 Years Ahead: The Cloud Rap Tape」にも収録され、クラウドラップの象徴的な名曲として語り継がれていった。
そして、同曲のような非ソウル的な歌声のサンプリングを使った名曲がこの少し前に出回っていた。Lil Wayneの2007年のミックステープ「The Drought is Over 2: The Carter 3 Sessions」に収録された、Jim Jonsin制作の「I Feel Like Dying」だ。南アフリカの女性シンガーのKarma-Ann Swanepoelによるフォーキーな曲「Once」を早回ししてサンプリングした同曲は、クリアランスの関係で正規リリースには至らなかったもののLil Wayneの代表曲の一つと呼べるほどの人気を集めた。「I Feel Like Dying」期のLil Wayneは毎日のように新たなヴァースがリークされる多作ぶりで知られていたが、その制作の姿勢は後のLil Bとも通じるものだった。Lil BはLil Wayneから影響を受け、「I Feel Like Dying」的な路線として「I’m God」などのクラウドラップに挑んだのではないだろうか。
また、見逃せないのがKanye Westの存在だ。Kanye Westが2008年にリリースしたアルバム「808s & Heartbreak」はオートチューンの使用が目立つ作品だったが、トリップホップやインディロックにも通じるダウナーで非ソウル的な感触も特徴だった。「Say You Will」などのビートにはクラウドラップとの共通点も発見できる。ハイフィ系ラップグループのThe Packのメンバーとしてシーンに登場し、グループとは異なる方向性でのソロ活動を模索していた2009年頃のLil Bが、当時のこういった先進的なスタイルに刺激を受けていた可能性は高いだろう。
Clams CasinoらLil B周辺のプロデューサーたち
「I’m God」を生み出したClams Casinoは、DJBoothのインタビューでビートを作り始めた頃に好んでいたアーティストとしてMobb Deep、The Alchemist、RZAの名前を挙げている。1987年生まれで高校生の時にビートメイクを始めたと語っているので恐らく2003~2005年頃、Mobb Deepのディスコグラフィでは2004年の「Americaz Nightmare」期だ。同作に収録されたThe Alchemist制作の「Got It Twisted」はThomas Dolbyによるニューウェイヴ系の曲「She Blinded Me with Science」から不穏な空気を抽出し、808を絡めた一曲。ネタ選びもダークな空気も、Clams Casinoの作風に繋がっているように思える。Pitchforkのインタビューによると2006年頃には同曲のリミックスを制作していたとのことで、Clams CasinoにとってのMobb Deepの重要性はそこからも伺える。
そんなClams CasinoはLil Bと制作する少し前、Mobb DeepのHavocのソロ曲「Always Have A Choice」をプロデュースしている。ここでの美しいストリングスの響きは Kanye Westが2007年に放った名曲「Flashing Lights」のそれに近いものがあり、早回しサンプリングの使用からもKanye Westからの影響が読み取れる。「Always Have A Choice」はまだ後の靄がかかったようなマッドな質感はないが、その後「3 Years Ahead: The Cloud Rap Tape」にも収録された。初期のクラウドラップとClams Casinoにとっては重要曲と言えるだろう。
また、Lil B「6 Kiss」参加プロデューサーでクラウドラップを制作していたのはClams Casinoだけではなかった。Lil BのライブDJも務めるシアトルのプロデューサー、Keyboard Kidは同作で「Based」など4曲を制作。その後もLil B作品にたびたび参加していった。Keyboard Kidの作風はClams Casinoのダウナーで靄がかかったようなものとは異なり、より鮮明で2000年代Kanye Westの影響を強く感じさせるものだった。インタビューでもKanye Westの名曲「Through The Wire」に言及しているが、チップマンク・ソウルも好んで取り入れていた。
そして、Lil Bと同じベイのSquadda Bも重要なプロデューサーだ。「6 Kiss」では「All Alone」をプロデュースし、やはりチップマンク・ソウルをダウナーに使ったビートを聴かせていた。そしてこのSquadda Bはラッパーとしての顔も持ち、ラッパーのMondre M.A.N.と組んだデュオのMain Attrakionzでも活動していた多才な人物だった。Squadda Bは多くの名作を送り出し、2010年には「Space Age Hustle」から「キング・オブ・クラウドラップ」とも称されるクラウドラップ界の重要人物になっていった。
