モダンなトラップとルイジアナのヒップホップ
ルイジアナのヒップホップのモダンなトラップに繋がる部分について書きました。記事で触れた曲を中心に収録したプレイリストも制作したので、あわせて是非。
モダンなトラップのルーツ候補
モダンなトラップのルーツといえば、メンフィスのラップグループのThree 6 Mafiaであるというのが一般的である。手数の多い808を用いたビートには確かに共通するものがあるし、ラップ面でもLord Infamousを筆頭とした三連フロウの使用にMigos的なスタイルの原型を発見できる。2010年以降のトラップにおける重要人物であるGucci ManeがGangsta BooやProject Patを自身の作品に迎えてきたことからも、Three 6 Mafiaの重要性は明らかだ。
しかし、Three 6 Mafia以外でこういった要素が発見できないかというとそうではない。以前私がトラップの派生ジャンルであるプラグについて書いた際には、Zaytovenを発掘したベイのJT the Bigga Figgaの作品に手数の多い808を用いたビートがあることを紹介した。
D-Moe Tha Youngstaの1994年作「Do You Feel Me?」に収録された「A Dose of Dope」では、JT the Bigga Figgaがトラップの原型のようなビートを手掛けているだけではなく、ラップも三連フロウを披露している。また、以前書いたアトランタヒップホップ史におけるプラグ的な表現を振り返った記事では、MC Shy-DやHitman Sammy Samといったラッパーが1980年代からトラップに通じる808のビートを使っていたことを紹介した。モダンなトラップに繋がる道は一つではないのだ。
そこで今回、モダンなトラップのルーツ候補を新たに一つ推薦したい。現行シーンの頂点の一人、YoungBoy Never Broke Againを輩出したルイジアナのシーンだ。かの地が生んだ多くの才能は、トラップが大きな話題を集めた2000年代より前からシーンで活躍し、トラップ史における重要作にもたびたび参加してきた。今回はトラップと繋がるようなルイジアナ勢の歩みを振り返り、その重要性を再考していく。
Cash Money Recordsとトラップ重要人物
まず最重要プロデューサーの一人として挙げられるのがMannie Freshだ。Cash Money Recordsの看板プロデューサーとして活躍したMannie Freshは、同レーベルから脱退した2000年代半ば頃からレーベル外の多くの作品に参加。そしてその中には自身の音楽に「トラップ・ミュージック」という言葉を名付けたT.I.を筆頭に、T.I.に次いでトラップをメインストリームに運んだ立役者であるYoung Jeezy(現Jeezy)、先述したGucci Mane……と、トラップ史を振り返る際にキーマンとして名前が挙がる存在も含まれていた。Young Jeezy「And Then What」やT.I.「Top Back」など制作曲がシングルカットされることも多く、紛れもなく一時期のトラップを牽引したプロデューサーの一人と言えるだろう。
Mannie Freshの作風はニューオーリンズらしいバウンスから生演奏も導入したファンキーな路線まで幅広いが、モダンなトラップに繋がるスタイルもかなり古くから手掛けていた。DJ Mannie Fresh & MC Gregory D名義でリリースした1987年作「Throw Down」の時点で、「Freddie’s Back」や「Bust Down (Ya'll)」のような808を多めに鳴らす曲を聴くことができる。1990年代の作品ではそれがさらに洗練され、例えばB.G.の1996年作「Chopper City」に収録された「Uptown Thang "Wait'n On Your Picture"」などはよりモダンなトラップに近いビートだ。
また、Cash Money RecordsはMannie Freshだけではなく所属ラッパーたちも重要だ。今や「史上最高のラッパー」候補の常連となったLil WayneのフリーキーなフロウがYoung Thugなどに繋がっていることは明らかであり、Juvenileも「エイ・フロウ」の原型のような名曲「Ha?」を生み出している。
B.G.はMannie Freshと同じくT.I.作品に複数回参加。T.I.のルーズなフロウはB.G.と通じるものがあり、影響も少なからず受けているのではないだろうか。また、Jeezyは先日ラッパー名がB.G.とLil Wayneの影響下にあることを明かしていた。トラップ重要人物の前には確実に彼らがいたのだ。
Cash Money Recordsと並んでリスペクトされるNo Limit Records
