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ショートショート2『小さいおじさん』

「ねぇ、ウィスキー飲んだ?」
夫の声がして、私はベッドから起き上がる。
今日は休みで二度寝をしていた。朝ごはんは食べていない。

「飲んでないよ。」
そう言いながら台所に行きウィスキーを見ると、瓶の中身は1/4より少ないくらいだった。

「何か量が減ってる気がするんだよ。あれ、パンも食べた?」
「変わってなくない?それに今朝は何も食べてないよ。間食もしてない。」
私は本当に何も変わっていないと思ったが、続けて、
「小さいおじさんがいるんじゃないの?」とふざけて言った。


小さいおじさん。
うちにはきっと小さいおじさんが隠れ住んでいて、私たちが留守だったり寝静まった頃、こっそり出てきてウィスキーを飲み、パンを齧ったのである。

私の妄想話に夫は、
「そんなのないよ。」と笑った。


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7ヶ月後。

「歯磨き粉どこにやった?」
「私も探してたんだよ。なかったから、このあいだ旅行で使った小さいのを出しておいたよ。」
「どこにやっちゃったんだろう。」
「冷蔵庫の中とか?」
私はまたふざけて言った。
念の為冷蔵庫を開けてみるも、歯磨き粉はどこにもなかった。


その夜、
ガタン!!!
と扉が閉まるような、開くような、大きな音で目が覚めた。
夫がトイレにでも行って倒れたのか?
起き上がろうとすると、夫は隣で静かに寝息を立てていた。私は首を傾げ、再び眠りに就いた。

翌朝も、旅行に持って行った小さなチューブの歯磨き粉で歯を磨いた。
そして夜。なくなっていた歯磨き粉が、いつもの場所に戻っていた。

「あ、あった。」
「きっと小さなおじさんが返しに来てくれたんだよ。昨日の夜、ガタンって大きな音がしたんだよ。」
昨日の音は、小さなおじさんが起こしたものに違いないと思った。

「そんなのないよ。」
「大きな音を立てちゃったものだから、その夜は出てこれなくて、さっき返しに来てくれたんだよ。」


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数日後。

「俺の櫛がないんだけど。」
「また小さなおじさんが持って行って、返し忘れてるんじゃない?」


おーい、小さなおじさん。
私たちはこれから買い物に出掛けますよ。
夫の櫛、元の場所に置いておいてくださいね。

私はそう言って、夫と家を出た。
台所には6枚切りのパンが残り2枚と半分、そして未開封のワインが1本ある。

帰宅すると、夫の櫛がいつもの場所に戻っていた。





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実話を元にした話『小さなおじさん』
実際には、櫛は翌日の夕方に見つかりました。
2024.08.11


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