矜持(きょうじ)ってなに?プライド高くて矜持のないのは困ります
1.矜持の意味
「矜持(きょうじ)」という言葉がありますが、最近あまり聞くことがないような。
矜持の意味は?
ネットで調べると、こんなでした。
自信、自負、自尊といった「誇り」あるいは「プライド(pride)」の感情を意味する語。
と、あります。
プライド? どうでしょう。
たとえば、「プライドが高い人」=「矜持が高い人」
??? どうも変です。
「矜」という字は矛という武器の柄の部分を意味するそうです。
武器の柄の部分を持つということ。
兵士が武器を手放したら、もはや兵士として役に立てません。
それを手放したらその立場の意味を失ってしまうほどに重要なもの。
それは、責任ある立場につく者に絶対に必要なものです。
自分を偉いのだと思い込み、その地位や評価を維持するために仕事上の信念を曲げてしまうような意味での「プライドの高さ」とはまったく違うのです。
昔は、矜持の有無が人の評価項目としてとても重要だったのですが、その重要性についての認識が社会全般で徐々に薄まってきていて、今一度これについて考えるべき必要に迫られていると私は感じています。
2.プライドがあって矜持のない人たち
矜持のありそうな人を歴史上の人物から揚げると、私の場合、真っ先に思い浮かぶのは吉田松陰さんと杉原千畝さん。
世間や周囲からどう思われようとも自分が信じる道を貫こうとする人。
みずからを危険にさらしてもなお筋を曲げない人。
一方で、プライドが高いのにそれに相応しい矜持のない人は、そこかしこにいますが、そういう人が組織の上層や権力者の地位にあると、その組織は多大な損失を被ることになります。
矜持の無い人は多くの場合、地位を利用して個人的利益を得たり、承認欲求を満たそうとしたりし、地位にしがみつくために他者を追い落とします。
しかも、そういった行動を弁解する持論を持っていて、思いのほかあけっぴろげにそれを発言できるタイプの人が増えてきました。
「こうやって地位を得ないと本来の目的を達成できないんだから仕方ないんだよ。」
こういう人が組織内で増加すると、なんとなく組織が有効に機能しているように見えても、結果的には「腐敗」へと進みます。
ただし、その腐敗には時間がかかるので、当事者も関係者もその悪影響になかなか気が付けません。
「矜持?なにそれ?何の意味があるの?」
そういう風潮に危機感を増していることが、私がこの記事を書く理由です。
3.政治家の場合
たとえば、自民党の総裁選で立候補している人たちはどうでしょう。
国会議員にとっての矜持は、「国会議員として日本国全体の役に立とうとする信念」のようなものであると私は考えています。
「私を支持してくる人たちのために働くことが私の矜持です」
これは国会議員としての矜持ではないです。
自民党が衰えるだけならまだしも、総裁選で選ばれるのは日本社会全体に影響する人です。
「今の地位を得るにはこうするしかなかったんだ」
と言いながら、その地位に就いても、こうするしか無い状況を変える努力はしない人。
矜持の無い政治家は、いかに立派な政策論を披露したとしても選ぶべきではないということです。
矜持の無い政治家が言う「精一杯」は趣味の範囲での精一杯という程度の意味でしかないのですから。
「あの政治家は信念はあるけれど地盤や人脈が弱いからダメだよ。」
という理由でその人を選ばないのなら、それは選ぶ側に重大な問題があります。
地盤がどうであろうと、人脈がどうであろうと、支持層がどうであろうと、矜持のない人に任せてはいけないし、矜持のある人たちを指示するべきなのです。
4.矜持のある人がいなくなったら
矜持のある人が適任であるとは限らないので、矜持のある人たちが候補者としてたくさん存在してくれないと、適任者を選びにくくなり、矜持はあるけど不適当な人を選ぶ可能性が高まってゆきます。
よって、ある有権者が「矜持のある人が一人しかいない」と思ったのなら、とりあえずその一人を選ぶのが正解です。
皆が「矜持」を評価の絶対要件にしている状況が、矜持のある人を増やすうえで何より望ましいからです。
そうでないと、「矜持の無い人」、言い換えれば「組織の敵」を排除できません。
人類は歴史的に矜持の有無を人の価値基準の基礎としてきましたが、最近はその価値基準がゆらいでいる可能性を私は懸念しています。
組織が腐敗してしまうと元も子も無くなってしまうので、矜持の無い有能者を選ぶよりも、矜持のある無能者を選ぶ方が、長期的に考えるとまだマシです。
こんなことなら、いっそのことAIにでも任せた方がいい、という状況になりかねません。
矜持の有無を判断するための情報がない、又は虚偽情報が混じってしまう。
これはいつの時代でも宿命的な課題です。
矜持があってもそれが理解されにくい人
矜持が無いのにあるように見せかける人
人事権者(有権者)がこれを適切に区別できなければ組織は腐敗します。
だから、矜持の有無を正しく判断する能力を磨きましょう。
矜持のある人が少なくなった組織や社会は、あと戻りが困難となります。
5.政策論がわからなくても選挙に行く意味はある
だからこそ選挙は重要なイベントなのです。
政策論が難しくてわからなくても、知らない人でも、人の矜持の有無を見極める能力さえあれば投票する意味はあるのです。
矜持の有無なら誰にでも判断できます。
だから選挙ポスターというものがあるし、ニュースやネット情報も参考になります。
矜持のある人を見極める能力は生きる力でもあるのですから、政治に関心がない人でもぜひ投票して、自身の人間観察力を鍛えてみるとよいでしょう。
あなたの人生において大事な人を選ぶときには、相手がどんな矜持を持っているかを観察してみましょう。
6.矜持の有無を判断するポイント
ちなみに古代中国の戦国時代に活躍した李克という政治家が、こう言ったそうです。
人物を見るときは、その人の言葉よりも過去の行動を見ましょう。
どんな人と親しくしていたか。
お金を何に使っていたか。
誰を登用したか。
道から外れたことをしていないか。
筋の通らないものを受け取ったことはないか。
矜持の有無を見極めるポイントは、ほかにもいろいろあるでしょう。
私が思うに、人の積極的な言動の背景にはその人の情動があり、その情動の種類がわかればよいのです。
人が積極的になるときの情動は
お金を得るため
周囲からほめられるため
地位を得るため
保身のため
誰かを守るため
隠された信念を達成するため
など、いろいろありえます。
だから、その人の言動をつぶさに観察すると、その人の活動の根源となる何かが見えてくるでしょう。
政治家にしても、テレビで話している様子を冷静に観察するだけで、いろいろ発見があるでしょう。
7.あなたの矜持は?
ところで、社会に情報を発信している人たちの矜持はどうなっているんでしょう。
重要かつ正しい情報を発信していますかね。
メディアの皆さんは、「別の方のプライド」はあるみたいですけれど。。。
あなたはどんな人を「かっこいいなあ」と思いますか。
プライドは高いけど矜持の無い人
それでもカッコいいと思いますか?
皆さんの意識が社会のありようを決定づけています。
まずは、この社会において重要な役割を果たす人にどうあってほしいかを想像してください。
頭が良くて、お金持ちで、スマートで、地位があって、雄弁で、外見がきれいで。
そういう人がお好みですか?
そういう人になりたいですか?
そう思うあなたは、どんな矜持を持っていますか?