二刀流という生き方
二刀流とは新たな自分を見出し、新しい生き方をすること。
先ごろ開催された『WBSCプレミア12』の野球大会に出場した選手に、アメリカのアントニオ•メネンデス投手がいる。WBSC大会にはメジャーリーグの選手は出場しないきまりなので、メネンデス投手もメジャーの下部リーグ「2A」の選手である。メジャーのように高収入ではないためか、彼は副業を持っている。
ドラフトを経て野球選手になった彼は、元々大学では金融学を学んだそうだ。野球をしながら1年前、野球グラブメーカー『Prospec Gloves』を起業した。その会社のインスタを見ると、実にカラフルなカスタマイズされたグラブが並んでいる。グラブデザインをするとグラウンドでのプレーも集中力が上がるという彼は、必ずしも引退後を前提に起業したわけでなく、メジャー昇格を目指している。彼が大会出場のため来日した折り、真っ先に行ったのが日本の〝二刀流会社〟だった。
江戸川区にある『Two Way Player』社である。代表の若林武志さんは大卒後グラブ職人になる修行を3年積んでから一般企業に就職。数年後グラブ企業を設立した。経営者自身が二刀流なら、その社員も別に勤めを持つ二刀流だという。そのグラブはプロ野球選手を始め、アマチュア選手、草野球人、子供たちまで幅広い顧客がいる。しかも若林さんはグラブ職人スクールまで開設し運営している。野球好きのためにグラブを作るのが楽しいという。
さて人はなぜ、何のために副業をするのか。
それが本当にやりたいことだが、まだ本業としてやっていけないという状況だからだろうか。一本立ちまでの資金稼ぎかもしれない。あるいはメネンデス投手のように本業をよくするための手段としてするのかもしれない。昨今、日本企業でも認めるところが多いが、その副業は何のためなのだろうか。本業の稼ぎで不十分で、収入補填のためのスキマバイトだろうか。ワークシェアリングのように曜日を分け合って、別の仕事をするための制度でもあるだろう。副業にもさまざまな目的や思いがあるのだ。
実は私にも今副業がある。
週に二日だけ、これまでメインにしてきた執筆業とはまったく違う業種の会社に勤めだした。執筆業が細くなり、原稿料もデフレなので収入補填のために探し当てた仕事である。だから初めは「収入のため」「執筆に専念する環境作りのため」の辛抱しようと思った。
ところが始めると存外楽しいのだ。まだ慣れず周りに迷惑をかけ、苦労や失敗の連続ではあるけれども、仕事が楽しい。先輩に教わり、お客の中に入っていくのが楽しい。覚えることがたくさんあり、それをどうこなしていけるか考えて実践するのがおもしろい。新たな水を得た魚の気分になれるのは、これまでやったことがない場や経験に身を置いているからだろうか。
そう考えると、もうひとつ嬉しさの理由に突き当たった。私が女性姿で雇われた初めての会社であるからだ。
私は男性から女性になるトランスジェンダーという「二刀流的な」人でもある。3年前から女性の姿で生きだしたが、男の痕跡や仕草がまだ多々のこるので二刀流「的」と自虐するのだが、ともあれ女のスタイルで生きようとする私という存在を受け入れてくれたことが嬉しいのだ。受け入れられた私は、自分の中にいた女の自分を解き放ち、人と交わり、仲間になれるという新たな自分を発見した。それが嬉しかったのである。
だから、二人の二刀流グローブ職人が生き生きと働く姿を想像すると、彼らも収入のためではなく、別の何かのためにやろうとしているだと思えてくる。
元祖二刀流といえば、言わずもがな大谷翔平投手兼打者である。彼は才能のかたまりなので、同じフィールドで二つのことをしている。だが彼は前人未到を狙うわけでもなく、カネのためでもないだろう。彼にとって二刀流とは「生き方」なのである。副業をする人もそれぞれ事情はあるだろうが、「副業」と言わず「二刀流」と言うと、それは生き方、Way of Lifeになる。何か思いや夢のため、なりたい自分を実現するためのTwo Wayなのである。
Two Wayをすると「別の自分」が見えてくる。その「新たな自分」を育てることが楽しくなる。新たな自分が「元の自分」にも影響を与えて、どちらも大きくしていく。それがまた楽しい。加えて他のTwo Wayピープルの存在が見えてくる。同志として共感でつながることができる。二刀流とは、自分を新たな着地点へ導く大いなる力なのである。
最後に私にとっての二刀流、つまり男から女になる性別変更は、「刀を捨てる」ことでもある。男というものは刀を持って戦い、女はその後で平和を祈願するものだ。かつての男の私は自分という戦場で、孤独で、いつも自分と戦っていた。人の中では鎧を着て盾を持って、人を寄せつけまいとした。今、女性になろうとする私は、微笑みや美しさを武器にしたいと思う。
世界と自分を調和させる生き方ーそれが私の二刀流である。