お兄ちゃんのせいで心臓がやばい!


「あー!!!わたしのプリン!!」

今⽇は週末。疲れた私を待っていたはずのプリンは…兄に⾷われていた。

「期間限定数量限定の⾼級プリンだったのにぃぃーーーーーー!!!!!お兄ちゃんのバカ!!」

呑気に「おかえりー」と返してきた兄はプリンと私を⾒⽐べて、おもむろにスプーンを差し出してきた。

「最後の⼀⼝、いる?」

もちろん⾷べないはずはない。そのままパッと⼝に⼊れる。⼝の中に⼊れた途端にとろける⾆触りとふわりと広がる濃厚な卵のあじわい。そこに絶妙な苦味のカラメルソースがさらに卵の⽢味を引き⽴てる。


「おっいし〜!⻑い間並んだ甲斐あったわ。…なのに、最後の⼀⼝ってどういうこと?」

「あーごめん。やけにおいしいと思った。今度同じの買ってくるからさ、ゆるして?」

私よりも⼋つ上のはずのこの兄はやけに顔が整っている。その顔に負けそうになる…いやいや!


「私は週末の試験明けの今⽇!⾷べたかったのに。しかもそれ明⽇までだし。」

つい恨めしげに睨んでしまう。

「明⽇は仕事休みだから、買ってくるよ。ついでにケーキも。」

「シュクレのがいい。」


そういうと苦笑いしながら了承してくれる。この⼈は妹に⽢いのだ。

しょうがないなーと許すことにすると、優しく微笑みながら頭を撫でてくる。⼀度⼦どもじゃないんだからと⽌めたことがあるが、癖になっていてやめられないらしい。

「試験お疲れ様。おやすみ。」


おやすみを返すと、部屋へと消えた兄を⾒送って私も部屋へと戻る。

部屋の中に⼊るとすぐに布団へダイブする。ボフッと⾳がするが気にしない。お気に⼊りのぶさくまクッションに顔を埋めた。


「あぁぁぁぁ!お兄ちゃんと間接キスしちゃったよーー!プリンに名前書かなくてよかったー。今⽇もかっこいい!やさしい!頭撫でてもらっちゃった!そうだ。顔⾚くなってなかったかな?」

がばっと顔を上げて鏡を⾒る。そこには⿊髪の⻑髪に⿊⽬の、いつもの平凡な顔が写っている。ほんのりほおが⾚くなっているが、兄の前では⼤丈夫だっただろうか。外から帰ってきたからと思ってくれただろうか。そもそも兄妹だ。こんな⼼配するだけ無駄かもしれない。

だが、諦めようとしても諦められないのだ、⼀⽣隠し通すと決めた。でもそろそろ、彼⽒とか聞かれるかな…。はぁ、とため息が出る。いったいいつからこんなにも好きになってしまったのか。そんなの、初めからとしか⾔いようがない。

私が兄に出会ったのは、15 年前。それまではシングルファザーとして⽗が男⼀⼈で頑張ってくれていた。

けれど私が⼤きくなっていくにつれて⺟親が必要だと考えていたらしい。同じようにシングルマザーとして⼀⼈息⼦を育てていた職場の⼥性と相談しあっているうちに距離が縮まり、結婚することになったらしい。

初めて顔を合わせたのが私が6歳、兄が14歳の時だった。

その時の私は引っ込み思案で、⽗にしがみつき、後ろから出てこない私にそれでも優しくよろしくと⼿を差し伸べてくれた兄に、学校に⾏くといって引き離されると⼤泣きするぐらいにはなついていった。

その後も兄⼤好きっ⼦のまま時は流れ、兄と同じ⾼校にいき、⼤学も兄と同じところに⾏こうとしたが、ちゃんと考えて選べと兄に怒られた。

そうして決めた⼤学は、兄の職場に近いところだった。その頃には⼀⼈暮らしをしていた兄は、⼥の⼦⼀⼈じゃ危ないからと家においでと⾔ってくれたのでそれに⽢えて今に⾄る。

