電波ソング考―電波ソングの成立条件とその中毒性について―
高校時代、帰宅部で友人もおらず、放課後一人でYouTubeやニコニコ動画に没頭する日々を送っていた。ボーカロイドが好きなことは以前にも書いたが、適当に曲を流していると、なんだか耳に残る奇妙な曲たちに出会った。
ポップな電子音で彩られた軽快な旋律、可愛らしいMVに歌声、エキセントリックかつセンスに溢れた歌詞、しかし親やクラスメイトに知られたら恥ずかしいこの曲たちは「電波ソング」と呼ばれることを後に知った。
はじめに
電波ソングとはアニメソング、ゲームソング、アイドル歌謡、ボカロ楽曲等々、あらゆるサブカル音楽シーンに一定規模で存在する、特有の傾向を有する音楽の総称である。この「電波」とは「一般的感性からかけ離れたぶっ飛んださま」を示し、かつては「萌えソング」とも称されていた[1]。それは、ジャンルの成立背景において、「電波」という概念以前に「萌え」を指向した楽曲から発展していったという文脈に由来する。しかし、近年では楽曲のあり方が多様化し、必ずしも「萌え」を指向しない曲の存在も顕著になってきた。したがって、本稿では「萌えソング」も含め「電波ソング」と呼ぶことにする。
そもそも「電波ソング」とは、何をもって定義されるのか?
例えば、音楽を構成する三要素は「リズム(律動)」「メロディ(旋律)」「ハーモニー(和音)」である。これらが混然一体となって一つの音楽が完成する。このように「音楽」というきわめて普遍的な芸術(現象)は、理論的な要素分解によって特徴付けることが可能である。この事実から「楽曲を電波ソングたらしめる具体的な成立条件を特定することは可能か」という問題が浮上する。
調べたところ、サブカル的傾向の強い電波ソングは、音楽の中でも特殊なクラスに属しており、学術的なアプローチはほとんど検討されていないようだ。文献[2]において、昨今生み出された「現代電波ソング」に関する条件付けが検討されているものの、ややタイトかつ主観的な条件となっており、より一般的かつ客観的な成立条件の提案が必要であるという判断に至った。
以上より、本稿では、一般に「電波ソング」と称される楽曲を構成する条件要素群を提案する。さらに具体的な楽曲を通じ、その妥当性を検討し、それらが生み出す電波ソングの中毒性とカタルシスについて述べる。
本論:電波ソングの成立条件
筆者は、電波ソングを一般に以下の三要素によって構成されると分析する:
1.(主に女性歌手の)ハイトーンなボーカル
2.特徴的な歌詞や合いの手といった「電波な」歌詞
3.電子音の多用
順に説明していこう。
1.(主に女性歌手の)ハイトーンなボーカル
一般に電波ソングと呼ばれる楽曲のほとんどが、この条件を満たすのではないだろうか。「萌え声」「アニメ声」と呼ばれるような特徴的でハイトーンなボーカルが、先鋭的でエキセントリックな歌詞をよりビビッドなものにする。男性ボーカルの場合、トーンの低さや男性的な力強さは、歌詞やメロディの「電波的」感性とはストレートには相性が悪く、「滑稽」や「コミカル」な印象に仕立て上げてしまうのではないだろうか。このようなケースは、電波ソングとは別に、滑稽な持ち味の楽曲である「コミックソング」に分類されると考えるべきであろう。
ここで「(主に女性歌手の)」と書いたのは、実際の性別が女性である必要はないためである。例えば、ロックバンド「神聖かまってちゃん」のようにボイスチェンジャーを使用して声を高くしているケースがある。また「ヒャダインのカカカタ☆カタオモイ-C/前山田健一」や「ヒャダインのじょーじょーゆーじょー/前山田健一」のように、男女ツインボーカルのケースもある。ヒャダイン氏がボイスチェンジャーを使って女性シンガー「ヒャダル子」を演じ、男女ボーカル二役を担当している。両曲ともヒャダイン氏とヒャダル子氏、同程度の比率でパートを担当しているが、上記のような、楽曲の文脈から逸脱した滑稽さは無い。それは、歌詞が男女問わず普遍的であること、ヒャダイン氏の声がさほど男性らしさに偏っていないことに起因すると思われる。男性がボーカルとして参加する電波ソングの中では稀有なケースといえるだろう。
2.特徴的な歌詞や合いの手といった「電波な」歌詞
