2022年、トラップの現在地
近年のトラップについて書きました。記事に登場する曲を中心にしたプレイリストも制作したので、あわせて是非。
派生ジャンルではないトラップの現在
今ではすっかりヒップホップのスタンダードとなったトラップ。2000年代にアトランタを中心に発展して2010年代に本格的に全米での浸透を果たしたこのスタイルは、途中で様々なサブジャンルを生み出しながら成長を遂げてきた。2010年代前半にはシカゴで「ドリル」と呼ばれるシーンが盛り上がり、Chief KeefやLil Durkなど多くの才能が登場。Lil Uzi VertやPlayboi Cartiといった後進のラッパーに大きな影響を与えた。2010年代後半にはXXXTentacionやLil Peepに代表される「エモラップ」と呼ばれるロック要素を導入したスタイルが注目を集め、ポップパンクリバイバルやハイパーポップなどヒップホップを越えた動きにも繋がっていった。近年ではサイバーな響きのシンセを使った「レイジ」や、リラックスしたムードを醸し出す「プラグ」などが流行。このように次々と新しいものがトラップから枝分かれし、シーンに多彩なスタイルをもたらしている。
しかし、こういった名前のあるサブジャンルだけが流行ではない。レイジでもプラグでもなく、エモラップでもほかのサブジャンルでもないトラップは現在も多く生まれている。そしてそれらは少しずつ姿を変え、徐々に以前のトラップとは違うものとなってきているのだ。例えばLil Durkは以前オートチューンを使ったメロディアスなラップスタイルで有名だったが、Cardi Bが今年リリースしたシングル「Hot Shit」での客演などではそれとは異なるアグレッシヴなラップを披露している。さらに、ここでのLil Durkはいわゆる「三連フロウ」も使っておらず、「トラップのラップ=Migos的なスタイル」という2010年代半ば頃に浸透した図式には見事に当てはまらない。以前からこのようなラップをやっていないわけではなかったLil Durkだが、客演でこのスタイルが求められるというのは何か象徴的なことのように思える。そして同曲でのLil Durkヴァースに限らず、このような非Migos的アプローチは増加傾向にある。また、ビートもフックもスーパースターのCardi Bの曲の割にはかなりストイックだ。これだけでもトラップの変化が感じられないだろうか。
そこで本稿では、近年のトラップにおける重要アーティスト数人に注目してその音楽性とルーツを掘り下げ、現行シーンで何が起きているのかを把握することに努める。なお、今回はレイジやプラグといったトラップ内のサブジャンルについては取り上げない。中にはクランクやブーンバップなどほかのサブジャンルと隣接する話題にも繋がっていくものもあるが、基本的には大枠のトラップという言葉で語られやすい音楽に焦点を当てていく。トラップ内のサブジャンルについての解説はこれまで私が書いてきた記事や、これから私が書く記事に委ねていきたい。
Three 6 Mafia直系のTay KeithとHitkidd
「Hot Shit」の話題で始めたので、まずは同曲のようなスタイルについて取り上げていく。メンフィスのプロデューサーのTay Keithが手掛けた同曲は、Three 6 Mafia直系の跳ねるような808が印象的なミニマルな路線だ。
クラウドラップから派生したフォンクやMetro Boominなどの作風もThree 6 Mafiaの影響下にあるものだが、それらがダークな要素を抽出したようなものなのに対し、Tay Keithはタイトに跳ねるドラムなどウワモノ以外の部分でもThree 6 Mafiaの影響を強く感じることができる。また、GloRillaと共にシングル「F.N.F. (Let’s Go)」をヒットさせて勢いに乗るメンフィスのプロデューサー、HitkiddもTay Keithと同様のThree 6 Mafiaフォロワーだ。クランク文脈と接続されることも多いが、トラップ寄りの作品も多く残している。この二人はDJ KhaledやLil Uzi Vertなどビッグネームの作品への参加も増加してきており、メインストリームにメンフィスのフレイバーを注入している。
この二人のうち、先にブレイクしたのはTay Keithだ。同郷のラッパーのBlocBoy JBとのタッグで2017年に放ったシングル「Shoot」が話題を集め、BlocBoy JBの続くシングル「Rover」もヒット。その後二人で共にDrakeにフックアップされ、シングル「Look Alive」を共に制作して本格的なブレイクを掴んだ。
Tay Keithはその後「Nonstop」や「SICKO MODE」などDrake関連曲を手掛け、Lil Yachtyのシングル「Who Want the Smoke?」では「Hot Shit」でも組むCardi Bとも合体した。Tay Keith(とBlocBoy JB)をフックアップしたDrakeはメンフィスに住んでいたことがあったといい、トロントに次ぐ「第二の故郷」であるメンフィスのフレイバーに反応したのは必然だったと言えるだろう。
