文芸部のギャルの話
私は定時制高校に通っていました。
午前部・午後部・夜間部に分かれる「三部定時制」を採用している高校です。三年卒業も可能ではありますが、基本的には皆四年で卒業。私は午後部に所属していました。
校風はひたすらに「自由」と「自己責任」!
時々誰かのロッカーの鍵が破壊されたり、時々夜間部の生徒が殴り合いの喧嘩をしたり、時々女子トイレのゴミ箱から吸殻やら何やらが見つかったりしましたが、基本的にはとても居心地のよいところでした。学年が上がるごとには大きなトラブルはそれほど聞かなくなったので、みんな色々と落ち着いてきたのだと思います。
と言っても、トラブルを起こしがちな人の多くは、知らぬうち学校を辞めていることがほとんどだったので、その影響かもしれませんが。
中でも記憶に残っているのは、入学したての頃のことです。ホームルームで担任の先生から、
ラウンジで酒の空き缶と避妊具が見つかった。心当たりがあれば報告に来い
上の階からペットボトルを落とすのはやめろ(校内は縦に長く、中は吹き抜けになっているので人に当たるとマジで危ない)
人のロッカーをこじ開けて財布を盗んだヤツがいるから気をつけろ
という、中々に派手な話をされたことです。面白い学校に来たなぁ、としみじみ感じました。
学校の話はこの辺で。
今回はタイトルにもある通り「文芸部のギャル」の話をさせてください。「オタクに優しいギャル」の派生っぽいですが、少し違います。
文芸部のギャル(以下「Aちゃん」)と私は、二年次の頃に初めて同じクラスになりました。
五分あるかないかのホームルームでしか顔を合わせない上、座席も程々に遠かったので、ほとんど会話をしたことはありません。長い間「なんか顔見たことあるな」という程度の認識でした。
Aちゃんと接点ができたのは、三年次後期の秋頃です。同じ美術の授業で、偶然隣席になったところから始まりました。
というのも、学校は単位制だったので、生徒それぞれで一日の時間割が大きく異なっているのです。必履修科目+αで各々必要な単位を取っていくという形式。ほぼ大学と同じですね。そんな中で、私は彼女とたまたま授業が被ったのです。
白っぽい金髪のセミロングに、カラコンの馴染んだ末広二重。ぷっくりとした桜唇、秋も半ばだというのに露出の激しい服と、そこから伸びる長い手脚。Aちゃんは、まさに別世界の美少女でした。
めっちゃ可愛いってずっと思ってて……と彼女に伝えたとき(今考えたらめちゃくちゃキモい)、綺麗な笑顔で「ありがと! でもまあガッツリ顔面課金してっからね✌️」と返されました。私はそれから彼女が好きになりました。
はじめは作業中にポツポツと会話をする程度だったのですが、それが少しばかり弾み始めたのはAちゃんが文芸部所属だということを知ってからのこと。私は小説が好きなので、それを聞いた瞬間に心の扉が少しだけ開きました。というかこの高校に文芸部とかあったんだ、という驚きとともに。
私はコロナが猛威を奮い始めたかな? という時期に高校に入学したので、残念ながら入学時に新入生歓迎会や部活動紹介はありませんでした。そのため自分の通っている学校に何部があるのかほとんど知らなかったのです。
ふと「小説読むの?」と訊ねたとき、Aちゃんは「いやウチ文芸部っつったよね!?」とけらけら笑っていました。そりゃそうだ、と恥ずかしくなったのを鮮明に覚えています。
彼女の好きな作家は夢野久作と江戸川乱歩で、お気に入りの作品は乱歩の『双生児』だそうです。
Aちゃんの作品は、文化祭で配布されていた部誌に掲載されていました。部誌といっても、ボソボソの紐で綴じられた形ばかりの冊子です。
私はそこで初めてAちゃんの作品を読みました。感想は驚きの一色です。なんというか、薄暗くて不気味なお話ばかりだった。どの物語も学生らしい厭世観と学生らしくない官能が奇妙に混ざりあっていて、なんだか不思議な感覚に陥ったのを覚えています。
他人の内面なんて理解できるものではないし、可能ならばしたくもありません。が、これを読んだ直後は、流石にAちゃんの思考回路や過去の経験に興味を抱かずにはいられませんでした。
どの話も安定した足の踏み場がない。常にどんよりとした空気が漂っていました。表現も刺々しいものばかりで、ずっと何かに怒っているかのようだった。
そしてどの作品も、恐らく主人公のモデルは彼女自身。それ故に言葉ひとつひとつの鮮烈さと生々しさがリアルで、途中から読むのが怖くなりました。人の日記を勝手に読んでいるかのような感覚で。
それから、彼女の手首に刻まれていた無数の横線の理由を、ほんの少しだけ理解できたような気がしました。
部誌を読むよりも前、Aちゃんに「これ自慢なんだけどさ」と、コンクールで賞を取ったことを伝えられました。その時は驚いたのですが、改めて考えると納得です。
ところが、授賞式には普段以上に派手な服を着ていったため、会場の警備員さんから門前払いを食らったそうです。Aちゃんはインスタのストーリーでブチ切れていました。本当にクールな子だ……。
オマケみたいに載せられていた詩の内容もかなり尖っていました。彼女の生い立ちや家庭環境を想像をしてしまうものばかりで、「これ私が読んでもいいのかな」と若干ドキドキしたのを覚えています。
母と娘、男と女。そんな作品が多かった。複雑なSFモノや恋愛モノがほとんどな部誌の中で、彼女の作品だけがプカプカ浮かんでいるように思えました。
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学年がひとつ上がって四年次になると、Aちゃんは学校に姿を見せなくなりました。
ファーストキスの味はマルボロ・メンソールだったらしいAちゃん。
母親の足裏に根性焼きが三つあったらしいAちゃん。
特別仲が良かったわけではないし、Aちゃんも私にそれほど興味はなかったと思います。たまたま授業が同じだったというだけで、それ以上でも以下でもない。
きっと彼女は私の名前を覚えていないと思います。当の私も、これを書くにあたって読み返した部誌のお陰で、やっと彼女の苗字を思い出すことができました。それくらいの距離感です。
それでも、私は時々あの魅力的な金色を思い出します。好きな小説を並べている自室の本棚に長いことあの部誌を置いていたのは、今でもふとした瞬間に彼女の作品に触れたくなるからです。
私は、彼女に対して特別な何かを抱いているわけではありません。先ほど書いたように彼女の苗字をパッと思い出せなかったくらいですから。
それでも、あの剥き出しの、幼くて純粋なやわらかい心を、ショッキングピンクの爪で引っ掻き回しているかのような、彼女の荒々しい作品に惹かれていました。同じ年齢の女の子が書いたとは思えない作品の、あの生き方の、どうしようもない神聖さに惹かれていました。彼女の作品は、私にとって本当に衝撃的だったのです。
今となっては不可能だけれど、できることなら多くの人に読んでもらいたかった。
もしも彼女と再会するようなことがあったのなら、作品すごく良かったよ、と伝えたいと思います。
久々に彼女のインスタを見てみると、彼女はきれいな黒髪になっていました。どうやら今はコンセプトカフェで働いているようです。
美しく、文才のある給仕さん。すてきですね。