正直、最初は天にも登る気持ちだった。⼤学から家を離れていた兄とまた⼀緒に暮らせるのだ。そりゃもう嬉しかった。しかしあれから三年⽬。無理。しんどい。

どうして、⼤好きな⼈の⾵呂上がりを⾒て平気な顔でいられる?頭ポンポンは常、流れるようなあーん、ちょっとでも顔を⾚くしようものなら熱があるの?と額を合わせてくる。

よく今まで私の⼼臓が保っているなと感⼼する。

兄もそろそろ気づくんじゃなかろーかと毎⽇冷や冷やしているんだがそんなことはない。

なぜならあの兄、恋愛ごとに関するあれこれに超絶鈍い。

経験はあるとは思うんだが…なにせ本命チョコを義理だと勘違いする程度には鈍い。直接好きだと⾔わない限りはこの気持ちは伝わらないだろう。


…このように。

「麗奈さん!僕と、付き合ってください!」


またかとついため息が溢れる。

ここは⼤学裏の⼈気の少ないスペースだ。近くには⼈の多い広場もある。万が⼀何かあったときのために、場所はいつもここだ。昔、襲われかけたことがあったから。

⾼校でも告⽩はされてきた。けれど、⼤学にきてなぜか、告⽩される回数が多くなったように感じる。毎回、返事は決まっているのだが。


「ごめんなさい。好きな⼈がいるので。」

だが相⼿はそれがわかっていたのだろう。少し肩を落としただけだった。


「相⼿を、聞いても?」


「秘密です。」


そう⾔ってその場を後にする。なぜこんなにも告⽩されるのだろうか。⼀度も話したことがない⼈が多い以上、⾒た⽬なんだろうが、⾃分より可愛い⼦なんて⾒渡したらそこら中にいる。

そもそもそんなに可愛かったら兄に意識されたかもしれないのに。⽬線を下に落とすと、少々頼りない胸が⽬に⼊る。せめて胸だけでもあったら誘惑できたかもしれないのに。

⼤学の廊下を歩いていると、引き留める声がする。振り返ると、飄々とした顔をした、いつも⼥の⼦からもてはやされている川⾕ 翔がいた。こいつの顔を⾒るたび、なによ、お兄ちゃんの⽅がかっこいいし。と謎の対抗⼼が⽣まれてくる。要は、嫌いなのだ。無視して先に⾏こうとすると、追いかけてきて道を塞がれる。⾜が⻑いせいで、歩幅が広い。


「次移動なんです。邪魔しないでくれますか。川⾕先輩。」


「えー。じゃあそこまででいいから話そうよ。」


わざと⼤袈裟にため息をついて歩きだす。話すと⾔っても、この⼈はいつも同じことしか⾔わない。


「ねぇ、いつ俺と付き合ってくれんの?そろそろいいんじゃない?もう⼗分焦らされたよ。」


なにが、そろそろ、だ。こちとらお前の顔を⾒ることすら嫌なんだ。兄と⽴場交換しろ。うざい。なんでこんなストレスの塊がついてくるんだ。


「いつもなにも、あなたと付き合う気は⽑頭ありません。何度⾔わせれば気が済むんですか。そろそろ諦めてください。」


「ふーん。でも、麗奈ちゃんの恋、どうせ叶わないんでしょ?だったら、俺にしといたほうがいいと思うけどな。」


つい⾜が⽌まり、がばっと彼の顔を凝視する。「あ、図星?」と⾔ってへらへら笑う男に、嵌められたことに気づく。苦⾍を噛み締めたみたいだ。


「そんなに⾒つめないでよ。照れちゃうなあ。相⼿は誰?叔⽗さん?お⽗さん?お兄ちゃん?弟?それとも⼥の⼦とか!………あぁ、兄か。」


含んだ笑みを浮かべたその⽬が射抜いてくる。

出来るだけ無表情を貫いていたはずなのに⾒抜かれたことに冷や汗が出る。

いつの間にか⽬的地の前まで来ていた。そこらはしんと静まり返っている。

笑みを深めた彼はおちゃらけた様⼦で⾔う。


「そんな怖い顔しないでよ。別に脅そうってわけじゃない。ただ、そんなかないっこない禁忌の恋より、俺の⽅がいいと思うってだけだよ。」


「⾔っておきますが、兄のほうが数千倍もいい男です。兄が好きなのは認めますが、別に恋愛の意味で好きなわけではありません。では、講義に遅れますので失礼します。」


「……まったく、⼿強いねぇ。」


川⾕のそのつぶやきは、冷たい空気に吸い込まれていった。



なになになになになんなの?何で気付かれたの?怖いんだけど!もうやだ!何でみんな私に寄ってくるのよ!とにかく、もう今⽇はもうあの⼈には会いたくないな…。

1⽇の講義が終わり、⼀⼈鬱々とした気分で家に帰ろうと⾜を向けたときだった。


「麗奈!どうしたの、そんな険しい顔して。」


「鈴〜!助けてー!もうやだ!」


私に気付いて近づいてきたのは中学の頃からの友達の波原 鈴。唯⼀私の思いを知っていて、よく相談に乗ってくれる。内容のほとんどは愚痴だけど。今⽇も話を聞いてくれるらしく、⼀⼈暮らしの彼⼥の家にお邪魔させてもらうことになった。

−今⽇は鈴の家に泊まることになった!夜ご飯作れなくてごめんね。⼀応昨⽇の残りが冷蔵庫にあります。なんでもいいからご飯ちゃんと⾷べてね。-


「…と。メールよし。」


今⽇はちょっとここ最近の⾊々を吐き出したくて遅くなりそうだったから泊まって⾏くことにした。

お兄ちゃんはよく仕事に熱中しすぎてご飯を忘れることが多いから、私が作って呼びに⾏くんだけど、こう⾔う時は⼼配だ。メールしたし、⼤丈夫だと思うんだけど。作れないのが⼼苦しい…でも⾊々吐き出さないと。⼼がいっぱいいっぱいなんだ。