こちらも電波ソングの大きな特徴である。この「特徴的」というのは、すなわち「普遍性の欠如したさま」を意味する。具体的には、その歌詞の内容が
A:主題となるアニメやゲームの文脈を踏まえた局所的なケース
B:全く支離滅裂なケース
の2パターンに分類できる。ここで、この2つは必ずしも完全に独立してはおらず、BがAの傾向を有するケースが多いことに注意する。
まず、Aについて、「局所的」というのは、作品を知らない人が聞くと歌詞を理解できないという、聞き手の理解のローカル性を意味する。これは、ポピュラーソングや大衆的なアニメソングには珍しい特殊傾向と言えるだろう。コンテンツのターゲットの射程範囲が狭い分、より深くリーチさせることを狙った方が、支持を得られるというサブカルならではの商業戦略に基づく傾向である。
代表例として「ガチャガチャぎゅ~っと・ふぃぎゅ@メイト/MOSAIC. WAV」を挙げよう。成人向けゲーム「ふぃぎゅ@メイト」の主題歌で、「フィギュアに射精する」という一般には理解しがたいような内容を、巧みなメタファーによって見事に表現した歌詞となっている(電波ソングアーティストのなかでも、歌詞の精巧さと文脈解像度はMOSAIC. WAVが随一というのが筆者の感想である)。
Bは、基本的にはAの成分を若干含む。つまり、作品文脈を踏まえたうえで、支離滅裂、意味不明な歌詞となっているケースである。有名なのは「もってけセーラー服/畑亜貴」「はなまるぴっぴはよいこだけ/A応P」などであろう。いずれも「らきすた」「おそ松さん」という深夜アニメのオープニング曲である。例えば「もってけセーラー服」の冒頭を文字に起こすと次の通りである:
「曖昧3センチ そりゃぷにってコトかい? ちょっ! らっぴんぐが制服…だぁぁ 不利ってこたない ぷ。」
女子高を舞台にした作品で「制服」という記号は反映しているものの、全く意味不明で支離滅裂である。しかし軽快なメロディのおかげで、耳心地の良い中毒性を与えている。このBのような傾向は、いわゆる「日常系」ギャグ作品に顕著な傾向と言えるだろう。歌詞それ自体は意味不明ながら、それがアニメの不条理な作品性を表現しているというメタ的な解釈も可能である。
ちなみに、Aから完全に独立したBの傾向を有する「インドア系ならトラックメイカー/Yunomi」という曲も存在する。BPM128のテンポに合わせ
「お洒落の極地だ ファッションセンター 両手を掲げて クラッピョヘンザ ジャージにワイシャツ 絶対ヘンだ M・I・D・I トラックメイカー」
とひたすらに一貫性の無い意味不明なフレーズが続く。さらに、一般に電波ソングはアップテンポで転調や合の手など盛り上げるための技法が用いられることが多いが、この曲においてはそういった演出は無く、一定のテンポとローな印象のメロディを保ったまま終える。しかし歌詞のもつ圧倒的な奇矯さから界隈で人気を博した、ストロングな電波ソングといえるだろう。
ちなみに、必須条件ではないものの、「合いの手」という技法も多くの電波ソングに見られる特徴である。閉じた領域で、聞き手に寄り添うことなく、勝手に盛り上がっている印象が、馬鹿馬鹿しさと理解不能なハイセンスさを演出するのだろう。初めて使用されたのは、2003年発売の成人向けゲーム「カラフルキッス」の主題歌「さくらんぼキッス~爆発だも~ん~/KOTOKO」と言われている[3]。冒頭のサビの後「ハイハイ!」「キュンキュン」という合いの手が入る。前述の「ふぃぎゅあっと@メイト」に並び、2000年代にジャンルの発展に大きく貢献した立役者的楽曲である。
3.電子音の多用
テクノポップ、エレクトロニカ、EDM等々、現代音楽と呼ばれるジャンルに多く見られる特徴である。電波ソングと呼ばれる曲は、おそらく例外なく満たすといって過言ではないだろう。したがって、三要素の中で最も強い条件といえる。曲をハイセンスな印象にまとめ上げる機能を果たす。そもそも現代音楽というジャンルが、クラシックや大衆音楽といった既存の音楽様式に対するアンチテーゼとして発展してきたという背景をもつため、ポピュラーソングや大衆的アニメソングとは離れ、オタク的サブカルチャー文脈において発展してきた電波ソングとは親和性が高いのだろう。リーズナブルな特徴といえる。
検討1:電波ソングの始祖?
