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はじめての海外ひとり旅①
遡ること十数年前。
地方の公務員として働いていた頃。
わたしは長めの夏休みを取ることができた。
確か休みは1週間くらいあったと思う。
こんなチャンスは滅多にない。
せっかくだから、海外旅行にでも行ってみよう。
そう思い立ったものの、同僚や学生時代の友人とは全くスケジュールが合わなかった。
普通なら、ここで諦めるのかもしれないけれど、
当時のわたしは違っていた。
「ひとりで行くのも良いかもしれない」
なぜかそんな風に考えた。
ひとりでごはんを食べに行く勇気もなかった頃なのに、なぜひとりで海外に行こうと思い立ったのかは自分でもわからないけれど、なぜかそんな風に考えた。
行き先は、治安の良いところ。
そこで頭を過ぎったのは、学生時代に社会科の授業で研究発表した、福祉大国【フィンランド】だった。
教育の水準も高く、子どもの学力も世界でも上位。
税金は高いけれど、社会保障が充実しており、安心して暮らせる国。
そんなことを発表したのを頭の片隅で思い出しながら、パソコンでカチカチと北欧の旅行ガイドを閲覧していると、“スローライフ”という言葉がわたしの心を掴んだ。
日々、全身全霊で仕事に向き合っていたわたしは、
正直なところ、少し疲弊していた。
スローライフか…
一度、体験してみたいな。
おまけに、写真に出てくる建物も雑貨も全部かわいい。まさに絵に描いたような景色。
こんなかわいい街で、スローライフが体験できて、治安も良いらしい。
もう、ここしかない!
そう思って行き先をフィンランド(実際にはスウェーデンにも滞在した)に決めた時には、教育水準のことも社会福祉のことも全部頭から消えていたのは言うまでもない。
出発の日、多少ドキドキはしていたものの、ワクワクが勝ってあまり不安はなかったように思う。
過去に台湾に行った時、手違いと勘違いが合わさって飛行機に乗り遅れた経験があったので、同じ失敗は繰り返さないように、とやたらと早く関空に到着したことだけは覚えている。
当時は、ロシア上空を飛行できていたので、関空から7時間そこそこでフィンランドまで飛ぶことができた。
初めて乗ったFINN AIR。
制服、可愛かったなぁ。
あっという間にフィンランドに着いた。
しかし、最初の目的地はスウェーデン。
フィンランドへは3日後に戻ってくる。
スウェーデンへ向かう飛行機に乗り継ぐ前に、フィンランドで一度入国審査を受けるも、ここで第一関門にぶち当たってしまった。
「NEXT」
と呼ばれてブースの前に立つ。
ブースは北欧らしいウッドフレームの個室のようになっていて、個室内のカウンターの向こうに入国審査官が座っており、ガラスに小さな穴が開いていた。
まるでチケット売り場のようだった。
審査官がわたしに何か尋ねた。
が…
聞こえない。
英語が聞き取れないどころか、審査官とわたしの立っている場所までの距離が遠すぎて、ちゃんと聞こえない。
「Sorry?」
と聞き返すと、
「※▶︎◻︎⚫︎〜△?」
審査官はさっきと同じ質問をしてきた(と、思う)けれど、やっぱり聞こえづらい。
「Sightseeing!!」
入国審査でこう言えばなんとかなりそうな、事前に準備していたワードを発した。
「△※〜⚫︎ ?」
え。なんて?
せめて「How long〜」とか、「Where do you〜」とか
そこだけでも聞こえればなんとかなるかもしれないのに、何ひとつ聞き取れない。
いや、聞こえない。
強がるつもりはないけれど、これがもし日本語での問いかけだったとしても
「え?」
と聞き返していたであろうほどの距離感での審査だった。
最終的に審査官は呆れた顔で
「Do you have e-ticket?」
と尋ねた。
当時はまだ携帯にSIMロックがかかっていたので、現地でSIMカードを買うとか、インターネットを使うといった手段がなく、飛行機のeチケットから、泊まるホテルの詳細、空港から街への行き方など全てをプリントアウトし、小冊子のような分厚さでクリアファイルに挟んで持ち歩いていた。
その“命綱”の小冊子ほどの紙の束を審査官に渡した。
それをペラペラとめくった審査官は、
「Ok. Go」
と言ってブースの向こう側へわたしを通してくれた。
悔しい。
不安。
焦り。
あるいはその全部が混ざり合った、複雑な感情が込み上げてきた。
この経験は、後にわたしが海外へ留学することを決意する大きなきっかけのひとつとなった。
なにはともあれ、無事にスウェーデンに向けて飛び立つためのゲートへ辿り着いたわたしは、ひとまずホッと肩を撫で下ろした。
【はじめての海外ひとり旅②へつづく】