「ほら。ひとりで悶々としてないで。さっさと吐き出しなさいな。」


そう⾔って鈴が⽬の前に置いたのはアルコールの薄いカクテルジュース。それをちびちび

舐めながら、⼝を開く。


「お兄ちゃんが好きすぎてつらい。」


「あんたねー。最初に⾔ったでしょうが。⼀緒に暮らすと⾟くなるかもよって。」


「うーーーー。」


そういってソファの上にあったクッションを⼿に取り顔を押し付ける。


「まあそれはいつものことだし、あんなに悩んでた原因は他にあるんでしょ。」


何でもお⾒通しな彼⼥には隠し事なんてできない。隠そうとも思わない。


「最近、告⽩させることが増えた…その上川⻄先輩が全然諦めてくれないし、しかも私の顔を読まれてお兄ちゃんが好きなことばれたんだけど…どうしよう。もうやだ。⼤学⾏きたくない。でも講義聞きたいし。お兄ちゃん⼼配させたくない…。」


そこまで⾔うと上げていた顔をまたクッションに戻して、膝を抱えて蹲る。


「そりゃーあんた、最近化粧し始めたからよ。元々可愛いのにさらに可愛くなって、体つきもスラッとしてて綺麗だし、その上性格も物腰柔らかで優しくて誰にでも笑顔を⾒せてくれる。そのくせ時々物憂げ顔でため息なんてつくんだから男なんてイチコロよ。」


そんなの知るか。だからといって何でこんなに告⽩してくる⼈数が多いんだ。内に秘めておくものじゃないのか。普通は。


「私だって告⽩したいのに。」


ぼそっとつぶやいた⾔葉はクッションに吸い込まれる。


「川谷先輩はねー。どうにも。あの⼈⼼理学専攻だし。もういっそお兄さんに協⼒してもらって彼⽒ですって紹介しちゃえば?そしたらそれ以外の告⽩も減ると思うし。」


「お兄ちゃんってばれてるのに?それに川⾕先輩に嘘なんて通じなさそー…。」


そういうとにやっと笑って、


「別に川内先輩にはばれたっていいじゃない。麗奈のお兄さん相当シスコンだから恋人同士って言っても疑われないでしょ。あんたらスキンシップ激しいしね。この歳になっても遊びに⾏くのに男じゃないかどうか確認するなんて重度のシスコンよ。というか執着までいってそう。」


そう。お兄ちゃんは好きな⼈とかいないの?とか聞いてくるくせに男に関して過剰反応する。

男友達なんてできたことがないけど、幼い頃は幼稚園の〇〇くんがねーと話すだけで「その⼦が好きなのかい?」と聞いてきた。その度に私が好きなのはお兄ちゃんだもん!とふてくされていた私も私だが。

「あんた知らないと思うけど、お兄さんが卒業したあともちょくちょく顔を出しては麗奈に⼿を出した奴は殺すみたいな勢いで周りを威圧してたのよ。だから⾼校の時は告⽩が少なかったの。元敏腕⽣徒会⻑に睨まれちゃ溜まったもんじゃないわ。」


「私⽣徒会にアドバイスするためだと思ってた…。」


お兄ちゃんがやっていたことに愕然とする。もちろん嫌な気なんてしない。私のためにわざわざそんなことをやってくれていたなんて。⼝がにやけてしまう。

それを⾒てはぁー。と⼤きなため息をついた鈴は呆れたように苦笑いを向けてくる。


「普通はそこまでされると嫌だと思うんだけどねぇ。まぁだから、お兄さん効果はあるとは思うよ。⼤学でも。お兄さんすごいかっこいいもん。しかもあんたと顔似てないから、兄妹並んでても側から⾒るとお似合いカップルにしか⾒えないよ。」


「お兄ちゃんがかっこいいのは認めるけど私は平凡顔だよ。カップルに⾒えるなら、嬉しいけど…。」


⾃然と顔が熱くなってくる。鈴から⾒たら顔があかくなっているのが丸わかりだろう。

お兄ちゃん、もし私が彼⽒役をしてくれって⾔ったらどう思うんだろう…。迷惑かな。迷惑だよね、仕事もあるし。彼⽒役なんて、普通お兄ちゃんに頼まないし。でも優しいお兄ちゃんのことだから、困ってるって⾔ったら頷いてくれそうだ。でも私がもしボロを出して本当に好きだってばれたらどうしよう。


「…お兄ちゃん、協⼒してくれるかな。迷惑じゃないかな…そうだ。お兄ちゃんに彼⼥いるか私知らない。いたらどうしよう…聞くの怖い…やっぱり無理じゃない?お兄ちゃんを彼⽒役になんて。」


はぁーー。とまた⻑いため息をつかれた。


「あんたねぇ…じゃあ、頼むついでに聞いちゃいなさい。それならハードル下がるでしょ。それと、可愛い妹からの頼みなんだから悩みこそすれ、迷惑になんて思うわけないわ。あのお兄さんだもの。」


