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チェコ代表のWBC予選(5) 最終話 歓喜の瞬間
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この日の夜は天候に恵まれた。球場ストアで働く女性が笑いながら言った。
『このイベントの最終日に合わせて、ようやくいい天気になったわね。』と。
この大会、どのチームも初戦は硬さが目立った。降り続いた雨により選手の動きも固くなった。スペインは格下と目された南アフリカとの初戦で5-4と辛くも勝利。その翌日、チェコはスペインに7-21と大敗した。
この大会、シード権はWBSC(世界野球ソフトボール連盟)のランキングに基づいて決められていた。シード権はチェコとドイツ、そのため、スペインはすでに初戦で試合勘を取り戻し、調整を終えた状態でチェコ戦に臨むことができた。結果は21-7のコールド。チェコ代表は試合感を取り戻す前に決着がついてしまった。
それでもチェコ代表は必死に前を向いた。ハジム監督はチームを鼓舞した。ハジム監督の姿勢は取材陣も惹きつけた。実況はこう語る。
『正直、彼と話すのは楽しいよ。すごく表情豊かで、話してるときも飛び跳ねるような感じでね。選手の話を振ると、すごく熱くなって語ってくれるんだ。彼は本当に素晴らしいよ。」
ハジム監督は本当に野球が好きだ。選手達も野球が好きで好きでしょうがない。そして選手一人一人がこのチームの一員であること、国を背負って戦える喜びを誇りに思っている。
そんな彼らには心強いサポーターがいる。
今大会、チェコからサポーターがかけつけた。彼らは”ウルトラス”という。代表チームの試合があるとドラムを持ち込み、ドラムを叩きながら声を出して応援する。
このWBC予選でもフルサイズのドラムを3つ持ち込んだ。それをダグアウトの後ろにセットしたところ、球場スタッフに『うーん、それはちょっと無理ですね』と言われ、あっさりと拒否されてしまった。
ドラムを持ち込むことはできなかったが、紙製のメガホンを叩きながら声を張って応援した。
チェコ代表の選手達もウルトラスについてこう語る。
『スペインとの初戦、19点差をつけられても、ふとスタンドを見上げると、まだ僕たちの名前を叫んで応援し続けてくれていた。あのとき僕らは、『こんな形で終わるわけにはいかない』と強く思いました。スペイン相手に5回コールド負けなんて、絶対に受け入れられなかった。』
そして今、彼らはこの予選最終日、スペインへのリベンジのチャンスを手にしている。
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緊張感の高まるダイヤモンド、スタンドは声援で熱気に帯びていた。それはダグアウトも同じであった。
この大会、両チームのダグアウトにはマイクが設置されていた。チェコ代表のダグアウトの熱気、選手達の声がマイクを通じて放送席のヘッドセットに響いた。アウトを一つ重ねる度にチェコ代表のベンチが勢いに乗る様子がはっきり聞こえていた。勢いは確実にチェコにあった。
スペインのネルソン・プラダ監督は、難しい判断を迫られていた。スペインのブルペンには頼れるリリーフ陣が残っていなかった。昨日登板したリリーフの柱はこの試合では使えない。投手起用の悩みを抱えながら、リードを許す展開で試合が進んでしまった。
イギリスに代表決定戦でサヨナラ負けした昨夜の試合の影響がまだ残っていた。
スペインの選手たちはまるでエネルギーを失ったように見えた。“昨夜の余韻”が色濃く残っている状態。一番の痛手となったのは、クローザーのクルーズが最終回に打たれたホームラン。 イギリス戦で好投手を注ぎ込んで勝負を賭けたにもかかわらず、結果として敗戦を喫してしまった。
試合後、彼らはこう思ったはずである。
『まあ、明日チャンスがあるさ。』
実際に今日の試合が始まると、まだ昨日の敗戦の感情が抜けきれていない。 それがダグアウトの雰囲気やプレーの端々に表れていた。そのままイニングを重ねていた。
スペインの選手たちはメキシカンリーグ、ベネズエラでプレー、キューバ出身だったりと、バックグラウンドが様々である。
まさに世界中から集まってきた選手たちが戦う、“ワールド・ベースボール・クラシック”ならではの光景となったいた。
しかしチェコで生まれ育った選手で構成されるチェコ代表のダグアウトはスペインを圧倒していた。
お金で代表チームのロースターを作ることはできない。WBCはお金ではなく、その国を代表する選手たちが自然と集まるものだ。単に契約やビジネスで決まるものではなく、選手たちが”自分の国を背負って戦う”という共通の誇りによって結びついている。
これこそがWBCの魅力の一つである。
そしてチェコ共和国のような国が、この舞台に立つことの意味を忘れてはいけない。
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チェコでは野球は主要なスポーツではない。新聞の一面を飾ることもほとんどないだろう。でも、そんな国でも、本戦出場のチャンスがある。
もしこのまま勝利して3月の本戦でアメリカ代表と同じプールに入ったら?
