【推理小説】笑撃の探偵(仮)
序章:事件との出会い
繁華街の片隅にある古びた居酒屋。
壁には昭和の芸人たちのポスターがずらりと貼られ、ネオンの灯りが薄暗い店内をぼんやりと照らしている。その中で一際賑やかな声が響いていた。
「だからさ、みのりちゃん、いいか? 笑いってのは“意外性”が命なんだよ!」
そう語るのは、探偵津村大吾。
40代に差し掛かった男だが、どこか少年のような軽薄さが抜けない。
今日もビールを片手に、笑いの真髄について熱弁を振るっている。
「例えば、この前の漫才でさ…ボケが『俺、宇宙人やねん』って言った後、ツッコミが『なんで標準語やねん!』って返しただろ? あれ最高だったよな!」
彼の前に座るのは、20代半ばの星野みのり。
愛嬌のある顔立ちに加え、誰にでも優しく接する性格から、周囲に自然と人が集まるタイプだ。
津村の話を真剣に聞いているが、ふと疑問を口にした。
「でも、大吾さん。探偵のお仕事には、その“笑いの意外性”って必要なんですか?」
「当たり前だろ!」津村は胸を張った。
「犯人の行動だって意外性に満ちてる。それを読み解くのが俺の仕事なんだよ。」
その時、店内のテレビが緊急ニュースを告げるチャイム音を鳴らした。
「速報です。本日未明、都内のマンションで殺人事件が発生しました。」
画面に映し出されたのは、警察が捜査を進める現場の映像。白い布で覆われた遺体が運び出される様子が不気味な静けさを漂わせている。
「被害者は人気お笑い芸人の杉本大助さん。自宅で発見され、顔にはピエロのメイクが施されていました。」
津村の目が鋭く光る。いつもの軽薄な表情とは打って変わり、その顔には探偵としての鋭い洞察が浮かんでいた。
「みのりちゃん、どう思う?」
「どうって…不気味です。」
彼女はおずおずと答える。
津村は立ち上がり、ポケットから手帳を取り出した。
「こりゃあ、ただの事件じゃないな。芸人の死に何かしらの理由がある。俺が解いてやるしかない!」
みのりは驚いた顔で彼を見上げた。
「え、急にやる気出して…それ、どういうことですか?」
「どういうことって、俺の直感がそう言ってるんだよ。」
津村はビールを飲み干し、ニヤリと笑った。
「こんな事件を解けるのは、芸人の経験がある俺に決まってるだろ!」
第1章:ピエロの仮面
翌朝、津村大吾と星野みのりは事件現場へ向かうことになった。
津村の軽自動車は、助手席に飲みかけのペットボトルや食べかけのお菓子の袋が散乱している。
助手席に座ったみのりは、それを見てため息をつきながら言った。
「ねえ、大吾さん。この車、いつからゴミ箱になったんですか?」
「何言ってんだ、これは“探偵の英知”が詰まった資料だ。」
津村はそう言って、座席から落ちたメモ帳を拾い上げた。
「ほら、この落書きとか、俺のひらめきが生まれた瞬間だぞ。」
みのりはそのメモ帳を覗き込むと、思わず吹き出した。
「え、これ…『昨日のカレーにトマト入れすぎた』って書いてありますけど?」
「それも重要だ。食生活のバランスが崩れると推理にも支障が出るからな。」
津村は真顔で答える。
みのりは呆れた顔で助手席を片付け始めた。
「まあいいですけど、探偵の英知が腐らないうちに片付けないと、車検通らなくなりますよ。」
その言葉に、津村は一瞬だけ黙り込んだ。
「お前、たまに痛いところ突いてくるよな。探偵の助手ってそういうスキルいるのか?」
「違います。人としてのスキルです。」
みのりはにっこり笑った。
現場に到着すると、警察の車両が道路脇にずらりと並び、マンション周辺には緊張感が漂っていた。津村は運転席から降りながら、みのりに声をかける。
「俺が警察に顔を出してくる。お前は少し大人しくしてろよ。」
「はいはい。でも、また妙なこと言って現場に入れなくなったりしないでくださいね?」みのりは肩をすくめながら津村の後を追った。