「うぇ。でも、もし引き受けてくれたとして、⼤学にきたらお兄ちゃんのかっこよさがばれて、お兄ちゃんのこと好きな⼈絶対増える…。それに、もしかしたら私が本当にお兄ちゃんのことが好きだって本⼈にばれるかも。」


クッションから⽬線だけを鈴に向ける。鈴は困ったような呆れたような顔をしている。


「あんたがお兄ちゃんを好きって思いは普段からダダ漏れなんだから、今更よ。幸い、お兄さんはそれを兄妹として、って捉えてくれてるらしいけど。お兄さんのことを好きな⼈なんて⼤勢いるんだからそれこそ今更。嫌だったら、あんたが牽制したらいいわよ。私たちの間には誰にも⼊る隙なんてないのよ〜ってね。」


それはベタベタしろって⾔うことか。そんなの私の⼼臓が持つわけがない。でもこのプランが本当に実現できたら、きっと毎⽇のストレスは減るとは思う。


「う〜聞くだけ聞いてみる。」


「そうしなさい。それにしても、あんたもいろいろ⼤変ね。昔からだけど、年々ひどくなるなんて相当よ。いつでも話は聞いてあげるから、ため込むんじゃないわよ。」


と同情するような表情で⾔われた。

本当に鈴の存在はありがたい。昔から相談に乗ってくれて、兄のことを打ち明けた時も私は友達じゃいられないかもしれないって覚悟していたのに、責めたりなんてされなかったし、⽌められもしなかった。むしろそれまで以上に気にかけてくれるようになった。

彼⼥がいなかったら今頃精神を病んでいたかもしれない。それほど思い詰めていたこともあった。

「ありがと。」とつぶやくと、照れた鈴の顔がほんのりピンク⾊に染まる。顔が整ってて、美⼈だから冷たく⾒えるんだけど、こう⾔うところがすごく可愛い。

鈴の⽅がモテてしかるべきなのに。告⽩しにくいのかな。密かな⼈気がありそうだ。この前、好きな⼈いないの?と聞いたところ、

「興味ない。」 らしい。

そうしてあとは雑談をゆるゆるとして⽇は暮れていった。


その週の⽇曜⽇。あれから今⽇まで⼼の準備をしていたけど、未だできない。でもずるずると伸ばすとそれだけ精神的ストレスが溜まっていくのと、鈴に負担をかけることになる。ずっと⼼配をかけているのも申し訳ない。ええい、ままよ!とリビングのソファでくつろいでいるお兄ちゃんの前に歩を進めた。

お兄ちゃんは読んでいた本から顔を上げると、優しい笑顔で隣をポンポンと叩いた。隣に座れと⾔うことか。

⼤⼈しくぽすんと座ると、話を聞く体制を整えてくれた。じんわりと⼿汗の滲む掌を握り、

ゆっくりと深呼吸をする。


「あ、あのね、お願いがあるの。」


「俺にお願い?嬉しいな。何でも⾔ってよ。さすがに、無茶なことは聞けないけど。」


最後に申し訳なさそうな顔をして謝る姿に、驚く。そんなこと当たり前だろう。て⾔うか無茶なことってなんだ。もしかして彼氏役は無茶なことになるだろうか。でも、それ以外だったら何でも聞くと即答するお兄ちゃんに少し苦笑する。

そう⾔ってくれたおかげで、少し気が楽になった。


「今、ちょっと⼤学で困ったことになってて。休憩時間になると毎⽇違う⼈から告⽩されるんだ。待ち伏せとか、ストーカーみたいなこともされたりして。時々乱暴な⼈もいるし。あっ!もちろん、すぐ逃げられるようにはしてるんだけど。」


お兄ちゃんの表情がだんだん険しくなっていく。⼼配はあまりかけたくないけど、やっぱり気にかけてくれることが嬉しい。


「それでね、それだけでも⼗分きついんだけど…先輩の⼀⼈から、去年ぐらいからかな?ずっとアプローチされてて。それが本当にどこでも話かけてくるし、⼥の⼦に⼈気のある⼈だから表⽴ってはいなくても、私の陰⼝とかよく聞くようになって。気の休めるところがなくて。」


話してるうちに、声が震えてくる。正直、初めの⽅は何ともなかった。けど、その状況が続いていくうちにどこにいても⼈の⽬線を感じるようになった。それに加えて、過去に告⽩の際に乱暴されそうになって本当にあと少しのところで助けられたことがある。

それからは告⽩されるのにも精神を削るようになった。⼼の中は逃げたい。でも告⽩するほどの想いも分かるから、逃げられなかった。お兄ちゃんに断られたらって⾃⾝をかさねてしまうから断るのも⾟かった。