一方Hitkiddは、2019年頃にMeek Mill率いるDream Chasersと契約したものの、なかなか活躍できなかった苦労人だ。人気レーベル加入後も地元ラッパーのプロデュースを中心に活動していたHitkiddだが、その中の一人であるDuke Deuceが2019年末にシングル「Crunk Ain’t Dead」のヒットでブレイク。翌年にリリースしたアルバム「Memphis Massacre 2」も話題を集め、同作に参加していたHitkiddもこの頃から勢い付いた。
Hitkiddは2021年にはGloRilla含む女性ラッパーを複数人フィーチャーしたシングル「Set the Tone」に加え、同じ布陣で同名のEPもリリース。そのプロデューサーとしての手腕を見せつけ、同じくThree 6 Mafia影響下にあるMegan Thee Stallionのミックステープ「Something For Thee Hotties」でも起用された。以降もHitkiddとMegan Thee Stallionはたびたび共作している。
Tay KeithとHitkiddの道を切り開いた二人のラッパー、BlocBoy JBとDuke Deuceはどちらも「踊れるラッパー」だ。Three 6 Mafiaのダークなだけではない「踊れる」要素がメンフィスで育ち、動画でバズが生まれることの多い現代における強みとなったのだろう。
現行テネシー第三のプロデューサー、BandPlay
Tay KeithとHitkiddはメンフィスのプロデューサーだが、同じテネシー州のナッシュビルでも重要なプロデューサーが活躍している。故Young Dolph率いるPaper Route Empire関連作などを手掛けるBandPlayだ。
同じテネシー州でメンフィス勢の作品を手掛けることも多いBandPlayは、やはりダークなピアノやストリングスを使った作風を得意としている。しかしTay KeithやHitkiddほどストレートにThree 6 Mafiaへの憧憬を打ち出すことは多くなく、モダンなトラップをオーガニックな音色で作り上げたようなビートが目立つ。同じテネシーから出てきたことは明らかなサウンドだが、少し違うフレイバーの持ち主だ。
Dirty Glove Bastardのインタビューによると、そのビートに影響を与えたのはThree 6 MafiaやDrumma Boy、Ryan Leslieなどだという。メンフィスレジェンドのThree 6 Mafia、2000年代トラップ最重要人物の一人であるDrumma Boy、そしてミュージシャン的な感覚を備えたビートメイクを行っていたRyan Leslie。この三組のミックス、といえば確かに納得するような並びだ。また、AllHipHopのインタビューでは「ビッグバンドにインスパイアされてビートを作っている」とも話している。
BandPlayが本格的に活躍し始めたのは近年になってからだが、そのキャリアの始まりは2010年代前半にまで遡る。初のメインストリーム仕事はFrench Montanaの2012年作「Mac & Cheese 3」に収録された「Water」で、その前後に同郷のYoung Buckと契約している。Young BuckのレーベルのCashville Records作品を多く手掛けたほか、Young Buckとも縁が深いStarlitoの作品にも参加。そして2010年代後半にナッシュビルのDJを通じてKey Glockと繋がり、BandPlayはPaper Route Empire作品に参加するようになっていく。
ギスギスしたDJ Squeekyや重厚なDrumma Boyとは異なるテネシー感を持ったBandPlayのビートは、Young DolphやKey Glockの無骨なラップとも見事な相性を発揮。2019年にはYoung DolphとKey Glockにとって初のチャートトップ10入り作品となった「Dum and Dummer」でほぼ全ての曲を手掛け、Paper Route Empireの躍進を支えていった。
BandPlayはその後、Young Dolphとも関わりの深かったGucci Mane周辺作品などにも参加。今年に入ってからはMegan Thee Stallionのアルバム「Traumazine」に収録されたKey Glock客演曲「Ungrateful」もプロデュースし、そのテネシー流儀のビートを鳴らしている。今後も要注目のプロデューサーだ。
Gucci Mane系譜のラッパーによる「切り詰めフロウ」
BandPlayも関わるGucci Mane周辺が今再び面白い。Gucci Maneが率いるレーベルの1017 GlobalにはPooh ShiestyやBig Scarrといった新進ラッパーが多く所属し、現行シーンで強力な存在感を放っている。中でも最も重要なのが、メンフィス出身のラッパーのPooh Shiestyだ。
