初投稿
はじめまして。れこと申します。
この度noteを始めてみました。
特に目的や伝えたいことがあるわけでもないですが、
就活や今後の人生のおいて
何らかの形で役立つといいな、という気持ちで投稿しています。
ご存知の方はごく少数だと思いますが、イメージ的には
体操小僧による『小僧解体新書』のようなテンションでやっていこうと
密かに思っております。
そうです、私は現在大学生。
周りの同級生はすでに内定をもらっていたりする頃ですが、
私は来年の3月まで休学中です。
後述しますが、特にやりたいことがあっての休学でもないので、
私にはとにかく時間があるのです。
自分と向き合うことができるというポジティブな面もありますが、
周りのみんなと違い、時間が有り余っていることへのコンプレックスや、
就活に対する不安など、何かと余計なことも考えてしまいます。
とりあえず何かはしないと不安に飲み込まれそうになるので、
できることから始めてみようと思い、文章を書いてみています。
ちなみに、誰かに読んでもらうというよりは、自分のための記録のような
noteにしようと思っております。
ただ、私の投稿が幸運なことに誰かの目に留まったのであれば、
それはそれですごく嬉しいので、いいねやフォロー等、
リアクションがあると励みになります。
ではでは、初投稿ということで、私のこれまでの生い立ちについてでも
振り返ってみることとします。
誕生~小学校入学
優しすぎてふにゃふにゃな父と、元気でしっかり者の母の間に生まれました。
長女です。
正直あまり小さい頃の記憶はないのですが、母が残しておいてくれた
アルバムから推測するに、大事に育てられたのだと思います。
母によると、小さい頃の私は手のかからない、すごく良い子だったそうです。
常にぐっすり寝ていて、ぐずることも少なく、夜泣きに関しては、
「時計を見て泣いているんじゃないかってくらい毎日同じ時間帯に
泣いていたよ!」
といつも興奮気味に母は言います。
確かに地味にすごいですよね、それ。
食事のときには、口に合わないものがあった際、私はペッと吐き出さずに
スッと真顔になり、受け付けないことを態度で示していたみたいです。
そういうのを聞くと、私って良い子なんだなぁと誇らしいような気持ちに
なります。
小学生時代
小学生時代には、思い出したくないような恥ずかしい思い出がたくさんあります。
そのような思い出がたくさん出来てしまった原因が、泣き虫であったこと、
そして早生まれのためなのか、周りの同級生と比べて精神的に幼かったこと
です。
恥ずかしエピソードは、入学してからすぐ誕生します。
小学校に入学してから最初の2か月ほど、私は1人で教室まで行くことが
できませんでした。
母から離れることが出来ず、母にしがみつきながら教室の前まで行き、
母が「じゃあね」と離れようとする度に、大号泣していました。
しかも廊下で。
みんなが、泣いている私を横目に登校していました。
当時の担任の先生が、女性なのですがクレヨンしんちゃんのまつざか先生
のような雰囲気で、私にとっては怖かったため、先生が教室に来ると渋々
教室に入りました。
学校に行きたくない理由があったわけではなく、とにかく母と離れるのが
不安だったのです。
私の小学校では1年に2回遠足があったのですが、おそらく1年生のときの
遠足は2回とも欠席していたと思います。
結局、図工の先生が私のことを気にかけてくださって、
直接教室に行くのではなく、図工室でのお絵かきやおしゃべりを経由する
ことで、1人で教室に行けるようになりました。
芸術に救われたような形ですが、今は特に図工の授業や芸術に思い入れがあるわけではないです。
もし私が今図工の先生やイラスト関係の仕事などやっていれば、ドラマがあったんですけどね…。
まあとにかく、本当に泣き虫で弱い小学生でした。
泣き虫というのはかなり厄介な性格です。
人が複数人いたとして、その中で1人だけ泣いているとすると、
周りから見ると「この人たちがこの子を泣かせたんだ」と思われやすいのです。
要するに、泣くことで被害者面をすることができるということです。
すると、「こいつと関わると自分が悪者扱いされる」ということで
面倒くさがられ、私の周りから人がいなくなっていきました。
6年生までに友達は一応数人できましたが、とにかく小学生の私は
未熟なところが多すぎて、いい小学生時代だったとは言い難いです。