そうして少しずつ削られていったメンタルはぼろぼろで、今、お兄ちゃんにすがろうとしている。


「それで、その、もしよければなんだけど、私の彼⽒役、をしてくれませんか?もちろん断ってくれてもいいんだけど。彼⼥もいると思うし。ちょっと、私が⽢えちゃっただけで。だから今回のことは忘れて。ごめん、読書の邪魔して。 」


何とかそこまで⾔い切って⽴ち上がりかけた私の腕をグッと掴まれた。でも痛くない。振り返って合った⽬は鋭く、形の整った眉は寄って歪んでしまっている。明らかに怒った顔だ。でも、私を⼼配するような雰囲気も伝わってくる。

こんなちょっとした事でも、傷ついた私の⼼は癒される。

掴まれた腕に導かれるまま、ソファに座り直す。

⼿を離し、⼀度息を吐いたお兄ちゃんがこちらをじっと⾒つめる。

⼼臓の⾳がうるさい。⼿汗は夥しいほどに出てるのに、⼿が冷たい。ギュッと握りしめて、⾒つめる⼝から吐き出される⾔葉を待つ。

するとおもむろに⼿が伸びてきて、気付いたら私はお兄ちゃんの腕の中にいた。

やばい。やばいやばいやばい。なぜ?どうしてこうなった?!どうしようほんとに⼼臓がバクバクして⽌まらない。お兄ちゃんに聞こえちゃう。


「ごめん。麗奈が苦しんでる事全然気付けなかった。麗奈がいろいろ溜め込んじゃうこと知ってたのに。頼むから。もっと⽢えて頼ってくれないと。」


そういって抱きしめたまま頭をゆっくりと撫でてくれる。優しい仕草に、徐々にどきどきが落ち着いて固まっていた体から⼒が抜けていく。そういえば昔はよくこう⾔う⾵にして撫でてくれたな。

ゆるゆると頭を横に振る。気づかないのは当たり前だ。仕事も忙しいそうだし、私だってバレないように細心の注意を払っていた。昔はそれでもバレたこともあるけど、最近は本当にわからないだろう。お兄ちゃんの前ではとくに気を張っていたから。


「お兄ちゃんが謝る必要はないよ。隠してたのは私なんだから。」


「それでも、兄としては妹が⾟い時は⽀えてあげたいと思うよ。それにね、さっきの話だけど、麗奈は?⼤学で気になる⼈とか、いるんじゃないの?」


少し顔を上げると、お兄ちゃんが少し困った顔でこちらを⾒ていた。やっぱり、困らせた。

そう思うと、だんだん気持ちが落ちていって、⽬線も下がる。


「私はいないよ。もう、疲れちゃったし。これからもずっと⼀⼈でいいかなとか、思ったりしてるから。お兄ちゃんこそ、そういう⼈、いるんじゃないの?」


お兄ちゃんの反応が気になって、またちょっと⽬をあげた。お兄ちゃんは困った顔のままで、


「いない。これまで、学業に仕事にとそればっかりだったせいか、必要性も感じなかったし。
まあ、その割には学⽣時代に遊んでいたことは知られてるとは思うけど。家族以上に⼤切に思える⼈はいなかったな。今でも⼀番⼤切に思っているのは俺のかわいい妹だけだし。このままだと両親に孫を⾒せるのは難しそうだな。」


そうやって苦笑する顔が⽬に映る。…いま、なんて?⼀番⼤切、だれが?…私が。俺の、かわいい妹。かわいい、いもうと。

そこまで理解すると⼀気に顔が熱くなる。お兄ちゃんに捕まったままだから、逃げることも隠すこともできない。せめて、と顔を下に向けたけどきっと顔が⾚いことはバレバレだ。


「でも、さっき困った顔してた。それに、最初怒った顔もしてた。から、お願いを聞くのは、難しいんでしょ?」


「あー、それか。怒ってたのは今まで気づかなかった俺⾃⾝と、ここまで追い詰めた奴に対して。あと、困った顔はねー、んー、お願いを聞くことに問題があるはずなんだけど、俺⾃⾝はそれを何とも思わないから、かな。」


「…え?」


つい顔をあげてしまった。お兄ちゃんはまた困った顔でいる。


「本当は麗奈がこれから先、いい⼈と出会うかもしれないし、そもそも兄妹だからダメなんじゃないかとも思うんだよ。多分だれかに彼⽒として牽制でもしてもらえれば現状がマシになることは分かる。
でもだからと⾔って俺以外に⼤切な妹を任せるのは不安だし。俺に⾃分から頼ってくるほどに麗奈は傷ついていることもわかるから断るわけにはいかない。それに彼⽒役を頼まれて嬉しいとも思うんだ。そのことに少し困った…かな。」


「だから、麗奈の彼⽒役、引き受けるよ。その代わり、今まで我慢してきた分、たっぷり⽢やかさせてもらおうかな。」


今まで以上の甘やかし?お兄ちゃんの嬉しそうに蜜たっぷりに微笑む顔を見上げて、当⽇、私の⼼臓は保つのか⼼配になるのだった。




あれから、なぜかお兄ちゃんは翌⽇から「特訓だ!」とか⾔って家でも恋⼈ごっこをすることになった。信憑性を上げるためなのはわかる。でもそこまでベタベタする必要なくない…?正直あまあますぎていたたまれない。慣れろということらしいけど、無理!!⼼臓の休む暇がない!

