思い出のメロンソーダ (統合失調症自伝)脚色有り
お飲み物いかがですか?
いつものホールで、コーヒーレディの彼女は小さな僕に綺麗な声でたずねてくれる。
メロンソーダ1つ。
毎度毎度彼女がとおりかかるたびに、僕はかたくななメロンソーダは崩さない。
メロンソーダを何度も飲む僕の舌は、当然シュレッグのように緑色になっていて。
その緑の舌を鏡で見るたびに、今日もいっぱい頼んだなと実感する一日。
別に飲み物を飲みたい訳じゃない、ただ彼女と少しでも話がしたくて、彼女と少しでも関わりたくて、それで飲み物を毎度頼んでいる。
そうして彼女の売上に貢献している俺は、もうすでにコヒレの術中にはまっているのである。
彼女が綺麗。彼女が可愛い。見ているだけで幸せな気持ちになれる。
ある日コヒレの彼女が、
「今日のお勧めは、これです抹茶ミルクです」
と言ってきた。僕は、抹茶はあまり飲まない。だが、彼女のことが好きだから、抹茶ミルクを頼むことにした。
「飲み終わったら、感想とか聞かせてください」
そんなことを言ってきた。もしかして、これって、僕に気があるのか?
なんて勘違いをする僕。
そして、抹茶ミルクを飲んだ。抹茶ミルクは濃厚な味わいで、抹茶の苦みは少なく、ミルクが飲みやすく実に美味しかった。
その感想を彼女に伝えに言った。
「抹茶ミルク飲みました。僕、抹茶自体はあまり飲まないし苦手だったりするんですけど、これはミルクの味が効いてて飲みやすくて美味しかったです」
なんてこと言った。
彼女は嬉しそうな表情を浮かべる。それに、なんだかいい雰囲気。
それから、別日。
今日は、彼女の売上に貢献してやろうと思い切った策を講じることにした。
彼女が僕のもとに来る前に、僕が彼女の元に向かい、
「パンをください」
「何パンをいくつにしますか?」
「全部!」
お店のパンを全部買い占めることにした。彼女は驚きの表情を浮かべた。
そして、コインで支払いをおえるなり、パンの準備も終わり、僕にパンを届けてくれた。
そこには、
「いつも買っていただきありがとうございます♡ コヒレ」
と書いていた。
彼女の笑顔が嬉しくて。彼女の喜ぶ顔が嬉しくて。
何度でも、頼もうかな? って思った。
そして、クリスマスの日。
プレゼントを渡した。
それは、ハートの入浴剤。
彼女に渡すときに、ものすごく緊張したが、勇気を振り絞って、
「クリスマスなので、いつもありがとうの感謝の気持ちをこめて、プレゼント持ってきました」
プレゼントを渡すなり、喜んでくれる彼女。
それに、嬉しい気持ちになる僕。
そのプレゼントの中に、連絡先とかでもしのばせとけばいいものの、奥手の僕にはその勇気がない。
もしも、彼女から連絡が来なかったらどうしよう、だとか。
もしも、彼女に嫌われたらどうしよう、だとか。
そういうことが頭をよぎって、なかなか前に進めない。
それからの、こと。
毎度毎度メロンソーダを頼んでいた僕に異変がおきた。
ある日。僕はホールの遠隔を疑った。
もちろんホールは遠隔操作などしていない。
しかし、僕は病気で妄想で頭がおかしくなり、遠隔操作をされていることを確信してしまった。
そのことが許せなくなり、そのホールに行くのは最後だと決め、彼女に別れを告げずに最後のメロンソーダを頼んだ。
「はい、メロンソーダです。いつもありがとうございます!」
彼女がそう言った瞬間、ジャグラーのGOGOランプが光り大当たりした。
彼女が自分の元を去った数秒後、俺は、ストローを外し、コップの蓋も外し、まるで、彼女の唇を奪うかのように、豪快にコップに口をつけそのまま一気に飲み干した。
そして、その大当たり中の台には目もくれず、僕は、その台に何も置かず、その台を捨て、背中を向けて、去って行った。
女の子振り返ることはあっても、俺は、もうこの大当たり中の台は、振り返らない。
そう思って、俺は、ホールに別れを告げた。
それから、3か月の時がすぎた。
俺は、突然警察に捕まった。
病気の妄想が悪化し、ガソリンスタンドのドアガラスを壊し、駆けつけた警察官に乱暴した。
そして、入院した。
長い入院生活。
彼女のことも、もう忘れかけていた。
しかし、入院先でのこと。
「面会者がいる。君に会いたいようだ」
入院先の受付の人が僕に面会者がいると言っていた。
誰だろうと、面会室へ行くと……
懐かしい綺麗な顔がそこにあった。
彼女だった。
コヒレの彼女がそこにいた。
「こんなところにいたの?」
「なんでここがわかったの?」
「私のお父さん、この地域の警察官をしてるの、それであなたが捕まったことが分かって、心配で来ちゃった」
「そうなんだ……」
気まずいのか、イイ感じなのか、よくわからない沈黙が続く……
「あのさ」「あのさ」
二人のあのさが交差する。
「メロン君、体調大丈夫?」
彼女がそう尋ねると
「メロン君だなんて、初めて呼ばれたよ笑 体調は薬飲んでるから大丈夫」
「だってメロンソーダばっかり、頼んで舌シュレッグみたいになってたじゃない、じゃあ、シュレッグ君にする?」
「どっちでもいいよ笑 呼び方なんて自由でいいよ」
「わかったじゃあ、メロン君、私ね……転勤するんだ」
「そうなの?」
「だから、本当はお別れも言わずに勝手に私のもとからいなくなったから殴りにこようかな思ったけど」
「それは、やめて笑」
「でも、もう本当にお別れだから、最後にこれ渡したくてっ」
メロンソーダだった。
そのメロンソーダはいつくもより大きく、炭酸が効いてて、夏の今日の暑さにはもってこいだった。
そのメロンソーダをストローで加えて飲む僕。
「美味しいっ!」
「私も飲んでいい?」
「えっ!」
内心間接キスじゃあ!? と思った僕だが、それは言わずに、いいよと言った。
メロンソーダを飲む彼女。
「美味しい!」
彼女も美味しいの一言。
そんなこんなで、二人は楽しく他愛ない会話を1時間つづけ……
最後のお別れの時。
「さよなら、もう行かなくちゃ」
「僕ももう戻らなきゃ」
「これ私の連絡先」
彼女が連絡先を渡してきた。しかし、その連絡先は受け取らなかった。
「ちょっと何してるの?」
驚きの顔を浮かべる彼女。
そして、おれは言った。
「もし、自分にもっと自信が持てたら、メロンソーダ美味しく作ってくれる子に、好きだって伝えたいと思う。だからこれは、もっと僕がイイ男になったら、受け取ろうと思う」
それに、彼女は、
「誰よりもホールでコイン出してるちっちゃなお客さんが、自信つけて、また、私のためにメロンソーダを頼んでくれるまで、私待ってるね」
そう言い残し彼女は帰って行った。
そして、今でもそのちっちゃなお客さんは、自分を磨いて、今日もキーボードを叩くのでした。
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