ですが、また今度気が向いたら、小学生時代の思い出を詳しく書いてみようと思います。
中学生時代
小学生時代とは打って変わり、中学生のときの私は、今でもすごかったなぁ
と思います。
まず、中学に入学してから部活を始めました。
バレーボール部に入ったのですが、なんと部活見学なしでいきなり入部しました。
今考えると信じられないです。
他のみんなは見学をして、ある程度先輩方に顔を知られた状態で入部手続きに入っているのに、入部会でいきなり見たことのない顔が入部しようとしている…!と先輩方はさぞ驚いたことでしょう。
ただ、世間知らずすぎて、見学をしてから入部するという当たり前の流れを
知らなかった私は、「部活入るけどどれにしようかな、まぁバレーにするか」という今日着る服を選ぶくらいの感覚で入部を決めていました。
本当に信じられないです。
ですが、部活に入ったことをきっかけに、私は活発で社交的な人間になっていきました。
同じ学年の生徒全員の前に立ってダンスを披露したり、他校の生徒の前で
ギャグをしたり、部活紹介でずっと1人で話し続けたり…
とにかく目立つ役を自ら引き受け、人の前に立って何かすることが大好きな中学生でした。
本気でお笑い芸人を目指していたほどです。
「調子に乗ってる」とか「イキってる」という見方もできるし、当時そのように思っていた生徒もいたと思います。
それでも当時の私は一貫して調子に乗り続けていました。
この時期が一番自分に自信があったような気がします。
中学生の自分は、何も知らないのに堂々と行動したり、みんなの注目を
浴びるポジションに自信たっぷりでいれたり、本当にすごいなと今となっては尊敬しています。自分じゃないみたい。
高校時代
私は高校に入って、勉強に目覚めます。
完璧主義なところがある私は、学校のテストや模試すべてで良い成績を
残したくて、勉強に励んでいました。
よく、「『テスト勉強してないよ~』と言いつつ点数の良い人」というのが
学校あるあるとして挙げられると思いますが、私が完全にそれでした。
実際家でバリバリ何時間も勉強していたわけではなかったというのは
事実ですが、毎回の授業はかなり集中して聞いていました。
授業のうちで理解できないところを潰し、出された宿題にはそれをやる意味を見出してとんでもなく真面目にこなし、テスト前には教科書の問題を解き直すという勉強法で、学校でのテストでは常にトップ層にいました。
今書いてみて思ったのですが、私ってストイックなのかもしれませんね。
筋トレとかもやってみると上手くいくタイプなのかもしれない…。
まあそんなこんなで、大学共通テストのための勉強にも一生懸命取り組みました。
「なんでみんなはこんなに勉強してないの?」という過激で攻撃的な思想に
なるくらいには一生懸命勉強しました。
その結果、中学のときと比べてかなり内向的になったのです。
中学で急にボーンと跳ね上がった外向性が、高校でまた落ち着いたという感じですね。
そして私は県では名門とされている大学に進学します。
大学入学~現在
大学に入学して一番に思ったのは、
「友達ってどうやって作るんだっけ」
ということです。
思い返してみれば、高校の初めのうちは、中学の頃のテンションで周りのクラスメートに話しかけまくり、少し浮いてしまっていました。
そのため、大学では慎重に友達作りをしようと思ったのです。
しかし!
慎重になりすぎて話しかけることすらできない!
由々しき事態です。
パンデミックの影響がまだ尾を引いていたころに入学したことも災いし、
私は親しい友達ができないまま大学3年生を終えました。
現在は休学中で、とても時間があります。
そのため、
「授業を一緒に受けれるような仲の人すらいないという事実に
コンプレックスを抱くことなく、それを受け入れながら過ごすためには、
私は何をして何を考え、どう生きるべきか」
ということについてずっと考えています。
最後に
顔も名も知らない私に、きっと誰も興味がないと思いますが、
ここまで読んでくださったあなた、ありがとうございます。
私は何かと考える癖のある人で、常に思考がぐるぐる回っているので、
noteでそれを言語化して誰かに伝える練習をしてみようと思います。
興味があったら、また私のnote覗いてみてくれると嬉しいです。
ではまた!
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