Lil Durkをフィーチャーしたシングル「Back In Blood」のヒットでブレイクを掴んだPooh Shiestyは、現行トラップのキーマンの一人と言える存在だろう。「ブルァ~」というアドリブもトレードマークとなっているが、最大の特徴はそのフロウにある。ブレスが入りそうな位置でブレスを入れず、逆に隙間を切り詰めるようにラップするそのフロウは、オンビートとオフビートの間を泳ぐようなスリリングな魅力を生み出すことに成功している。その発端がPooh Shiestyなのかは不明だが、同郷のBIG30やレーベルメイトのBigWalkDogなども同様のフロウを聴かせることがある。Migosスタイルの次の「型」になり得るポテンシャルを持つフロウだと言えるだろう。
Pooh ShiestyはXXLの企画でお気に入りのラッパー5人を挙げた際、Gucci Maneの影響について語っていた。Gucci Maneは2009年のアルバム「The State vs. Radric Davis」に収録された「Worst Enemy」などでPooh Shiesty的な「切り詰めフロウ」に挑んでおり、そのラップスタイルのルーツとして有力な候補だと言える。また、BIG30もGucci Maneの影響を語っており、BigWalkDogも「Gucci Maneを聴いて育った」と話している。その重要さは計り知れないものがある。
そのほか、Pooh ShiestyはKodak Blackも影響を受けたラッパーに挙げている。Kodak Blackはフラフラとしたフロウで緊張感と哀愁を醸し出す表現力の鬼のようなラッパーで、トレンドを汲んでも染まりきらない強烈な癖の持ち主だ。「Tunnel Vision」や「Roll in Peace」などの代表曲を聴いても、いわゆるMigos的なスタイルではないのっぺりとしたフロウが目立つ。Kodak Blackが2010年代半ば頃から第一線で活躍し続けたことが、Pooh Shiestyのような硬派なラッパーの登場を促したことは確実にあるだろう。Kodak Blackは多数の問題を抱えており、Kendrick Lamarの最新作「Mr. Morale & The Big Steppers」への参加は「正しくなさ」の象徴のように読み解かれることが多かったが、同時に現代屈指の才能の持ち主でありシーンを牽引していることも決して忘れてはならない。
テネシー勢の活躍と現行シーンのトップへの影響
ここまでテネシー勢の話題が中心となったが、それも現行トラップにおけるテネシー勢の活躍と影響力がかなり重要だからだ。
HitkiddやBandPlayを起用するなどテネシー勢との交流を持ってきたMegan Thee Stallionは、テキサス出身のラッパーだが先述したようにThree 6 Mafiaの影響下にある。2019年のミックステープ「Fever」ではThree 6 Mafia関連曲のサンプリングを多用しており、さらにJuicy Jもプロデューサーとして参加。2020年にリリースしたアルバム「Good News」でもJuicy Jを起用し、逆にJuicy J作品にMegan Thee Stallionも客演しており「Three 6 Mafia周辺のラッパー」としての側面を持ちながらキャリアを進めている。ラップスタイル的にはPimp Cの影響が強いが、Pimp CもThree 6 Mafiaと古くから共演を重ねてきたことを思えばかなり自然な流れと言えるだろう。
Megan Thee Stallionと並ぶ、あるいはそれ以上に現行シーンの頂点の一人となっているLil Babyもテネシー勢の影響が感じられるラッパーだ。Complexのインタビューでは「お気に入りのラッパー」としてStarlitoの名前が挙がっており、2018年にリリースしたアルバム「Harder Than Ever」収録の「Exotic」では共演も果たしている。また、同曲を手掛けたTay Keithをたびたび起用しており、2020年にリリースしたアルバム「My Turn」収録の「Gang Signs」ではDJ Paul(と近年のDJ Paulの制作パートナーのTWhy)もプロデューサーに迎えている。メンフィス勢の制作ではなくても、ピアノやストリングスを使ったシリアスなビートを採用することも多い(元々アトランタとテネシーのサウンドに共通点は多いが)。
Megan Thee StallionとLil Babyの作品にも参加している、Moneybagg Yoの人気も見逃せない。メンフィス出身で同郷のYo Gotti率いるCMG The Labelに所属するMoneybagg Yoは、2010年代前半に登場してじわじわと人気を拡大してきた。2021年にリリースしたアルバム「A Gangsta’s Pain」ではチャート一位も獲得。CMG The Labelは2019年頃から42 DuggやEST Geeといった人気ラッパーを輩出し、今年に入ってからはMozzyやGloRillaなども加入している。今では現行シーンの屈指の重要レーベルとなったCMG The Labelだが、そのブレイクもテネシー的なトラップのメインストリーム化と連動した動きだと言えるだろう。