Green Ova Undergrounds周辺の活躍
Main Attrakionzの快進撃は2010年頃に発表したシングル「Legion of Doom」前後から始まった。Lil B「I’m God」と同じくImogen Heapをサンプリングした同曲は一部で話題を集め、「3 Years Ahead: The Cloud Rap Tape」にも収録されたクラウドラップを象徴する一曲だ。Main Attrakionzは二人を中心としたコレクティヴのGreen Ova Undergroundsと共に知名度を拡大していき、Clams CasinoやKeyboard Kidとも交流しながらミックステープを精力的に発表。同時期に注目を集めていたDanny BrownやG-Sideなどとも共演し、ラップマニアの間で高い評価を集めた。
そして2011年、Main Attrakionzは名作ミックステープ「808s & Dark Grapes II」をリリース。同作はNujabesも使ったGigi Masin「Clouds」ネタの「Chuch」、Perfumeを巧みにサンプリングした「Perfect Skies」など多くの名曲を収録し、クラウドラップの金字塔として歴史に名を刻む傑作となった。また、「Leaf」と改題されてA$AP Rockyのミックステープ「LIVE.LOVE.A$AP」にも収録された「Take 1」も同作が初出だ。
Green Ova Undergroundsの周辺には多くの才能が集まっており、先述した「Chuch」と「Perfect Skies」をプロデュースしたデュオのFriendzoneも重要な存在となっていった。「808s & Dark Grapes II」と前後してコンピレーション「Kuchibiru Network」シリーズを制作し、Green Ove Undergrounds周辺と共に精力的に活動。Aphex Twinなど多彩なネタ使いでノスタルジックなクラウドラップを生み出し、人気を集めていった。
Green Ova Undergrounds所属のラッパー、Shady Blazeも重要なラッパーだ。スキルというより味で聴かせるタイプのMain Attrakionzの二人と違い、チョッパー・スタイルの高速ラップを得意とする実力派ラッパーのShady Blazeは2010年代前半に多くのミックステープを発表。2011年にはカナダのプロデューサーのRyan Hemsworthをいち早く起用し、コラボミックステープ「Distorted」を発表した。Ryan Hemsworthはその後も自身のソロ作で活動の幅を広げながらGreen Ova Undergrounds関連作に参加。その躍進を支えていった。
Green Ova Undergrounds周辺からはそのほかにも、L.W.H.やSilky Johnson、Julian WassやBeautiful Louなど個性豊かな面々が登場。初期のクラウドラップのシーンを彩った。また、Danny BrownのライブDJも務めるSkywlkrもGreen Ova Undergrounds関連作にたびたび参加。Danny Brownと共にムーブメントを盛り上げていった。
地域・ジャンルを越えて拡大するクラウドラップ(的なもの)
Lil BやGreen Ova Undergroundsはベイのアーティストだが、クラウドラップは全米で生まれていた。フロリダではラッパー兼プロデューサーのSpaceGhostPurrpが2011年にミックステープ「BLVCKLVND RVDIX 66.6 (1991)」を発表。Trick Daddyから受け継いだフロリダのダークな側面を受け継ぎ、Three 6 MafiaやDJ Screwなどの影響を消化した不気味なクラウドラップを披露した。同じフロリダではラップグループのMetro Zuもクラウドラップ系のスタイルで人気を獲得。SpaceGhostPurrpはMetro Zuなどフロリダ勢を中心としたコレクティヴのRaider Klanを組み、多くの作品を送り出していった。
そのほかアラバマのSortaHumanやノースカロライナのDeniro Farrarや、メンフィスのCities Avivなどもクラウドラップ系の曲に挑戦。そしてNYではA$AP Rockyとその仲間たち、A$AP Mobがクラウドラップを導入してブレイクを掴んだ。アメリカだけではなくスウェーデンからもYung Leanが登場し、クラウドラップは2010年代前半のヒップホップの一大ムーブメントとなっていった。