津村が警察の担当者に近づくと、すぐに声をかけられた。
「津村さんですね? 以前の事件では大変お世話になりました。」
担当者は頭を下げながら続ける。
「今回も捜査の協力をお願いできると助かります。」
津村は得意げに頷いた。「任せとけ。俺の嗅覚が今回も役に立つはずだ。」
後ろで見守っていたみのりは、小声で突っ込む。「嗅覚じゃなくて、ちゃんとした推理でお願いしますね。」
マンションの一室に足を踏み入れると、異様な空気が二人を包み込んだ。
家具は整然と配置されているものの、机の上には散乱した資料やメモが目立つ。
その中でも、ピエロのマスクが部屋の片隅に放置されていたのが特に不気味だった。
「これが…あのメイクの元ネタか。」
津村はマスクを手に取りながら言った。
「被害者の顔にピエロのメイクがされてたって話だったよな。」
みのりは眉をひそめながら答えた。
「ピエロって、人を笑わせるための存在ですよね。でも、犯人はそれを使って何を伝えたかったんでしょう?」
津村はマスクをじっと見つめた。
机の上のメモに目を留めた津村は、1枚の紙を拾い上げた。そこには手書きでこう書かれていた。
「ピエロの仮面が本当の顔を隠す」
みのりはそのメモを覗き込みながら呟く。
「犯人のメッセージ…ですか?でも、これじゃ意味が曖昧すぎます。」
「いや、意味が曖昧だからこそ面白い。」
津村はメモをしまいながら、不敵な笑みを浮かべた。
「ここに答えが隠されてるってことだ。」
津村さん、この被害者、杉本大助さんってどんな人だったんですか?」
津村はその質問を待っていたかのように得意げな顔になり、腕を組んで語り始めた。
「杉本大助ってのはな、元々は漫才師として人気だったんだ。
でもコンビ解散後に低迷して、再起のためにピン芸人として活動を続けてたんだよ。
それが最近、バラエティ番組の“落ちぶれ芸人再生プロジェクト”に出て、再ブレイクしたんだ。」
「へぇ、そんな人だったんですね。でも、どんな芸風だったんですか?」
津村はにやりと笑い、急に姿勢を正して杉本のギャグを披露し始めた。
「『この財布、中身を覗いたらゼロ円だった。でもな?誰かに盗られる心配ゼロ!俺の財布は、いつだって完璧な防犯仕様!』」
津村は両手を広げ、堂々とした表情で言い放った後、腰をかがめる独特のポーズを取った。
みのりは一瞬ポカンとしたが、次の瞬間、堪えきれずに笑い出した。
「え、何それ!逆に強すぎません?ゼロ円防犯って!」
「だから杉本は天才なんだよ!」津村は胸を張る。「ただの貧乏ネタかと思いきや、防犯仕様とか言い出して観客を油断させる。この捻りがクセになるんだ。」
みのりはなおも笑いながら言った。
「でもその財布、使い道ゼロですよね。」
「そうだ、それも含めて面白いんだよ!」津村はさらに強調するように手を叩いた。
その時、警察の担当者が近づいてきた。「津村さん、現場付近で目撃された人物について新しい情報があります。」
「ほう?」津村は興味を引かれた様子で耳を傾けた。
「昨日、亡くなる前に近くのコンビニで被害者と一緒にいたという男が目撃されています。身長が高く、黒いスーツを着ていたとのことです。」
みのりは急いでメモ帳を取り出し、特徴を書き留めた。
「それって、犯人の可能性があるってことですか?」
津村は腕を組んで考え込む。
「可能性はあるが、証拠が足りない。」
みのりは不安げに言った。
「じゃあ、次はどうします?」
「まずはそのコンビニの防犯カメラだ。そいつの動きを追えれば、手がかりが掴める。」津村は即座に答えた。
こうして、津村とみのりの捜査が本格的に動き出した。杉本大助の死の裏に隠された“ピエロ”の意味を解き明かすため、二人は次々と手がかりを追っていく。