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柴田聡子を諦めなくていい− 『Your Favorite Things』

このアルバムを聴けて何がこんなに嬉しいって、我々が柴田聡子をやっと"分かりそう"な予感でいっぱいだから。

これまでの柴田作品やライブの心地よさと言えば、独特な間合いの楽曲に感じる もの凄いポピュラリティーとのバランスをおかしみ、楽しみむこと。そして、感動した先にじわっと沁み込む「なんかすごい」と「なんかいい」という満足感だった。これは、作品に芯がないということでない。むしろかなり強固な芯を感じているし、声や振る舞い、作品、パフォーマンスの破茶滅茶な良さは一目瞭然なのに、なのに全部をわかることができない不思議さだ。そこに我々聴き手は、表現の奥行きを汲み取り、カテゴリーを軽快に飛び越えるオンリーワンな音楽性の輝きに目を細めて頷く。

これまでは、そんな「わからなさ」を大切に面白がってきたわけだが、ここに来て今回の『Your Favorite Things』だ。ジャケットに刻まれた、これまでにないほどシンプルで質実剛健とも言える10のタイトル。初めてCDを再生した瞬間に、一聴でこれまでのアルバムとは何かが違うことがわかる。まず、『愛の休日』『がんばれメロディー』『ぼちぼち銀河』いずれにしても、1曲目は柴田氏の爪弾くギターや歌声から始まり、聴き手が座して待つというよりは、彼女の気合いと意気込みの前傾姿勢があった。それに対してM1“Movie Light"にあるのは、ゆったりとした弦の旋律がじらす第一声の登場と、それを待つこちら側の緊張感。歌というよりは、柴田聡子本人の登場のほうが正しいかも知れない。霧の先にいる柴田聡子が見えてくるまで、しっかりとした導線に導かれ、そして辿り着くはじまりの「Hey なんだか変だよ」。

「ねぇ」でも「ほら」でもない、「Hey」の鋭さ。語りに近い臨場感で吸いこむ声の素晴らしさ。メロディーの行方。ぐさっとやられた。でも今回は、こんな風に何が自分に刺さっているかがはっきり“分かる”。この「なんかいい」とは一線を画す、圧倒的な〈良さの解像度の高さ〉を生み出したのは、聴き手と歌、ひいては柴田聡子本人との距離感。先の歌が始まるまでの導線や、ギターをほとんど弾かず、音としての参加がほぼボーカルのみとなる一歩引いた立ち位置での作風が、「聴いてくれ」の前のめりゼロ距離ではボヤけてしまったピントを、初めてやっと明瞭に捉えてくれたのだ。

そして、この距離感を作り上げた立役者こそ、今作で柴田氏本人との共同プロデュース、ミックスを務めた岡田拓郎である。シックでソリッド、だけどカラフルで、素直にカッコいい音作りのディレクションと、キャラクターの振り幅が大きい10曲を統一感のある音世界で引き締め、アルバムとして聴いて本当に楽しくまとめ上げてくれた。

取り分け、音の面の影響は絶大で、各レビュー、SNSで飛び交う感想では彼の腕の振るいっぷりを讃えるものばかり。その多さは、本作が岡田拓郎ソロのアルバムだったかと思うほど。だが、それもそのはず。今作『Your Favorite Things』とは、神(柴田聡子)の言葉・声、その意思を、預言者(岡田拓郎)の感覚・目線を通して人間(聴き手)に伝える、もはや聖書的な性格をもつ作品だからだ。 

神の御言葉をしたためるのは神ではない。リズムとメロディーと歌詞、曲としての根幹を守り、より深く伝えるために音を練り上げる。柴田聡子から岡田拓郎、そしてリスナーへ。この流れこそ、いまの私達が更に柴田聡子のよさをガッチリ掴むために必要だった、ピントを合わせるための距離感だったのだ。

それでは改めて、預言者岡田拓郎が私へと導き、私が本作で掴んだ柴田聡子の“よさ”とは何だったのか。それは、聴く人を問わずどこまでもオープンに開かれた音楽であるということ。誰が聴いても手に取れる、ただひたすらによいメロディー。「歌を音として伝えたい」と記事で語っていた彼女の歌は、その言葉通り歌詞を捕まえようと必死にならずとも耳に心地よく、全10曲弾き語りで収録されても楽曲のエネルギーは損なわれないと確信するほど音楽の幹が太い。こうして思えば、1stの『しばたさとこ島』から、個性的なんていう柵に囲われていた瞬間なんて一度もなく、はじめから彼女のメロディーが通じない場所なんてなかったのだ。

なんてことを考えていると、筆者がK-POPに爆ハマりするキッカケとなった、柴田氏によるTWICE “LIKEY”の弾語りカバーを思い出す。

当時、インディー・ロックばかりを聴いていた自分にとって、ゴリゴリの打ち込みでキラキラしたK-POPとは、何の繋がりもなく興味すら湧かない対象であった。が、この動画をみて一転。ここで歌われた“LIKEY”は、彼女のオリジナル曲かのように違和感がまるでない。リズムとメロディーの美しさ、そしてそれを弾き語りで体現する音楽的なフィジカルの強さ。これは、いつもの柴田聡子と何も変わらなかったのだ。

SNSで『Your Favorite Things』の感想を追っていると、しばしば「K-POP的な要素が取り込まれてすごい、、、」という内容のものを見かける。そこには、彼女の楽曲とK-POPとの接点が革新的だというニュアンスを感じるのだが、今回ばかりはそこで立ち止まって欲しくない。確かに、音やアレンジ、つまりは〈側(がわ)〉の面で言えばそうかもしれない。しかし、〈側(がわ)〉を脱いだ歌が向かう先、メロディー・リズム・ハーモーニーという音楽の根幹に共震する柴田聡子の音楽とTWICEの音楽に接点がないことなんてあり得ないのだ。

そして本作のアルバムでは、これまでにないバチっと仕上げられた〈側(がわ)〉の表現により、逆説的に柴田聡子の本質的なオープンさを立証している。彼女の音楽の「よさ」をこちらに伝えるという点において、『Your Favorite Things』はある峠を越えた作品だ。相変わらず、一筋縄ではいかない楽曲たちに変わりはないが、我々受けて側には「なんかすごい」と「なんかいい」の先へ行くための音がこうして届けられている。私たちは柴田聡子の音楽を“わかる”ことを諦めなくていいのだ。

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