また、その同時代性を感じさせるスタイルはヒップホップに留まらず散見された。インディロックの分野では、Washed OutやToro Y Moiなどがドリーミーなサブジャンル「チルウェイヴ」で頭角を現した。エレクトロニック・ミュージックでは繊細なダブステップにソウルフルな歌を取り入れたJames Blakeがブレイクを掴み、ヒップホップと近いR&BのシーンではThe WeekndやFrank Oceanなどがアンビエントやインディロックの要素をミックスしてダークに仕上げた「オルタナティヴR&B」と呼ばれるスタイルで注目を獲得。Macintosh Plusの名作「Floral Shoppe」に代表されるノスタルジックなサンプリングミュージック、「ヴェイパーウェイヴ」もこの頃に人気を拡大していった。
そんな同時代性を備えた新たな音楽の動きの中で、最もクラウドラップと親和性が高かったのが「ウィッチハウス」と呼ばれるエレクトロニック・ミュージックのサブジャンルだ。SalemやBalam Acab、oOoOOなどに代表されるこのスタイルはドリーミー(悪夢の方も含む)で歪んだ質感や加工した女声ヴォーカルの使用などクラウドラップとの共通点が多かった。Clams Casinoが2011年に発表したEP「Rainforest」は、そんなクラウドラップとウィッチハウスの近さを証明するようにBalam Acab主催レーベル「Tri Angle」からリリースされた。これまでClams Casinoが提供した曲のインストを集めたミックステープ「Instrumentals」もかなりウィッチハウス的な作品で、ジャンルを横断して広い支持を集めた。
また、メインストリームではDrakeがアンビエント的な浮遊感のあるサウンドを積極的に導入していき、アルバムのチョップド&スクリュード版を発表したのもこの時期だった。ドリーミーな音像やジャンルを横断するようなスタイルは、2011年前後の大きなムーブメントだったと言えるだろう。
クラウドラップに接近するベテラン
新進アーティストが中心のムーブメントだったクラウドラップだったが、それに反応するベテランも現れた。Three 6 MafiaのJuicy Jは2011年のミックステープ「Blue Dream & Lean」でA$AP RockyとSpaceGhostPurrpをフィーチャー。サウンド的にはクラウドラップというよりもThree 6 Mafiaマナーのソウルフルな路線やメインストリーム寄りのトラップだったが、Three 6 Mafiaの影響下にある二人と本家の共演は大きな話題を集めた。Juicy Jは以降もWiz Khalifaが2012年に発表したミックステープ「Taylor Alllderdice」収録の「T.A.P.」でSpaceGhostPurrpのビートに乗るなど、その才能をメインストリームに繋いでいった。
客演に招くだけではなくサウンド的にもクラウドラップに接近するベテランもいた。以前から越境的なヒップホップを聴かせていたレーベルのAnticonで活動したラッパー、Soleは2011年にSkyrider Bandと共にアルバム「Hello Cruel World」をリリース。声ネタの使い方などにクラウドラップ的な匂いが漂うビートを取り入れたほか、収録曲「Bad Captain Swag」ではLil Bを迎えた。Anciton周辺の動きとしては、2012年にはJelとOdd NosdamがMain AttrakionzとZachgと組んだEP「cLOUDLIFE」のリリースもあった。同作のタイトルはOdd NosdamもメンバーだったグループのcLOUDDEADにちなんで名付けられた。cLOUDDEADは名前に「クラウド」と入るだけではなく、アンビエント要素の導入などクラウドラップとも共通点のある音楽性だった。
そのほかSoleとも近しいカナダのベテランラッパー、Noah23もSortaHumanやShady Blazeなどと共演。oOoOOやSalemといったウィッチハウス勢とも交流しながら、クラウドラップ的な要素を持つ作品を多くリリースしていった。Noah23周辺から登場したベイのプロダクションデュオ、Blue Sky Black Deathもクラウドラップ系の作品をリリース。Deniro FarrarやシアトルのNacho Picassoといった当時の新進ラッパーの作品も手掛け、共にクラウドラップのシーンを支えていった。Juicy Jと同じThree 6 MafiaのKoopsta KniccaもSquadda Bの作品に客演し、Friendzone主導で2011年に発表されたコンピレーション「Kuchibiru Network 2」では日本からHydeout ProductionsのUyama HirotoがMain AttrakionzとShady Blazeによる「Status」をプロデュース。地域や世代を超えたコラボは多く生まれ、そのユニークなシーンの熱気はどんどん高まっていった。
クラウドラップのピーク