ニコニコ大百科(仮)によると、シンガーソングライターの桃井はるこは、1989年発売のゲームソフト「アイドル八犬伝」の主題歌「君はホエホエ娘/川崎実」が電波ソングの始祖とした[4]。しかし、これ以前にも上記の三要素を満たす電波ソングと呼べる曲は存在する。1982年放送の国民的アニメ「うる星やつら」のオープニング「ラムのラブソング/松谷祐子」である。
ドタバタラブコメにマッチした印象的なイントロ、ヒロインである「ラムちゃん」の一人称視点で語られる歌詞、おそらく最も国民的な電波ソングと言えるだろう。電波ソングの元祖の有力候補ではないだろうか?
同じく高橋留美子原作のアニメ「らんま1/2」のオープニング「じゃじゃ馬にさせないで/西尾悦子」は、歌詞の支離滅裂さがより強調され、作品との乖離が顕著になっている。上記のBに属する楽曲である。
検討2:高周波な感性がもたらすカタルシス
提案した三要素いずれにも共通する点として「既存の音楽文法のからの逸脱」が挙げられる。これは現代音楽のモチベーションにも通ずる理念であり、万人には理解しがたいような「高周波な」感性を保証する機能を果たしている。特に要素1に関して、物理的実体としての電波とは、高周波な電気エネルギーの波である。したがって、ボーカルの周波数の高さが、表現としての「電波」に説得力を与えてることは興味深い。さらに、ハイトーンなボーカル、ぶっとんだ電波な歌詞、鮮烈な電子音、それらはある種の「不快さ=有害性」と解釈することも可能である。しかし、それがジャンル特有のカタルシスをもたらし、中毒性を生むのではないだろうか。アルコールやニコチンは有害であるから中毒になるのと同様、画面から放たれる有害な音色が聞き手の脳を虜にしてきたのである。
今後の課題
電波ソングが成立するための三要素を提案し、その妥当性を具体例を交えて検討した。今後の課題として、筆者は以下3つを設定する:
Ⅰ:構成要素の条件判定
本稿で提案した3つの成立条件が、果たして必要十分条件であるのか、という疑問は自然である。すなわち「提案した三要素を満たすものの、電波ソングではないと言えるような曲はあるのか、もしくは作れるのか」という問題に落とし込むことができる。もし、必要十分条件であるならば、電波ソングをシステマティックに創出することが可能になるかもしれず、ジャンルの進歩において大いに期待が持てる。
Ⅱ:電波ソングを特徴づける臨界周波数帯の特定
要素1の項にて、男性ボーカルのような低い周波数の場合、電波ソングらしくなくなる旨を指摘したが、だとすれば、ボーカルの周波数を上げていくと、ある周波数帯を超えた時、電波ソングらしくなる「臨界周波数帯」なる領域が存在するはずで、その解明はチャレンジングな課題である。
Ⅲ:電波ソングのクラス分け
さまざまな電波ソングを、各構成要素の及ぼす影響の強さに応じてクラス分けを行う。そこから浮かび上がる「こうした楽曲には、このような傾向や方向性が見られる」といったような分析を行う。
参考文献
[1]井手口彰典、「欲望するコミュニティー萌えソング試論」、比較日本文化研究 第10号 (2006)。
[2] 電波ソングの真面目な考察 さしみちゃんもあるよ、 https://innocent-key.com/wordpress/?p=4973 (最終アクセス:2024/9)。
[3]黒めだか、「電波ソング」と「萌えソング」の関係、
https://sakana38.hatenablog.com/entry/2020/10/05/021637 (2010)。
[4]ニコニコ大百科(仮)
https://dic.nicovideo.jp/a/%E9%9B%BB%E6%B3%A2%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%82%B0 (最終アクセス:2024/9)。