見出し画像

Oneohtrix Point Neverとヒップホップ

Oneohtrix Point Neverとヒップホップの接点や影響について書きました。記事で触れた曲を中心に収録したプレイリストも制作したので、あわせて是非。



Oneohtrix Point Neverのループ感

現行エレクトロニック・ミュージックシーン屈指の人気アーティスト、Oneohtrix Point Never(以下OPN)が新たなアルバム「Again」を先日リリースした。近年はThe WeekndSoccer Mommyなど歌モノ作品のプロデュースでも活躍するOPNだが、今回のアルバムはインストの曲も多い。映画音楽を思わせるストリングスを用いたドラマティックなものやロック的なノリなど多彩な表現を導入した、どこか毒のあるユニークな作品に仕上がっていた。

と、軽く紹介してみたものの、どうもこの書き方はしっくりこない。それは今作に限った話ではない。私は前作「Magic Oneohtrix Point Never」の際にレビューを書いているが、そこではアルバムをこう紹介している。

未来的なのにどこかノスタルジックな、ヴェイパーウェイヴの魅力に通じるような雰囲気の作品です。歌ものやアンビエント的な曲などアプローチは多彩ですが、随所に配置されたインタールードにより自然に繋がっていきます。

「未来的」「ノスタルジック」「ヴェイパーウェイヴ」「アンビエント」「多彩」……と、様々なキーワードを使っているが、今改めて読むとどうも踏み込んだ紹介はできていないように思える。それはもちろん当時の私の実力のせいでもあるが、このアーティストの捉えどころのなさと情報量の多さに由来するところもあるように思う。

また、OPNの音楽性の総括ではこう書いている。 

時期によって作風は異なります。アンビエントやノイズ、エレクトロニカやチェンバーポップなど多彩な要素を毒気を持ってまとめたような音楽性です。ヒップホップ的なループ感のある曲もあり。また、「Chuck Person’s Eccojams Vol. 1」はヴェイパーウェイヴのルーツと言われており、OPN作品でもその匂いが感じられる時があります。

やはりどうもしっくりこない。とはいえ、「ヒップホップ的なループ感のある曲もあり」という箇所については現在も感じている部分であり、私が普段そこまで熱心に聴いていないタイプのアーティストであるOPNに惹かれるのもそこが大きい。そこで今回は、この多彩な顔を持つ稀代のアーティストについてヒップホップ視点で考えていく。


The Weekndと残した名曲の数々

まず、最初にも触れたThe Weekndとの制作がヒップホップ寄りの視点では最も大きなトピックだろう。二人の接点は(世に出ているものとしては)The Weekndが出演した2019年の映画「Uncut Gems」でOPNがサウンドトラックを制作したことからスタート。その後The Weekndの2020年作「After Hours」へのOPN参加、同年リリースのOPNのアルバム「Magic Oneohtrix Point Never」にてThe Weekndが共同でエグゼクティブプロデューサーを務め、2021年にThe Weekndがスーパーボウル・ハーフタイムショーに出演した際にはOPNがディレクターを担当した。The Weekndの2022年作「Dawn FM」では「After Hours」以上にOPNプロデュース曲が増えており、制作中The Weeknd主演映画でOPNがスコアを手掛けることも報じられている。まさに近年の盟友と言えそうな存在だ。

二人の初共演作品「After Hours」でOPNが関わったのは、「Scared To Live」「Repeat After Me」「Until I Bleed Out」の3曲。「Scared To Live」のみプロデュースではなくソングライティングでの参加となる。「Repeat After Me」はTame ImpalaKevin Parkerとの共同プロデュースで、どこか懐かしいシンセを使いつつもトラップ系のドラムによってThe Weekndの流儀に巧みに合わせている。「Until I Bleed Out」は冷ややかなシンセとグイっと走るベースが印象的なビートで、これもヒップホップ的に聴いても魅力的なものだ。また、後に収録曲「Save Your Tears」のOPNリミックスも制作された。

「Magic Oneohtrix Point Never」では、「No Nightmare」でThe Weekndをフィーチャー。しかしその使い方は声ネタ的であり、The Weekndはタイトル以外の言葉を歌っていない贅沢使いだ。サウンド的には「After Hours」と近いムードのシンセポップ路線でヒップホップ色は薄いが、この歌をコピー&ペーストするような発想はある意味ヒップホップ的である。また、The Weeknd不参加曲では「Bow Ecco」がワンループの魅力で引っ張っていくような作りで、質感やシンセの入れ方はともかくヒップホップっぽく聴くことができる。

13曲にOPNが参加した「Dawn FM」は基本的には大雑把に言うとシンセポップ系のスタイルを多く採用しているが、「Out of Time」Lil Wayneを迎えた「I Heard You're Married」ではヒップホップ的な要素も備えている。特に「Out of Time」は亜蘭知子「Midnight Pretenders」をサンプリングしたメロウ&スムースな曲で、その発想からしてかなりヒップホップ的である。もちろんヴェイパーウェイヴ的でもあるのだが、ヴェイパーウェイヴのどこか不安になるようなムードは薄く比較的素直な使い方だ。これはヒップホップリスナーにも親しみやすいだろう。