そのほかにもKey Glockを筆頭としたPaper Route Empire勢の活躍など、テネシー関係のトピックは多く挙げることができる。Drakeが今年リリースしたアルバム「Honestly, Nevermind」にも、Gangsta Blacネタを使った「Jimmy Cooks」が収録されていたことも記憶に新しい。まだまだ今後もテネシー勢の活躍や影響はシーンを賑わしていくだろう。
Dreamville周辺などノースカロライナ勢のソウルフルなトラップ
CMG The LabelやPaper Route Empireなどレーベルの話題が続いたが、ほかの現行トラップ重要レーベルとしてはJ. Cole率いるDreamvilleも挙げられる。
ノースカロライナ出身のJ. Coleは、元々ブーンバップ寄りのスタイルで知られているラッパーだ。DreamvilleにもLuteやAri Lennoxなど、ブーンバップやネオソウルを得意とするアーティストが多く所属している。
しかし、J. Coleは2018年のMoneybagg Yoのシングル「Say Na」への客演あたりから徐々にトラップに接近。Young Thugや21 Savageなどのトラップを代表するラッパーとも共演し、2019年にリリースしたDreamvilleのコンピレーション「Revenge of the Dreamers III」でもトラップ路線の曲を多く収録した。2021年リリースのソロ作「The Off-Season」でもそれは同様だ。
J. Coleを輩出したノースカロライナは、Little BrotherやSki Beatzなどブーンバップのレジェンドを送り出した一方、Lil Jonと組んでクランク名曲「Freek-A-Leek」を生み出したPetey Pabloの出身地でもある。Jermaine Dupri率いるSo So Defで活動したソウルシンガーのAnthony Hamiltonのようなアーティストもいる。こういったアトランタとノースカロライナの繋がりを踏まえれば、J. Coleのトラップ導入もJIDやEARTHGANGといったアトランタ出身のDreamville所属アーティストの存在も自然なことのように思えないだろうか。また、Dreamville勢などのトラップはネタ使いやラップにソウルフルな要素を含むことがたびたびある。これはやはりLittle BrotherやAnthony Hamiltonなどを輩出した、かの地らしい傾向だろう。21 Savageが2018年に発表したJ. Cole客演曲「a lot」も、トラップ系のドラムを使いつつもソウルフルなネタ使いが光るものだった。
DreamvilleがDJ Dramaと組んで今年リリースしたミックステープ「D-Day: A Gangsta Grillz Mixtape」にも、トラップ路線の曲はいくつか収録されていた。2 ChainzやA$AP Ferg、Young Nudyといった客演陣もメインストリーム寄りの人選だ。それを違和感なく楽しめるようになっていることは、J. Coleとその周辺がトラップを巧みに消化して硬派なイメージからの刷新に成功したということだろう。そして、J. Cole周辺からトラップを聴き始めるリスナーも恐らくいるはずだ。
また、ノースカロライナからはDreamville勢以外にも何人かトラップに挑むラッパーが登場している。J. Coleと方向性の近いCordaeや、メロディアスなラップスタイルのMorrayやToosiiもノースカロライナの出身だ。また、同性愛蔑視発言を機に失速したものの、DaBabyもシーンに強烈なインパクトを残した。Dreamville勢、そしてノースカロライナ勢のトラップにはこれからも要注目だ。
ラチェットやGファンクと結合した西海岸のトラップ
J. Coleと並ぶ現行シーンのトップといえばKendrick Lamarだ。Kendrick Lamarは2015年作「To Pimp a Butterfly」でのジャジーなスタイルが高い評価を集めたが、2017年にリリースしたアルバム「DAMN.」ではMike WiLL Made-Itプロデュースの「HUMBLE.」や「DNA.」などで大胆にトラップを導入した。
2010年作「Overly Dedicated」収録の「Michael Jordan」など以前からトラップに挑んでいたKendrick Lamarだったが、「To Pimp a Butterfly」の次の一手がトラップだったことはかなり印象深い出来事だった。
