失われた野心を取り戻すシリーズ:第4話 社会の洗礼と現実
「面接の結果、君に是非弊社に来てもらいたい。4月から頑張りましょう!」
「ありがとうございます!よろしくお願い致します!」
電話を切って安堵感が押し寄せて来た。
2015年2月4日。僕の就活に終止符が打たれた。
10月には内定を頂いていたがそれを蹴って就活を続けていた。正直不安だった。
赤坂で、別の会社の説明会終わりに、今の会社から電話がかかっていた。
複雑な気持ちで電話を折り返し、人事の方から内定の連絡を受け取った。
ここから始まるんだ、僕は燃えていた。
会社で活躍するんだ!出世するんだ!
溢れる野心を持ちながら4月を迎えた。
その頃の僕は、意識が高かった。
同期の誰よりも、早く出社したり
挨拶も元気にしたし、研修にもかなり意欲的だった。
多分、ここまでがピークだった。
僕の会社はかなりの研修が長く、本配属までに半年もかかった。
本配属先は横浜だった。僕が住んでいる場所は江戸川区で約2時間もかかる。
通勤時間が長く、しょうがないと感じていたけども、何事も経験だというポジティブな気持ちが多かった。
だが、僕はここから現実を突きつけられるようになった。
大学時代はアルバイトをしていなく、社会経験が全くない僕にとって
人間関係、仕事の段取りには、さんざん頭を悩まされた。
自分が思っている以上辛かった。分からない事を聞くという行為が僕には全く出来なかった。
あまりにも、当たり前のことが出来ない自分に絶望していた。
もう一つ、辛かったのは同世代がいなかった事だ。
僕の同期は少なく、部署もバラバラに配属されたために、逢える機会が少なかった。部署も30歳以上の人がいるので、同世代が居なく、なかなか会社でも馴染めなかった。
1年後、人員の問題で僕は千葉に配属となった
その後営業として外に出され、色んな人と触れ合う様になったが、うまくいかなかった。ミスをたくさん繰り返して、社内や、お客さんに対しても迷惑をかけてしまった。
また、他責が多く、悪いのは環境のせいにしていた。毎日が憂鬱だった。
サラリーマンやっていけるのか…?
絶望だった。まるでこの世の終わりの様に
僕は打ちひしがれていた。
ふと感じた事は自分の父親の偉大さに脱帽した。
父親は、会社で管理職についており、会社のナンバー3くらいまで上り詰めていた。兄妹が3人、大学に通わせたことは並大抵のことではないと、痛感した。
勝てなかった、父親に。
僕は絶対に父親に勝てると思っていた。父親以上に稼げる存在であると思っていた。
だがそれは大きな大きな勘違いで
どれだけ社会と戦ってきたか知るはずもなく
僕にも出来るだろうと高を括っていた。
出来なかった、全然。
いつの間にか、野心と言う言葉を失っていた。
いつの間にか、現実から逃げようと転職サイトに登録していた。
完全に野心が失われた―。
僕はどう生きるか毎日悩んでいた。
この2年間はそう過ごしていた。
これが僕が野心を失われた理由です。
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