でもそのおかげで⼤学のことで鬱々とすることが少なくなった。それはありがたい。

ありがたいんだけどやっぱりもうちょっと糖度は下げてほしい。近いうちに私の⼼臓は⽌まるんじゃなかろうか。


「どうした?麗奈。ため息なんてついて。…うーん。もうさっさと⼤学に乗り込むか?でももう仕事の休み⽉末にもぎ取っちゃったしな。はぁ。早く麗奈の憂いを払いたいのに。まったく、男どもは好きな⼥の⼦を困らせるなんてどんな頭してるんだろうな?麗奈の⼤学、すごく落ち着いたいいところだったはずなんだけどなぁ。」


ぼそぼそとつぶやきが上から聞こえる。そう。私は今、お兄ちゃんの膝の上にいる。なぜって?それは私が知りたい。あーん付きの夜ご飯を乗り越えた後、なぜかソファから⼿招きされて、なぜか膝の上に乗せられた。

いつもはすぐ仕事に戻るはずの、満⾜そうな顔したお兄ちゃんに仕事は?と聞いたところ「今までは麗奈も⼤きくなったしって、⽢やかすのを我慢してただけで、それが許可されたら全⼒で構い倒すよね。そのためなら仕事なんてすぐに終わらせられるよ。 」とそれはもういい笑顔で⾔われた。

そうやってお兄ちゃんと過ごす時間が増えて、ここ最近で気づいたことがある。前々からうっすらと気づいてはいたんだけど、お兄ちゃんは結構毒⾆だった。私以外に。私には滅多に怒りすらしないのに、私の周囲にたいして結構ずけずけ⾔う。え、そこまで⾔わなくてもいいんじゃないかなってぐらいに⾔う。ニコニコしたまま。

そこにもキュンとしてしまうのだから私は相当末期だと思う。


「お兄ちゃん、膝からおろしてくれない?」


「お兄ちゃんじゃなくて?」


「……………………零夜。」


「うん。なに?」


なんとか絞り出したが未だ慣れない。恋⼈なんだから名前で呼べって⾔われたんだけど、これも私の⼼臓にダイレクトにダメージを与えてくる。でも名前で呼ぶとニッコニコで超ご機嫌になる。そんなに喜んでくれるなら別に恋⼈じゃなくても⾎を吐いてでも呼ぶ。


「重くない?膝から下ろしてくれてもいいんだよ?痺れるでしょ?」


「え、全く重くない。むしろ軽すぎる。ちゃんと⾷べてるよね?なんでこんなに軽いの?これじゃあこんな短い間で痺れるわけない。さすがに⼀⽇中は痺れるかもしれないけど。 」


遠回しに下ろしてって⾔ってみたけど、苦笑して却下された。それとこの兄は私が軽いなんていう有り得ないことを思っているらしい。

そりゃ私も体重にはある程度気を使ってるけど、160 近い成⼈⼥性はそれなりにあるはずなんだけどな。そういえばお兄ちゃんって結構筋⾁ついてるんだよなぁ…夏とかにふと⾒える腕とかにはきれいな筋が浮いていたことを思い出す。ジムとか⾏ってるのかな。運動してる姿はさぞや眼福に違いない。私は⿐⾎を出す可能性が⾼いけど。


「そういえばおに…れ、いやってどこで鍛えてるの?休みの⽇は⼤体家に居るよね?」


お兄ちゃんの仕事場は私服らしくて、出かける時との違いがあまりわからない。その仕事⾃体、あまり出社しなくてもいいらしくて、ほとんど家に居る。だから通ってるとしたら私が⼤学に⾏っている間なんだけど…。


「そうだな、休みの⽇は俺の癒しを⾒なきゃいけないから出かけることはできないな。」


その⾔葉と同時にギュッとお腹に回っていた腕に⼒が⼊る。だから、その癒しっていうのが私のことだって、聞かなくてもわかった。


「まあ⼤体は、朝軽く⾛ったり、昔の友達と軽くテニスとかバスケとかしたりしてる。でも、ジムとか⼊ってないし、鍛えてるとかいうことはないね。健康のための運動を軽くって感じかな?」


そういえば、中学⽣の頃から⽣徒会に⼊っていたせいか、部活には⼊ってなかったけど、よくいろんなところに助っ⼈に呼ばれていたことを思い出す。そのせいでさらに⼥の⼦たちからの⼈気が多かったんだよね。それは⾼校でも同じく。いや、さらに⼈気だったかな?…お兄ちゃん、ハイスペックすぎない?リアルのスパダリ…私が好きになるのも仕⽅ないんじゃないかな?!