2012年はクラウドラップの人気がピークを迎えた年だった。Deniro FarrarとShady Blazeはタッグ作「Kill Or Be Killed」をリリースし、Ryan HemsworthのビートにG-SideのST 2 Lettazを迎えた「43 Hours In」などの名曲を生んだ。Clams Casinoのインスト集第二弾「Instrumentals 2」も高い評価を集め、Friendzoneもインスト集「COLLECTION I」を発表。その美しいビートの魅力を異なる形で提示した。そのほかClams Casinoも参加したA$AP Mobのミックステープ「Lords Never Worry」も話題を集め、SpaceGhostPurrpも名門レーベルの4ADから1stアルバム「Mysterious Phonk: Chronicles of SpaceGhostPurrp」をリリースした。
しかし、「キング・オブ・クラウドラップ」ことSquadda BとMondre M.A.N.のデュオ、Main Attrakionzはこの状況をやや冷ややかな目で見ていた。Squadda Bは音楽ブログ「Good Singing Gum」のインタビューで「2012年頃からClamsのようなサウンドのビートが沢山送られてくるようになったから、『もういいや、Zaytovenに金を払おう。The Mekanixとやろう』と思ったんだ。あまりにも陳腐になりすぎた。だから、それに反抗して色々なタイプのプロデューサーと仕事をするようになったんだ」と話している。多くのミックステープを経て2012年についにリリースされたMain Attrakionzの1stアルバム「Bossalinis & Fooliyones」では、インタビューで語られている通りクラウドラップ色はそこまで強くない作品だった。インタビューで名前が挙がった二組以外にもMob FigazのRob Loも参加し、ソウルフルな路線やGファンクなどのベイ産Gラップに寄ったスタイルを聴かせた。
Main Attrakionzが離れる一方、後続のA$AP Rockyはクラウドラップ路線で人気を拡大していった。2013年には1stアルバム「LONG.LIVE.A$AP」をリリース。Skrillexプロデュースの「Wild for the Nights」といった変化球も入れつつも、Friendzoneプロデュースの「Fashion Killa」などで引き続きクラウドラップに挑んだ。そのほかDanny Brownも同年のアルバム「Old」収録の「Kush Coma」でクラウドラップ系のビートに乗っていたが、以前から共演の多かったSquadda Bの名前はそこにはなかった。
そしてこの2013年頃は、Migosがシングル「Versace」をヒットさせ、Chance the Rapperが名作ミックステープ「Acid Rap」を発表するなどヒップホップシーンで新たな動きが次々と起こっていた時期だった。Lil BとMain Attrakionzを生んだベイでもIamsu!擁するHBK Gangがラチェット・ミュージック路線で人気を集め、クラウドラップは(良作は多く出ていたものの)徐々にムーブメントとしての勢いを失っていった。
Raider Klan周辺の新たな動き
SpaceGhostPurrpは「Mysterious Phonk: Chronicles of SpaceGhostPurrp」以降に失速し、Raider Klanも活動休止状態となってしまった。しかし、Raider Klan周辺のアーティストの中には充実したキャリアを歩んでいった人物もいた。筆頭はDenzel Curryで、2013年に発表した1stアルバム「Nostalgia 64」はPitchforkのライター/編集者の個人的年間ベストアルバムにもランクインするなど高い評価を獲得した。同作ではトラップやブーンバップの色を強めたスタイルにも挑んでいたが、クラウドラップ的な音像もまだ残っており過渡期と言えそうな作品だ。その後Denzel Curryはトラップ路線の「Ultimate」のヒットなどから知名度を拡大していき、快進撃を進めていった。
Raider KlanのメンバーだったChris TravisやXavier Wulfの周辺からも新たな才能が登場した。ミシガン出身のBONESはインターネットを通じてこの周辺と繋がり、2013年頃から膨大な作品を発表。Raider Klanマナーのダークなクラウドラップをベースにしつつ、ギターなども入れてエモーショナルな歌も交えたスタイルを開拓した。BONESは元Raider Klan組と共にSeshollowaterboyzというコレクティヴを組み精力的に活動。BONESが取り組んでいたスタイルは後のLil Peepなどに影響を与え、2010年代後半頃から盛り上がったムーブメント「エモラップ」の礎となった。