西海岸ではNipsey HussleやSnoop Doggなどが早くからトラップに挑んでいたが、2010年代半ば頃まではYGやMustardに代表されるラチェット系のスタイルがそれ以上に強く根付いていた。その流れが少しずつ変化し、2010年代後半頃からトラップが本格的に目立つようになっていった。ラチェットを牽引したYGですら2018年作「STAY DANGEROUS」でトラップを導入していたし、先述したKendrick Lamarの「DAMN.」もその流れとして捉えられる。
何が西海岸での本格的なトラップ流行の発端となったのかは特定しづらいが、中心となっているラッパーの有力な候補として挙げられそうなのが03 Greedoだ。2016年頃から精力的にミックステープを発表してきたこのラッパーは、オートチューンを使ったメロディアスなラップもビート選びもかなりアトランタなどの他エリアのラッパーと近いスタイルだった。2016年頃から精力的にミックステープを発表した03 Greedoは、2017年には有力レーベルのAlamoと契約。2018年にリリースしたアルバム「God Level」では、Lil Uzi Vertといった全米クラスの大物ラッパーとも共演を果たした。
2010年代後半には03 Greedoとも共演曲を多く残していた故Drakeo the Rulerや、ラップグループのShoreline Mafiaなどもトラップ路線を交えつつ人気を拡大していった。2019年にはRoddy Ricchが1stアルバム「Please Excuse Me for Being Antisocial」をリリースし、収録曲「The Box」が大ヒットを記録。FutureやYoung Thugの影響下にあるメロディアスなフロウをトラップビートに乗せたスタイルで一躍ブレイクを掴んだ。
こういった西海岸トラップ勢の作品では、Death Row作品のような冷たいピアノやGファンク経由の高音シンセなど随所で西海岸らしい音色も聴くことができる。また、ラチェットがハードな方向に向かった結果としてトラップに接近したようなビートも散見され、さらにそれと「西海岸の音色を使ったトラップ」の中間のようなスタイルも増加しつつある。そのほかにもKendrick Lamar率いるpgLang所属の面々のように、捻りを加えるタイプのアーティストもいる。今一番ユニークなトラップが生まれて進化が進んでいるのは、案外この地なのかもしれない。
進化と深化を続けるトラップ
42 DuggやTee Grizzleyといったミシガン勢のブレイクも近年の重要トピックの一つとして挙げられる。現行ミシガン勢はトラップというよりも西海岸ヒップホップとの共通点の多いサウンドが主流だが、今年の顔の一人であるBabyface Rayを筆頭にトラップも並行して取り入れるラッパーも多く活動している。
さらに西海岸と同様、近年はミシガン系のビートとトラップ系のビートの中間のようなビートも聴くことができる。そしてその影響はミシガンを飛び越えて全米にも及んできており、Lil Babyが今年リリースしたアルバム「It’s Only Me」収録の「Stand On It」のような曲も登場。Icewear VezzoのQuality Control Music入りなどの話題もあり、今後もこの流れは進んでいくことが予想される。
Tay KeithやHitkiddといったテネシーのプロデューサーの活躍、Pooh ShiestyやBIG30らGucci Mane系譜のラッパーによる「切り詰めフロウ」、Megan Thee StallionやLil Babyに見るテネシー勢の影響、CMG The LabelやPaper Route Empireなどテネシーのレーベルのブレイク、Dreamville周辺やノースカロライナ勢によるソウルフルなトラップ、西海岸でのラチェットやGファンクとの結合、ミシガン勢のブレイクに伴う全米のトラップへの影響…と、様々なトピックが挙げられる現行トラップ。そのほかにもスナップをトラップに合流させるようなTravis Scottや2 Chainzの動き、フロリダ勢によるカリブ海の音楽の要素の導入など、まだまだ新しい表現は次々と開拓されている。
今回は省いたが、レイジやプラグのようなトラップから枝分かれしたサブジャンルもある。UKに渡ってグライムなどと融合してアメリカに帰ってきたドリルや、ポップパンクに回帰したエモラップのようにトラップの要素が見えづらくなるまで進化した派生ジャンルもある。ブーンバップ文脈の作品でも、Harry Fraudが取り組んでいたようなトラップ流儀のドラムを使ったような曲が自然と聴けるようになった。Young Jeezyへのストレートなオマージュを行うRobb Bank$やEST Geeの例のように、既に過去のトラップもリバイバルの対象となっている。YoungBoy Never Broke AgainやRod Waveに代表される、エモーショナルでメロディアスなトラップの人気も衰えていない。T.I.が「Trap Muzik」をリリースした2003年から19年が経った今でも、トラップは進化と深化を続けて成長しているのだ。
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