T.I.作品に初めてB.G.が参加した2004年の曲「What They Do」は、Mannie FreshではなくKLCのプロデュースだ。KLCが所属したプロデューサーチームのBeats by the Poundもまた、ルイジアナのシーンにおける重要な存在である。なお、収録アルバム「Urban Legend」で同曲の次に来るのはMannie Freshとの「The Greatest」で、この布陣からは、T.I.のルイジアナ勢への愛情が強く感じられる。
Beats by the PoundはNo Limit Records所属プロデューサーによるチームで、1990年代の同レーベルの大量リリースを支えた存在だ。No Limit Records社長のMaster Pはかつてベイエリア拠点だったこともあり、そのサウンドは西海岸ヒップホップからの影響が強いものも目立つ。しかし、トラップに繋がるようなビートもたびたび導入。Master Pの代表作の一つである1997年の「Ghetto D」でも、「Let’s Get ‘Em」や「After Dollar, No Cents」などでトラップっぽいハイハットを聴くことができる。
Master PもThree 6 Mafiaと同じく2010年以降にオマージュや客演が増加しており、モダンなトラップ(世代)の間での人気の高さが伺える。Young Dolphの仰々しいフロウもMaster Pフォロワーと呼べそうなものだ。さらに遡ればGucci Maneも2006年作「The Return of Mr. Zone 6」収録の「Brinks」でMaster Pを迎えているし、その大量に作品をリリースする姿勢もかなりNo Limit Records的である。
「Vibe」の取材でMaster Pへの敬意を語っていた2 Chainzは、Master Pらのグループ「T.R.U.」と同じ頭文字のレーベル「The Real University」を運営している。2012年のソロデビューアルバム「Based on a T.R.U. Story」も「T.R.U.」と入り、そのNo Limit Records愛は深い。そして、2 Chainzはその傍らでLil WayneやMannie Freshとも制作している。やはりCash Money RecordsとNo Limit Recordsは並んでリスペクトされる存在なのだ。
バトンルージュ勢の先進性とトラップ語りの余地
Beats by the Pound所属ではないが、キャリア初期にはNo Limit Records関連作で活躍していたKenoeも重要なプロデューサーだ。1990年代後半にMaster PやMr. Serv-OnなどをプロデュースしていたKenoeだが、2000年代にはB.G.やTurkなどの作品にも参加。2009年にJay-Zのアルバム「The Blueprint 3」で「A Star Is Born」を手掛けてからはメインストリーム仕事も増加し、Nicki Minajや2 Chainzなどの作品にも参加している。今年に入ってからはYoungBoy Never Broke Again作品も手掛けており、トッププロデューサーとして誰もが知るような存在ではないが第一線で活躍し続けている。
やはりKenoeも1990年代から細かく刻むハイハットを多用しており、2010年前後のブレイクもその作風がシーンにフィットしていたからだろう。YoungBoy Never Broke Againの現時点での最新作「Richest Opp」に収録された「Channel 9」も、C-Murderあたりがラップしていてもおかしくないビートである。
KenoeはNo Limit RecordsやCash Moneyの面々を生んだニューオーリンズ出身ではなく、同じルイジアナでもバトンルージュの出身だ。この地はC-LocやBoosie Badazz、Webbie、そしてKevin GatesやYoungBoy Never Broke Againなどを輩出している。1990年代のC-Loc周辺作品を聴いても手数の多い808は散見され、Webbieの2005年作「Savage Life」に収録された「What is It」 などはいわゆる「ペイン系」の原型のようにも聞こえる。YoungBoy Never Broke AgainはLil Phatからの影響も語っており、まさにバトンルージュの正統派ラッパーなのだ。
1990年代からモダンなトラップに近いスタイルに挑み、トラップ重要人物と関わりながら歩んできたルイジアナのシーン。最重要ラッパーの一人であるB.G.が出所したこともあり、これから2010年代におけるThree 6 Mafia再評価のようなことが起きるかもしれない。この10年間でトラップについての語りもかなり増えたが、まだまだ語る余地は残されているのだ。引き続きこの罠にハマっていこう。
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