新型コロナ(COVID-19)予後のこと③


退院してからのこと

真夏の、7日間の入院生活はあっという間に過ぎていき、いよいよ退院日。
前日まで真夏日で扱ったはずが、退院日は朝から雨。そのうえ、寒気が入ってきたと気温は10度ほど下がっていた(19度だったかな?)。寒い。半袖しか持っていなかったので、持ってきた服を重ねてきて、タオルを肩にかけて、タクシーに乗って自宅へ帰った。(すでに病気は陰性だったのでタクシーもOKでした。)

徒歩でも20分ほどの病院だったので、タクシーでは10分ほどで帰宅。荷物を持って降りる・・・が、足の筋力が落ちてしまって、降りようとしてよろける。体をおろしてから、荷物を持ってタクシーを見送り、家に入ろうとするも玄関の段差で再び、よろける。隔離のため、病室とトイレとの往復だけ、ほかはベッドの上で過ごしていて、ほとんど歩くこともなく、運動もしなかった1週間で、恐ろしほどに筋力が落ちた。自宅の階段が登れなかった。驚きだったのと、たった1週間でここまで筋力が落ちるのかと、高齢者の寝たきりになる過程を身をもって体験、運動の大切さを身をもって知った。

そこから1週間は、自宅から10分以内の範囲で生活、坂道も多いのでよい運動と散歩を繰り返した。仕事はちょうど切れていたので、仕事など気にすることなく、筋トレと肺活量の復活へと自主的なリハビリを行う。のちに、毎日のスクワットと、歌を歌うことで肺活量を鍛えることを知った。(今もできるだけ意識するようにしています)3週間目に久しぶりに友人たちと会うことになって、ランチを食べたり、話したりして、生きていることの楽しみ、喜びをひしひしと感じた時間となった。

1年半後に2回目罹患、アフターコロナについて

1年ほどは、自然免疫があるから、という研究結果があったので、体力が戻ってきてからは気楽に外を出歩いていた。直後に、がん検診を受けて、乳がんが発覚して治療に1年ほどかかった。(それはまた別の記事にて)その治療が終わり、旅行へ行ったり、歌を習ったりしてゆっくりだけれども、好きなことをして過ごしていたが、今度は、高齢の母が、通っていた整形外科クリニックへ行った翌々日に発熱。症状を見ていて、コロナだとわかったので彼女の部屋に隔離、ご飯を運ぶ。でも、油断があったのか、さらに翌々日に移ってしまって、38度の熱でダウン。そのころに、母は回復の方向で、ご飯づくりを交代。ほかにも宅配弁当を活用して食事はしのいだ。(今回は互いに軽症だったので、特に検査も受けなかった。保健所への通知は不要な時期に入っていた)

症状は四日程度で収まり、次第に体は戻っていくはずだった。
が、高齢の母は、症状は治まったものの、がんばりやの母が、朝起きてこない、30分経つと、またベッドに寝込む、という状態がずっと続いた。3週間たったころには、筋力が落ちてしまって、前回の私よりもひどい体力低下で、階段はおろか、鍋やフライパンが持てない、食器も一番軽いもの(お茶碗と、木製の味噌汁のお椀と、小さなお皿のみ)しか持てなくなってしまった。
そして、気力も落ちて、老人性うつとなってしまった。

私自身も、このあと、全身性の皮膚炎を発症。乳がんの治療の副作用と相まって免疫暴走で、アレルギー性の皮膚炎がひどく、5月の心地いい季節のころは寝たきりとなっていた。家族総出で倒れてしまった。

当時は、アフターコロナといえるかわからないまま、ひとまず、高齢の母と50歳の私は、買い物へ行くのがやっとな状態が数か月続いた。

直し方については④へ続きます。

④につながりますが、回復には
・タンパク質(良質の鶏肉をメインに、時々、ほかの肉と、豆腐や納豆)
・毎日少しでも運動、ラジオ体操など
・気功、および鍼灸(東洋医学)
・メンタルケア(シュタイナー式の療法)
・生活時間をきちんとすること
が大切でした。

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