
世界一不味いキャンディの話
会社で同僚からキャンティをもらった。
スウェーデンに遊びに行ったお土産らしい。
出されたものは何でも食べてしまう私は、その時も何も考えずに袋を開けてその黒光りする物体を口に放り込んだ。
その瞬間、身体中が戦慄した。
私はこれを知っている、そして私の脳が今すぐ吐き出せとサイレンを鳴らしている。
私が初めてそれに出会ったのは、6年前のちょうど今ごろだ。
バーに着くと、北欧出身の友達数人がだらだらとビールを飲んでいた。
私もビールを頼んで席に着く。
それまで話してた母国語から英語に切り替えて話してくれるので私も拙い英語でなんとか会話に入り込む。
仲間の一人がニヤニヤしながら小さな包みを渡してきて「この飴食べてみな」と言う。
当時彼のことが気になっていた私は、なんか怪しいと分かっていながら、彼が構ってくれることが嬉しくて、包みを空けた。
薄暗いバーの中では黒に近い焦げ茶に見える楕円の物体がなんだか気味悪かったが、まぁ飴は飴だと気にせず食べ始めた。
最初に感じたのは、甘味。
そのすぐあとに襲って来たのは鼻の奥につんと来る、薬品っぽい匂い。吐き出したい。
飴は飴だかちょっと、だいぶ、美味しくはない。というか不味い。
このやばい味を薄めようとしてか唾液が異常に分泌される。味は薄まるが口中に広がる。
苦渋に歪む私の顔を見ながら彼が屈託ない笑顔を見せるので、「なにこれ~!変な味する~!」と可愛げのある嫌がり方をするあたり、私も恋する乙女なのだ。
本来なら今にも思いきりぺーーーっと吐き出して悪態をつくところだ。
耐えて口の中にいれていても、消えてなくなる気配は一行にないので、早く溶かしたい一心で思いきりガリっと噛んでみる。
これが間違いだった。
中からこの不味さをさらに凝縮したようなエキスがどっと滲み出てきた。しかもなぜかめちゃくちゃしょっぱい。
もはや甘味もなくなったそれは飴でも、食べ物ですらない。
反射的に口から吐き出してしまった。
それと一緒に胃の奥の方からも全部出てきそうになった。
おぇぇぇーーーーーーーと嗚咽し涙目で悶絶する私を例の彼と仲間は涙目になりながら腹を抱えて笑っている。
こんなの見られたらもう好きとか言えないわ、と言う気持ちと、そんなことより早くこの口の中に残る薬品臭さを消し去りたいという複雑な気持ちが、6年後の今の私の胸にぶわっと甦ってきた。
「うわ、まっず!」言いながら部屋を出て、トイレに駆け込む。
口をゆすいで鏡を見る。
そこにはもう恋してぶりっこをするあの頃の私はもういない。自立して強くなった女が写っていた。