だめだ、この状況が我慢できなくなってきて、思考がおかしくなってきてる。


「そろそろ、お⾵呂⼊って寝ないといけないな。」


名残惜しげにするのはやめて欲しい。膝から降りると、背中にあった温もりが消えて、スースーする。

こんなに⽢やかされると、恋⼈期間が終わった後、私は寂しすぎてとうとう⼀緒に暮らすのができなくなるかもしれない。今から、ちょっと怖い。それもあってもうちょっと控えて欲しいと思うんだけど、あの様⼦じゃあ、期待するだけ無駄だろうなぁ。

そういえば、昔私がお兄ちゃんにつきまとっていた時、よく今みたいに可愛がってくれていたことを思い出した。


そんなこんなで当⽇。お兄ちゃんはお昼からこの⼤学に来て、私の講義が終わるまでは⼤学を⾒て回るらしい。

朝から⼼臓が落ち着かない。いつもは聞き⼊ってしまう講義中でも近くにお兄ちゃんがいるって考えるだけでも気が逸れるのに、あとのことを考えたら頭の中はずっとプチパニック状態で、内容なんかひとっつも⼊ってこない。結局家での練習も結局最後まで慣れなかった。なんとか名前呼びがつまらずに⾔えるくらいにはなった。…本当に⼤変だった。

あっという間に講義も終わり、集合場所にしていた休憩所に向かうと、⼥の⼦たちとにこやかに話すお兄ちゃんの姿が⽬に移った。

…あぁ、やっぱりお兄ちゃんと私じゃ釣り合わない。あんなに選び放題なお兄ちゃんが私を選ぶわけがない。

少し離れた場所で眺めていると、⽬があった。瞬間、お兄ちゃんが⽴ち上がったと思うとこちらに駆けてきて、その勢いで抱きつかれる。さっきと今の状況が違いすぎて、混乱する。


「麗奈。講義お疲れ様。今⽇は麗奈に⼿を出す男どもは居なかった?もう⼼配で⼼配で麗奈のそばに今すぐにでも駆けつけたかった。そうだ。麗奈を苦しませるクズ野郎にも挨拶をしないとね。」


もしかしなくても、クズ野郎って川⾕先輩のことだろうか。それよりも、腕の中から開放してほしい。顔が沸騰してるみたいに熱い。


「零夜」


お兄ちゃんの腕を控えめにトントン、と叩くと気づいてくれたのか、腕を緩めてくれる。でも離してはくれなかった。

お兄ちゃんの顔を⾒上げると、初めて⾒るほどに優しい顔をして⾒つめられていることに気づく。


「かわいいなぁ、麗奈は。本当にかわいいよ。」


そう⾔って優しく優しく撫でられる。ああ、本当に、今⽇は私の命⽇なのかもしれない。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(麗夜視点)
あぁうざいなぁ。

周囲にいる男どもを睥睨する。どいつもこいつも麗奈に視線を奪われて、顔を⾚くしたりショックを受けていたり俺を睨んできたり。今までこんな環境に麗奈を送り込んでおいて、のうのうと家にいた俺に⼀番イラつく。

可愛い可愛い麗奈。昔は流⽯に今だけだと思って我慢してたけど、今なおここまで惚れられてるんだから、もう俺が貰っちゃってもいいんじゃないかと思う。

麗奈はバレていないと思っているが、流⽯に何年も⼀緒にいる麗奈のことだ。最初は俺の勘違いかとも思っていたが、⼀緒に住んで確信した。俺が他者の感情に鈍いのは、単に麗奈以外に興味がないからだ。

そんな麗奈から、あの日彼⽒役にしてほしいと頼まれて俺はニヤけるのを抑えるのが⼤変だった。

…そのせいで怒ってるように捉えられたのは俺の失態だったな。

それにしても、ほんとに麗奈は惚れられやすいなあ。麗奈の⽅こそ選び放題なの気づいていないんだろうな。

その方が都合はいいけど。でも自分にどれほど魅力があるのか全くわかってないどころか、ここまで明らかにモテてるのに自分は平凡だと思いこんでるのはどうなのかなぁ。俺の隣に堂々といてほしいし、もうちょっと自覚させる努力をしないと。

色々考えていると、恥ずかしがっていた麗奈が顔を上げるのを感じて、目線を追うと、ふわふわしたミルクティー色の髪をしたちゃらそうな男がいた。麗奈の身体が僅かに強張る。

あいつが例の屑か。去勢してやりたい。

麗奈を腕の中に包み込み、奴を目に入れようにしながら近づいてくるのを待つ。

今まで麗奈には冷たい顔を見せないように気をつけてたのになぁ。それもこれも全部あのクソのせいだ。あぁ、切り落としたい。


「どうも、麗奈ちゃんの友人の川谷と申します。麗奈ちゃんとはどういうご関係ですか?」


ぬけぬけとよく言う。友人だと?麗奈がお前みたいなやつと付き合いを持つわけ無いだろうが。下の名前で馴れ馴れしく呼ぶな。


「彼氏ですが。私は名乗りませんが、構わないですよね?麗奈からあなたの話は聞いています。どうやらお世話になっているようで。」


川谷は飄々とした顔を浮かべたまま態度は変わらない。あぁ、本当にイライラする。


「名前を名乗るのは礼儀では?麗奈ちゃん仲良くしてもらっているのはこちらですから、お礼など。いやでも、麗奈ちゃんに彼氏がいるとは知らなかったですね〜。片思いだと思ってたし、あと少しで落ちると思ってたんだけど。」