フィリーのラッパー、Lil Uzi Vertもキャリア初期にはSpaceGhostPurrp制作のクラウドラップに挑んでいた。共に活動していたプロデューサーチーム、Working On Dyingのメンバーも初期はSpaceGhostPurrpやMetro Zuの影響下にあるクラウドラップ系の作風だった。Lil Uzi Vertが2014年に発表したEP「Purple Thoughtz EP, Vol. 1」でその時期のスタイルを聴くことができる。Working On Dyingはその後クラウドラップから継承した妖しい空気やスロウダウンしたサンプリングに、未来的なシンセと高速BPMといった特徴を加えた新たなスタイル「トレッド」を提唱した。
そのほかにもDenzel Curry作品を多く手掛けていたプロデューサーのRonny Jがハードなトラップ路線に開眼するなど、Raider Klan周辺人物はそれぞれ新しい歩みを進めていった。しかし、クラウドラップから離れても多くはダークな質感を維持するなど、アトランタなどのトラップとは違う雰囲気を纏っていた。そしてその取り組みは後のシーンにも影響を与え、新たなサブジャンルの発展に繋がっていった。
ブレイク後の東海岸勢とPlayboi Cartiの登場
Raider Klan周辺はクラウドラップのメンフィス的な側面を強調するようなスタイルだったが、Mobb DeepやThe Alchemistなどの影響下にあるClams Casinoはまた別の方向性の持ち主だった。Clams CasinoはA$AP Rockyのほか、Mac MillerやVince Staplesなどの作品に参加。ルーツであるブーンバップとの共通点もドラムなどに覗かせつつ、その幻想的なクラウドラップを繋いでいった。また、2011年にはThe Weekndのミックステープ「Echoes of Silence」収録の「The Fall」を手掛けていたが、その後もJhene AikoやFKA TwigsなどオルタナティヴR&B作品に参加。リミキサーとしてJJ DOOMやDJ Shadowの作品も手掛けるなど、多方面で活躍した。そして2016年、Clams Casinoは1stアルバム「32 Levels」をリリース。同作はA$AP RockyやLil Bといったラッパーに加え、Sam DewやKelelaなどのシンガーも迎えた傑作となった。
A$AP Rockyも好調だった。2015年にリリースしたアルバム「AT.LONG.LAST.A$AP」にはClams CasinoもMain Attrakionzも不在ながら、収録曲「Canal St.」ではBONESをフィーチャー。さらに「I Feel Like Dying」のLil WayneとJim Jonsin、Kanye WestやJuicy Jも(別々の曲で)迎え、クラウドラップのルーツに立ち戻りつつ新たな動きをキャッチするような強力な布陣を揃えていた。
そしてA$AP Mobの周辺からも新たな才能がブレイクを掴んだ。アトランタ出身でAwful Recordsから登場したPlayboi Cartiは、浮遊感のあるクラウドラップ的なビートを好むラッパーだった。2015年に発表したシングル「Broke Boi」や「Fetti」が一部で話題となったほか、2010年代前半に知り合ったというA$AP Rockyとの交流もありネクストブレイク候補として注目を獲得。2016年にはA$AP Mobのアルバム「Cozy Tapes Vol. 1: Friends」にも参加し、2017年にはミックステープ「Playboi Carti」を発表した。「Playboi Carti」での浮遊感のあるサウンドは2017年流のクラウドラップ的なものだった。同作を機に、Playboi Cartiは本格的なブレイクを掴んでいった。
そのほかA$AP Mobの二番手、 A$AP Fergもトラップやブーンバップなど雑多な方向性を示しつつもクラウドラップ系のビートもたびたび採用。A$AP Twelvyyも2017年のシングル「Diamonds」でA$AP Rockyと共にJim Jonsin制作のクラウドラップに挑んでいた。「LIVE.LOVE.A$AP」の頃ほど前面に押し出さなくなっていったとはいえ、やはりA$AP Mobにとってクラウドラップは欠かせない要素の一つであり続けていった。
エモラップとフォンク
Playboi Cartiが本格ブレイクした2017年には、Lil Uzi Vertも1stアルバム「Luv Is Rage 2」をリリースした。かなりトラップ寄りのスタイルでサウンド面でのクラウドラップの名残はほぼないが、「Early 20 Rager」やThe Weekndを迎えた「UnFazed」でのダークな路線にはSpaceGhostPurrpから継承した空気が漂っていた。
