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ヤバいのに読むのが止まらない『辺境メシ』(高野秀行・著)
この本もこの記事も、食事中に読まないことをオススメします。今回はフォーマットを変えて書いてみました。
本の基礎情報
タイトル: 辺境メシ ヤバそうだから食べてみた
著者: 高野秀行
発刊年: 2018年10月25日
著者のプロフィール: 1966年生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科卒業。タイ国立チェンマイ大学講師を経て、フリーランスのノンフィクション作家に。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」ことをモットーとする。
概要
本書は『週刊文春』2016年8月25日号~2018年9月6日号に寄稿していた『高野秀行のヘンな食べもの』の集大成である。これまでに彼が世界中の辺境にて食してきたものもあれば、この取材のためだけに食したものもあるとのこと。
全体は以下のような章立てで構成されている。
Ⅰ アフリカ ゴリラを食した男の食浪漫
Ⅱ 南アジア 怪魚、水牛、密造酒・・・・・・爆発だ!
Ⅲ 東南アジア 思わずトリップするワンダーフード
Ⅳ 日本 猛毒フグの卵巣から古来のワニ料理まで
Ⅴ 東アジア 絶倫食材に悶絶した日々
IV 中東・ヨーロッパ 臭すぎてごめんなさい
VII 南米 魔境へようこそ—
衝撃度ランキング
1位 ホンオ (韓国、木浦)
食べたあとで失神したり入院したりする人が後を絶たないというエイ料理。「世界で2番目に臭い食べ物」らしい。何と言っても著者の文章表現が強烈だ。『塩酸でもぶっかけられたような全面的な衝撃となって口全体が焼け爛れていくような感覚』、これは世界で最もくさい食品「シュールストレミング」のコメントよりもインパクトがあった。
2位 カエルジュース (ペルー、アンデス)
カエルをさっと茹でて、丸ごとミキサーにかけて液状にし、この青臭いバリウムのような感触のジュースをごくごく飲むという調理方法のシンプルさ。何より老若男女がジューススタンドで頼むようにトノサマガエルやヒキガエルを頼んでいる光景や、ダンサーがニタニタ笑いながら生きたカエルを引きちぎって貪る儀式的光景が"ヤバい"。
3位 田んぼフーズ (タイ、イサーン)
妻の縁で食したと思われる、カニ、タニシ、ゲンゴロウ、カエル、フナの稚魚、何かの幼虫、おたまじゃくし。オール姿煮で味付けは塩のみ。想像しただけで食欲をなくす。胴体を噛み切るとなかから甘苦い液がぶちゅっと出てくるそうな。ウゲー!!直前の虫イタリアンが霞む。
4位 ヤンビー (中国、広西チワン族自治区)
ヤギの胃袋内の未消化物(青臭い、動物の排泄物的な異臭)に、ニンニク、生姜、シシトウ、赤唐辛子を入れる。小腸や胃やレバーを炒めて加える。塩と味精、鶏ガラ出汁、ニラ、ネギ、油麦菜、パクチー、最後に花椒などを投入。その味は、『二日酔いで吐きまくって最後に胃の中に何もなくなったとき胃液を吐く。そのときの味』らしい。酒呑みの著者らしいコメント。
5位 胎盤餃子 (中国、大連)
当地では万病の特効薬として密かに人気があるとかないとか。留学先の大連にて、「親戚で死にそうな年寄りがいるからどうしても」と病院に頼み込む友人ができるのだから著者は凄い。もちろん、「大きさも形も人の脳そっくり」な見た目と、咀嚼すると「独特の臭みが口の中に広がり」嘔吐しそうになるところを踏みとどまり、「レバーじゃん!」と着地する冷静さも然り。
番外編 半生のカタツムリ (日本、熊本)
この表記のまま流すと語弊があるので補足を。早稲田時代に洞窟調査で熊本に赴いた著者が、ゴリラを食べた自慢をしたら熊本人に煽られて焚き木の跡から出てきた半分焼けのカタツムリを食べたというもの。本来的な意味での食品としての食品ではないが、美人女性編集者のメンツを保つためならパスタに混ざったたらこ風味のゴキブリも無言で食べる著者の人柄がうかがえる部分。
個人的な感想、及び考察
著者の懐の広さは「出されたものは絶対に食べる」流儀に基づいており、それが辺境ジャーナリズムに不可欠なスキルであることにも由来している。
また、「どんなにゲテモノに見えても、地元の人が食べていたら大丈夫というのが、食の安全基準」としているが、現地人も拒否・絶句するものまで食べてしまうのだから、彼の冒険者精神はリスクを凌いでいると言えそうだ。
一般にゲテモノ系の食品は「何を食べたか」が常に話題とされるが、彼は「どうやって」を経験からかなり重要視している。だからこそ、多くがモノクロ写真でも"ウゲー!"感が生々しい。
見た目とギャップのある美味な食材・料理もいくつも紹介されているのも本書の読みどころ。そっちの点で、気になった食材を幾つか挙げてみよう。
・街道沿いの茶屋のコーヒー (エチオピア)
生のコーヒーの実を七輪で煎るところから始めて30分かけて淹れられる、超こだわり系で鮮度の高いコーヒー。
・メコンオオナマズのトムヤム&プラー・ペッ (タイ、ナコンパノム)
トムヤムは色々な具材を入れた辛いスープ、プラー・ペッはピーマンや赤タマネギなどの野菜や唐辛子と炒めた料理のこと。メコンオオナマズは動物と魚の中間タイプの赤身肉らしい。
・ネーム (タイ)
豚の生身を発酵させた「世界で最も美味いビールのつまみ」だという。
・カイセリマントゥ (トルコ)
ハーブの効いたソースの鋭い切れ味とトロッとした水餃子の皮と融和するヨーグルトの味がコントラストをなす極小餃子。手間暇かけた肉汁は魅惑的だ。
・巨大魚ピラルクの漁師飯 (アマゾン川)
兜焼きは、本場でも漁師しか食べられないようだ。著者が食してきた中で「最高峰の魚料理」らしい。
・ゲリラ飯 (ミャンマー)
魚をぶつ切りにし、切り身にさらに細かく切れ目を入れ、塩、唐辛子、森のハーブと花で下ごしらえをして、バナナの葉で包んで竹筒に入れて火を熾す。「このときの魚ほど美味い魚を食べたことがない」らしい。
これらは、そこまで言うなら…ちょっと食べてみたいかもと思える寄稿だ。単に珍しいものを食べて感想を述べるだけでなく、地域や民族によって大きく異なる食文化からその背後にある深い意味に思索を促す点は本来著者の持ち味だろうが、今回はコラム式なので高野節は控えめ。
こんな食文化が生まれた背景を考えるとかなりシリアスな気分にもなったりもするのだが、今回はライト感覚で一貫している。
その点は惜しいが、トータルで見て本書は面白い!"異常であればあるほど"その対象の本質が見えてくる…食文化が非常に生理的・本能的な体験であるが故に、味覚は究極の秘境になりうるのだろう。
関連リソース
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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