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バランスに神は宿る〜天才少女歌手だった江利チエミ
どうでしょうか、皆さん、昭和40年前後生まれの皆さん、江利チエミっつーと、
「サザエさんの実写版をやってて、早くに亡くなっちゃったバラエティ女優」
みたいな意識しかなくないっすか?
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歌手だったってのは知ってるけど、歌聞いても特に感銘受けたことないし。って思ってなかったすか?
これがね、若い頃の歌唱を聴くと上手いのよ↓
昭和28年の公開された映画『青春ジャズ娘』の一場面から「想い出のワルツ」ですが、モダンだねー。昭和12年生まれの少女が歌ってるとは思えない。
一時は、歌手として美空ひばりをしのぐほどの人気だったそうで。
この昭和12年に生まれた少女が、軍国主義と戦争の時代に子供時代を過ごしたにも関わらず、12歳の頃から米国進駐軍のキャンプで米国の歌を歌うことを仕事にして、米国の歌を自分の物にしていくわけです。
その様子が、つまり従来の日本風とは違うリズム感や言語イメージを操って爛漫に歌う様子が、戦前的なものを引きずらない開放感を人々に与えたんでしょうね。
敗戦によって経済も心身もダメージを受けて、ボンヤリとした霧の中にいるような当時の日本人に、江利チエミも美空ひばりも、さらに例えば後年の石原裕次郎も、新しい若者像と彼らによる豊かな未来のイメージをまとっていたため、民衆は熱狂して迎え入れたのかもしんないすね。
というわけなんですが、そこから最初の話に戻ります。
その天才少女が、なぜ昭和40年生まれの私には
「サザエさんの実写版をやってて早くに亡くなったバラエティ女優」
みたいな感じにしか受け取れなかったかと言うと、簡単に言えば歌が上手くなくなったんです。だんだんと。
聞き比べてみましょう。
昭和28年録音・16歳の時の「IT'S ONLY A PAPER MOON」です。
上手いですねー。可愛らしくて、軽々としていて、まろやかで。
それから、所々で小節(こぶし)を回して、それが独自のアクセントとして効いています。
この歌唱法が、彼女本来の、と言いますか、民衆が熱く迎え入れた表現ですね。
次に、昭和38年・26歳の時の録音「CARIOCA」です。カウント・ベイシー楽団初来日時のサヨナラ公演の際の録音です。
16歳の時の方が上手いですね。加齢による声質の変化のせいなのか、何なのか、16歳の頃の声の柔らかさが失われています。
この頃が分水嶺だったのではないかと思うんですが、力みすぎです。歌は声と技術ですから、声というのはと〜ても重要です。どうもご自身の声の魅力がどこにあるのかを把握されていなかったように感じられます。
それから江利チエミが16歳の頃、昭和28年頃というのは、ジャズの女性歌手は、声の力を抜いた歌唱法が主流だったんです。流行というか。
だからナンシー梅木も新川美子も、さらには松尾和子の若い頃も、そして江利チエミも、ひっそりと、しっとりと、声の力を抜いて歌ってたんですね。それが江利チエミの声にハマって魅力的だった、と。
しかし、昭和30年代に入ると、江利チエミはミュージカルとか演劇の方に進んでいくので、従来の歌い方ではなく、もっと力強い声が必要になったと思うんです。
ミュージカルの主役を、ひっそりとした歌唱だけではこなせませんから。
そこで、歌における全体のバランスを崩してしまったのではないか、と。
さて、最後は、昭和55年・43歳の時の「CARIOCA」です。動画を埋め込めない設定になっているので、リンクを聞いてみてください。
厳しいですね。厳しいです。
聞き比べてみると、声の変化にうまく対応できてないですね。
加齢による声の変化は、もう、筋肉が衰えるので仕方ないのですが、その変化した声に合わせて歌唱法を変える必要があります。
どうも江利チエミは、そこのところが上手くいかなかったようです。
若い頃の「美しく澄んだ高い声」という武器を失った後、新しい別の武器を得ようとして、どんどんバランスを崩しているように聞こえます。
そこで重要なのは自分の中の批評眼というか、鑑賞眼というか、そういうものだと思うんですが、ただ、ま、ぶっちゃけ、あれだけスターになっちゃうと、歌手としての力量なんてどうでも良くなっちゃうかもしれませんね。昔のヒット曲を歌っていればいいわけだし、バラエティ女優としての仕事もあるわけだし。
ただ、我々が知らなければいけないのは、
バランスに神は宿る
ということです。バランスを崩せば、天才少女歌手もその座にいられなくなる、ということです。