こいつ馬鹿だな。プライド高すぎだろ。みっともない。


「彼氏がいると知ってたら潔く引いていたと?」


そう言うと、川谷はニコッと人好きのする表情を浮かべた。
引くわけないよな。お前みたいなやつが。


「実はあなたのおかげで付き合いはじめましてね。あなたがいなかったら私は麗奈のことを手に入れられてなかったかもしれない。一応礼を言いますよ。ありがとうございます。ちょっかいを出して麗奈を泣かしたことは許しませんが。」


悔しそうに唇を噛む顔を一瞬覗かせたが、すぐに元の表情に戻った。面白くないが、まぁここでの会話はここまでにして、後で改めて締めておくか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
(麗奈視点)

あの日、心配していた川谷先輩との会話は思ったより穏やかに終わり、安心した。それからは何ごともなく家に帰った。

次の日からの大学は思った以上に効果があったのか、大学に入ってから初めてレベルで告白されなかったし、いつものまとわりつくような視線は無くなったし、川谷先輩は私の前に現れなくなった。

遠くの方で女の子の集団がいたので、登校自体はしてるみたいだ。鈴にそのことを報告すると、あはは…。となんとも言えない苦笑いが帰ってきたので、実は大学でなにかあったのかもしれない。

それからというもの、大学はとても居心地のいい場所になって、楽しくて仕方がない。

それはいい。

じゃあ何が問題かって、問題ではないんだけど、困ったことが一つ。お兄ちゃんとの関係が戻らないことだ。


あの日、家に帰ってから一息をついて、ソファで寛いでいたときのことだ。


「ねぇ、麗奈。もしよかったら、なんだけど。」


妙に畏まった様子でこちらを見てくるので、何か大切なことがあるんだと姿勢を正した。なんだろう。予想がつかなくて、少し怖い。もしかして、私の気持ちが、バレた…とか。じんわりと手のひらに汗が滲んだ。


「麗奈。本当は兄妹だし、駄目だとは思う。社会的にも、苦しい思いをさせてしまう。でも、俺はもう見てみぬふりはできない。それに、いつまでも目を背けてもいられないしね。」


なんの話だろう。でもお兄ちゃんの柔らかな視線から目が離せない。


「麗奈。俺と、付き合ってくれませんか?」


…。……え?今、なんて言った?聞き間違いかな。だって、そんなわけあるわけないよね。夢見てるのかな。
そのまま動けずにいると、今度はソファから降りて私の前で跪いて、手を取られる。


「ねぇ、麗奈。俺は、麗奈が好きだよ。昔から、ずっとずっと麗奈だけが好きなんだ。こんな兄でごめんね。でも、これ以上はちょっと耐えられそうにない。麗奈は、俺のこと、どう思ってる?」


この世の優しさと甘さをすべて煮つめた様な顔で私を見つめてくる。その態度で、言葉で丁寧に伝えられたその気持ちを思い違いだとは思えなかった。今度こそ、現実なんだとはっきりとわかった。

わかったら今度は、手が震えて、目が熱くなって、涙が溢れて止まらない。お兄ちゃんから目を離したくないのに、涙で歪んで見えなくなる。


「…っわたしも、私もすき…っ…ずっと好きだった…!大好きで大好きでたまらないよ…。でも、…いいの?だって、」


そこから先は言えなかった。だって、お兄ちゃんに今までにないくらい強く抱きしめられたせいで、言葉が詰まってしまったから。


「麗奈。俺には、麗奈しかいないんだよ。他の誰も目にもらいらないんだ。麗奈がいればそれでいい。だから、俺の隣に来てくれないか?麗奈がいないとこの世は地獄みたいなんだ。心から愛してる。」


私は胸がいっぱいになりすぎて、言葉を返したいのに、精一杯頷くしかできなかった。
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それから5年後。

付き合い始めてから色々あった。私は就職もした。

でも私は、時々この現状が夢なんじゃないかと思うことがある。その度に零夜がくれた結婚指輪を見て現実なんだと実感できる。

零夜はあれからさらにすごく偉い立場になったらしい。一度聞いたことがあるけど、あまりわからなかった。でも、私も大学での勉強が役に立って、随分待遇のいいところで働かせてもらっている。

零夜のほうが帰るのが早い日はいつも玄関で出迎えてくれて、その腕に包まれる。この生活はきっと、女の子が思い描く家庭とは全然違うんだろうけど、それでも私は世界中で1番に幸せだと誰にでも自信を持って言えるよ。

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