それは、これまでMLBの世界を追いかけてきた選手たちにとって、一生に一度の大舞台になる。
ワールド・ベースボール・クラシックが生み出す“夢の瞬間”が、まさにここにある。
チェコ代表にとってその“夢の瞬間”まであと3イニング、シュナイダーからミナジークにバトンが受け渡された。
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後ろではムジーク一塁手が空を見上げている。
WBC予選やオリンピックなど国際大会の最終日には特別な空気が漂う。
この最終戦では、もはや監督が「投げられるか?」と確認する必要はない。どんな状態であろうと、選手たちは「大丈夫、行けます」と答える。チェコ代表のベンチと選手の間にこのようの連絡があったかは分からない。絆から生まれる采配もあるだろう。初戦のスペイン戦で1回7失点と打ち込まれたミナジークの信頼は微塵も揺らいでいなかった。
7回裏、ツーアウト1塁2塁、佳境を迎えたWBC予選に実況は力を込めた。
『想像してみてください。チェコのパベル・ハディム監督が東京ドームに足を踏み入れる瞬間を。 5万人の観衆が詰めかけたスタジアムで、日本代表と対戦する。 そんな舞台に立つことを考えただけで、鳥肌が立ちますよね。
一方で、スペインのネルソン・プラダ監督は豊富な経験を持っています。 彼の野球人生は長く、こうした大舞台も経験済み。ベネズエラでプレーし、指導者としても活躍しました。
こうした物語が交差し、どちらかのチームが3月のWBC本戦に進む。
この先に待っている瞬間を想像するだけで、ワクワクしてきませんか?』
スペインの1番バッター、ベルトレイの打球が一二塁間を抜けた。スペインに追撃の一点が入る、誰もがそう思った。しかしライトのフルプの強肩から放たれたボールは捕手チェルベンカのミットに吸い込まれ、ホームでアウトにした。ここでもチェコの守備が光った。
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スペインのランナー
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審判がインフィールドフライを宣告した。
9回裏ワンアウト一塁二塁、カウントツーボールノーストライク。
ボールが先行する状況にチェコ代表のバッテリーは苦しんでいた。しかし、スペインのバッターは打ち気に走った。結果はショートフライ。あとワンアウト。
『Pavel Chadim told us on the day-1 of this tournament that his team was from a small country with big dreams.』
(このWBC予選の初戦、チェコ代表のパベル・ハジム監督は『我々のチームは小さな国ですが大きな夢があります』と我々に紹介してくれました)
チェコがスペインをリードする展開に実況はその言葉に力を込めた。
チェコ代表の抑えのマウンドに立つミナジークはプレートを外し、帽子を取って呼吸を整えた。吐く息は白く、マウンドは静寂に包まれた。
球場は時が止まったような緊張が走り、すべての想いはミナジークに託された。彼の1球に人々の心が込められた。
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そして、
一塁に打球が飛んだ。ファーストを守るムジークが捌き、ベースカバーに入るミナジークを手で制して自ら一塁ベースを踏んだ。
チェコ代表が初めてWBCの出場権を獲得した瞬間であった。この瞬間がチェコ代表の夢が叶った瞬間であり、同時に次の夢が始まった瞬間でもあった。
「It’s a new day on the international landscape! Czech Republic is headed to the World baseball Classic!!」
(世界の野球の縮図が変わった新しい日です!チェコがWBCに初出場です!)
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ムジークが一塁ベースを踏んだ瞬間
選手達はグラブを外して天高くに放り投げ、歓喜の輪に加わった。夜空とチェコ代表の歓喜の輪、彼らの興奮がまた白い息となった。マウンド付近は興奮の渦で熱を帯びた。
ミナジークは安堵の表情でその光景を外から眺めていた。一塁のベースカバーに入ったミナジークからは少しだけ距離があった。
踊りながら喜びを表現する選手がいた。自分のポジションに座り込み、喜びを噛み締める選手がいた。長年代表を支えてきた選手同士で抱擁する姿もあった。
それぞれの選手の交錯する感情、込み上げる想い、彼らの背中が長年の苦労を物語っていた。
チェコの選手達は本業を抱える選手達である。監督は医師、エースは消防士であり、教師もいる。彼らにとってWBCは単なる国際大会ではなく、人生の大きなチャンスであり、誇りを持って国を背負って戦う。
翌年の3月にはMLBオールスターの選手達と対戦する。これこそが国際野球の美しさ、ワールド・ベースボール・クラシックの魅力である。その魅力に惹きつけられた男達の夢が今、叶った。
2022年9月、ドイツで行われたWBCの最終予選はチェコ代表の勝利で幕を閉じた。
「What an absolutely incredible game tonight. Massive congratulations, Pavel Chadim」
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(一旦おわり、次は本戦編)