線香花火
彼は、キッチンのガスコンロの前に立ち、ふと思い出したように線香花火を手に取った。懐かしさに誘われて、ガスコンロの火をつけると、静かな音とともに線香花火に火が灯った。
「ついた…」
バチッ、バチッ、バチッ。小さな火花が夜空の星のようにパチパチと弾け、暗い部屋に光を散らす。
「意外に長いんだな」
彼は、線香花火の細かい光を見つめながら、ふと小さい頃を思い出していた。子ども時代、家族と一緒に庭で花火をした記憶が蘇る。夜風の中、同じように線香花火を持ち、ただその美しい光に見とれていた日々。
あの頃も、こんなに小さな火花のひとつひとつに、どこか安心感を感じていた気がする。
「ありがとう」
静かな言葉が口からこぼれた。線香花火の光が、彼の心に安らぎを与えてくれるような気がした。忙しい日常に追われる中で、何気ない瞬間に感じる温もりがこんなにも大切だと、改めて気づく。
その小さな火花が、どんなに短くても、時間を忘れさせてくれる大切なひとときだった。