そして、2017年には先述したLil PeepとXXXTentacionも登場し、ロックとトラップを掛け合わせたようなスタイル「エモラップ」が大きなムーブメントとなった。Lil Peepはキャリア初期、元Raider KlanのJGRXXNが中心となったコレクティヴのSchemaposseで活動。XXXTentacionはDenzel Curryの周辺から登場したラッパーで、両者ともに人脈的にはRaider Klanと近しい人物だった。また、Lil Uzi Vertのヒット曲「XO Tour Llif3」もエモーショナルに歌うようなラップスタイルが特徴で、ビート面でのロック要素はないもののエモラップの分脈で語られた。エモラップのシーンからはその後もJuice WRLDやThe Kid LAROIなどが登場し、メインストリームでも活躍していった。
また、Raider Klanのスタイルの発展形としては、エモラップ以外にも「フォンク」と呼ばれるスタイルも生まれていた。フォンクはSpaceGhostPurrpの作風と同様、1990年代のメンフィス作品のようなダークな雰囲気や手数の多い808などが特徴のスタイル。ジャズやファンクなどの要素やラップのサンプリングも多用され、ラッパーよりもビートメイカーが中心となっている。代表的なアーティストとしてはカナダのDJ SmokeyやベルギーのDJ Yung Vampなどが挙げられる。じわじわと浸透していき、2016年にはSoundCloudでヴェイパーウェイヴやトラップソウルと並ぶ人気タグとなった。近年はよりメンフィスの要素がクローズアップされ、カウベルの使用をキーにしてスタイルを拡大。ハウスと結び付いた「フォンク・ハウス」や、高速BPMや歪んだ音像などが特徴の「ドリフト・フォンク」といった派生ジャンルも誕生した。
エモラップもフォンクも、クラウドラップとの共通点はあまり多くない。しかし、その人脈や影響元としてはRaider Klan周辺人物の存在があった。また、Lil PeepはClams Casinoとも共演しており、A$AP Rockyが2019年にリリースしたシングル「Babushka Boi」はカウベルを強調したフォンク的なビートだった。クラウドラップ勢との親和性はやはり高いのだ。
クラウドラップの現在
エモラップや同時期に生まれたトラップメタルなどの影響もあり、2010年代後半からヒップホップとロックの距離は急激に接近していった。メインストリームではTravis BarkerやMachine Gun Kellyなどがポップパンク路線で人気を集めているが、インターネットではまた異なる動きが生まれていた。ブラックメタルから派生したスタイル、「ダンジョンシンセ」とヒップホップのクロスオーバーだ。
ダンジョンシンセはMortiisなどのブラックメタルバンドのメンバーが生み出した、中世やファンタジーをイメージさせるようなシンセを使ったアンビエント的なスタイルだ。そのダンジョンシンセがヒップホップと結び付き、「ダンジョン・ラップ」あるいは「クリプト・ホップ」というタグと共にBandcamp上でリリースされていった。そして、それらはメンフィス的な声ネタや手数の多い808などのフォンクの要素を含むものも多く、その結果一周してクラウドラップに近づいたような曲も多く生まれていた。
2019年にはクリプト・ホップ愛好家たちが集うFacebookグループが誕生し、翌年にはコンピレーション「Crypt Hop Compilation I」をリリース。タイトルに「I」と入る通り同作はシリーズ化されており、現時点では3枚のコンピレーションが発表されている。まだメインストリームには発見されていないが、今後も要注目の動きだ。
クラウドラップ回帰の動きとしては、一度クラウドラップから距離を置いたMain Attrakionzの取り組みもあった。2015年にはFriendzoneが全曲をプロデュースしたアルバム「808s & Dark Grapes III」でクラウドラップに復帰している。
その後も一時期ほどの勢いは失ったものの精力的に作品をリリース。2021年にはDanny Brown率いるBruiser Brigadeに所属するラッパー、J.U.Sがリリースしたアルバム「GOD GOKU JAY-Z」収録の「Have Mercy」をSqudda Bがプロデュース。同曲にはDanny Brownも客演で参加し、久々に名タッグが復活している。
そのほか2020年にはNacho PicassoとKeyboard Kid、元Raider KlanのKey Nyataが新たなグループのThe Cyanide Syndicateを結成。Noah23も2017年のSupa Sortahumanとのタッグ作「SUPA23」など、クラウドラップ路線の作品を継続して発表している。メインストリームに目を向ければ、今年Jack Harlowが放ったヒット曲「First Class」でのピッチを落とした歌声にクラウドラップと通じる響きを聞くこともできる。そして何よりもA$AP Rockyのアルバムリリースも噂されている。雲に浮かぶ城は一度雲に隠れただけで、まだまだ落ちてはいないのだ。
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