恋人の背中を踏む機会について
どうしても書きたくて眠れなくなった。
私たちは、最近月5万円の小さな城を建てている(月5万円の家賃を支払い、六畳一間の小さなアパートに半同棲のような形で住んでいる)。
2か月前には何もなかったその部屋は、今では必要最低限かつ私たちが必要と認めたいとおしい雑貨たちに彩られ、着々と城っぽくなっている。
城とは、本物の城でなくて、私たちにとっての価値という意味で、タワマンでなくても広尾の豪邸でなくてもいいのだ。二人の価値観をすり合わせながら必要な雑貨をそろえた部屋を、城以外のなんと形容できようか。
某各店で私がほれ込んだペンダントライトがあり、キッチンにどうしても取り付けたくて買った。意気揚々箱から出して取り付けようとしたとき、私たちの背丈では天井まで手が届かないことが分かった。
どうしよう?
まだ家具がそろっていない頃だったので、椅子もなかった。シンクによじ登って取り付けるにはちょっと危ない位置にある。
彼は、準備をきちんとしてから実行するタイプだ。
明日脚立を買ってくるから、それからでもいいんじゃない?と言う。
一方で私は見切り発車なことが多く、しかもやると決めたらある程度形になるまで見届けたい性格なので、このペンダントライトを備えたキッチンを見るまでは、どうしてもそこから動きたくなかった。
やだ!今日!今日取り付けます!
ライトと天井を見比べ、彼はまず私を抱っこするといった。
試した。
もちろん届かない。
じゃあ、おんぶ?
試した、もちろん届かない。
後になって考えればわかることだが、おんぶもだっこも私の足が地面から離れるだけで、腰から上の高さはあまり変わらないのだ。二人そろってバカだけど、同棲をはじめたてのカップルとはこういうもんだ。
あ、じゃあシンプルに踏み台になってよ。
といったのは私である。とんだ悪役令嬢である。
彼ははじめはきょとんと、そして、あっ、そういうこと?と理解すると、素直に地べたに四つ這いとなった。私があまりに重かったら背骨を折るかもしれないから、ちゃんと丸まって、額も床につきなさいとお願いした。あくまで「お願い」した。
とても委縮した土下座のような格好になった彼は、その体制のまま、いつでもいいよ!と元気よく言った。私はシンクに捕まりながら、恐る恐る彼の背中を踏んだ。
大丈夫?!ごめん重いよね!
大丈夫だから続けて!
私の足の裏は、彼の背骨の位置を明確に探り当て、そこを避けて脊柱起立筋の上に安定した。私は学生時代にもみほぐし60分3980円の店でアルバイトをしていたので、筋肉の構造を知っていたのだ。まさかこんなところでその知識が役に立つとは思ってなかった。ありがとう、中島さん(私にマッサージの研修をしてくれた人)。
筋肉を踏まれているぶんには気持ちいいから大丈夫!と、謎の申告をしてくる彼。しかしこれは、私の重さに耐えられるかのリハーサルだったので、彼は無駄に踏まれたことになってしまった。まあでも、気持ちよかったなら、いいのか。
次は私がバランスを崩し中断、2度目は、背中に乗ったはいいもののライトの取り付け方がいまいちわからず中断。3度目はようやく設置できたものの、ペンダントライトの紐の長さが長すぎてやり直し。
合計彼は4回も私に背中を踏まれ、ようやくライトが取り付けられ、キッチンに明かりが灯った。
あ、かわいいねえ。
さっきまで私に踏まれていた彼も、完成したキッチンを見て笑った。オレンジ色の電球を選んでよかった。部屋がとてもあったかくなった感じがする。
以降、そのライトの電気をつけるたび、彼の背中を踏み台にして取り付けたことを思い出す。
ハグをしたときに私の顎が彼の肩に乗り、視線は自然と天井に向く。
その先に、たいていそのペンダントライトがある。
ただいまのハグのとき、おいしい料理を作った日のハグのとき、お風呂上りのいい匂いの彼を抱きしめるとき、そのペンダントライトを見て、彼の脊柱起立筋を思い出す。
そんなランプのつけ方をしたのは初めてだから、きっと電球を変えるたびに思い出す。たぶん一生、思い出す。