サンプリングとDJ Premier

そもそも「Out of Time」に限らず、OPNはかなりサンプリングを用いるアーティストだ。2009年のオーディオビジュアル作品「Memory Vague」や2011年のアルバム「Replica」のようなサンプリングをメインに制作した作品も残している。サンプリングは別にヒップホップの専売特許というわけではないが、ヴェイパーウェイヴのプロトタイプと指摘されるChuck Person名義での2010年作「Chuck Person's Eccojams Vol. 1」ではサンプリングネタの選定もR&Bやソウルが多く、そこにヒップホップとの共通点を見出すことは難しくない。

OPNは2011年のRed Bull Music Academyインタビューで、サンプリングに魅せられたきっかけとしてGang Starrの曲「Robin Hood Theory」を挙げている。「制作のノウハウや機材を持っていなかった高校生の時、彼(Gang StarrのDJ Premier)のメロディセンスやカットの美学、エイリアンのような非対称性を欲していた」と話し、お気に入りのヒップホッププロデューサーを聞かれてDJ Premierを「自分にとって永遠の存在」と称賛。Gang Starrの1998年作「Moment of Truth」を「今でも完全に魅了されていて、集中して聴いている」と語っている。同作についてはPitchforkやUKメディアのThe Quietusなどのインタビューでも言及しており、OPNにとってかなり重要な作品のようだ。Red Bull Music AcademyのインタビューではこのDJ Premier話の流れで「サンプラーは持っていなかったけど、(DAWの)GoldWaveでスウィングしているものをチョップしていた。それは恐らく多くの人がやっていることと同じだと思う」と話しており、恐らく最初期はDJ Premierフォロワーのようなスタイルを目指していたことが伺える。

ちなみに、OPNと同じマサチューセッツ出身で1982年生まれのアーティストには、Statik SelektahTermanology「1982」コンビがいる。

ブーンバップスタイルのビートメイクとスクラッチの名手であるStatik SelektahはDJ Premierのストレートなフォロワーであり、TermanologyはDJ Premierと共に「Watch How It Go Down」など多くの名曲を残しているラッパーだ。二人とも一見OPNとは全く異なるアーティストだが、DJ Premier愛という点では共通している。OPNがそのままDJ Premierフォロワーとして活動し続けていたら、二人と合流していたのかもしれない。なお、DJ Premierはテキサス出身だが、Gang Starrでの相方であるGuruはマサチューセッツ出身だ。OPNは地元のヒップホップに憧れていたのである。


ヒップホップからの影響とシーンとの交流

さらに、OPNはDJ Premier以外にもヒップホップからの影響を語っている。Red Bull Music AcademyのインタビューではRZAに言及し、Joel FordとのユニットのGames(後のFord & Lopatin)へのPitchforkのインタビューではThree 6 MafiaDJ PaulDJ Screw(とDJ Premier)などの名前を「影響を受けた音楽」として挙げている。RZAはピッチを上げるサンプリング手法「チップマンク・ソウル」の先駆者であり、DJ Screwはピッチを下げる「チョップド&スクリュード」の創始者だ。

ピッチ調整で声を変化させる手法はOPN作品でも聴けるものだし、チョップド&スクリュードに関しては先述した「Chuck Person’s Eccojams Vol. 1」でのスロウダウンしたサンプリングにその影響を読み取ることができる。また、同作では2Pacの名曲「Me Against the World」もサンプリングしているが、DJ Screwも同曲をミックス「Chapter 024: 9 Months Later」に収録している。DJ Paulに関しても、ダークなムードやチョップド&スクリュードの導入、Koopsta Kniccaの1999年作「Da Devil's Playground」収録の「Crucifix」でのネタ使いなどにOPNと繋がるものを発見できる。

また、Ford & Lopatinの2011年作「Channel Pressure」にはNYで活動したラップグループのDas RacistHeemsが参加していることも見逃せない。2011年頃のDas RacistといえばEl-PKassa Overallなどと共にユニークな作品を作り上げていたが、この頃はDas Racist以外のNY勢もTheophilus LondonMeLo-Xなど越境的なスタイルのラッパーやプロデューサーが多く活躍していた。

NYで制作された「Channel Pressure」へのHeemsの参加は、OPNもこのシーンと近いところにいたことを示している。同作はエレクトロファンクの要素を含んでいるが、これは当時のTheophilus London作品と共通するものだ。オートチューンを用いた歌声にもヒップホップの動きとの同時代性が感じられる。

そのほかにもOPNの2013年作「R Plus Seven」収録の「Still Life」で一瞬差し込まれるNicki Minajの声ネタ、2018年作「Age Of」でのJames Blake参加、Moses Sumneyの2020年作「Græ」でのJill Scottとの共演など、ヒップホップやR&Bと隣接するトピックは多くある。

こういった側面を踏まえてOPNの最新作「Again」を聴いてみると、「World Outside」でのパワフルなドラムはDJ Premierマナーの骨太ドラムをエレクトロニックに変形させたもののようにも聞こえるし、「Krumville」で聴けるシンプルなギターのループもヒップホップ的だ。もちろんそれが全てではない情報量の多い音楽ではあるが、ヒップホップの要素が溶け込んでいることは間違いない。共作や外部プロデュースも多いOPNなので、よりヒップホップに接近した作品もいつか聴けるかもしれない。ヒップホップリスナーにとっても、OPNは注目し続けるべきアーティストなのだ。


ここから先は

278字

¥ 100

購入、サポート、シェア、フォロー、G好きなのでI Want It Allです